3.素直になれない自分が憎たらしい
放課後。歩道橋の階段を一段飛ばしで上がっていたら、
思い出したらまた腹が立ってきたけど、それよりも少し気がかりなことがあって……。
あの後、私が睨みつけてやった瞬間に琥央は眉尻を下げ、首の後ろに手を当てて深く俯いた。
ったく。こんなはずじゃなかったのにな。そんなふうに後悔しているような表情に見えた。
いや。違う。私は何でもかんでも、自分に都合よく見えてしまう目を嘲るように、心の中で笑った。気のせいだ。あれもきっと、後悔している演技に違いない。
足も心も、ちょっとだけ疲れてしまったから、歩道橋の上から道路を走行している車たちを眺めながらゆっくり歩くことにした。
歩き始めてから数分ほど経った頃、後方から声が追いかけてきた。
「
振り返らなくても誰なのか分かるけど、耳が喜んで振り返らずにはいられなかった。
振り返るとやっぱり琥央で、「話がある!」と言いつつこっちに駆け寄ってくる。
私はその場に立ち止まり、琥央がくるのを待った。勝手に頬が緩んで、慌てて引き締める。
そうなのだ。中学に入学してから、みんなの前では苗字呼びをするようになった。けれど、二人きりの時は下の名前で呼んでくれる。
「話って何?」
嬉しいという感情が、表情に出ないように気をつけながら私は訊く。
「ちゃんと謝りたくて……。勝手に書き換えてごめん。けど、誤解しないで欲しい。軽い気持ちでしたわけじゃない。ただ、突発的な行動だったから後先のことをあまり考えてなかった……。あんな状況になるなんてこれっぽっちも想像してなかった。みんなの前で恥かかせてごめん……。あいつらに結婚って冷やかされたの、嫌だったよな?」
琥央が肩で息をしながら、申し訳なさそうに問う。
「もちろん嫌だったけどさ、今ちゃんと謝ってもらったからいいよ。……それよりも、その後に私のレポートを奪ったことが意味分かんないなぁって」
「
「うん。私のなのに……何で奪ったの?」
当然先生はびっくりしていたし、私が一番びっくりした。
「奪ったってお前……。俺は受け取る直前に、どうする? お前が記念にもらうか? ってちゃんと確認したぞ。そしたら、色珀は要らないって冷たい声で即答しただろ?」
「何の記念なのって思ったし、みんながいる前で私がもらいたいなんて言えるわけないじゃん」
好きな人の苗字と自分の下の名前を合わせたフルネームが書かれた、しかも苗字を書き換えたのは好きな人。
そんな貴重な紙、欲しくないわけがない。でも、もらいたいって素直に言ったら、私が琥央に対して抱いている気持ちがバレてしまう。
こんな形でみんなにバレるのだけは絶対に嫌だ。こんな形じゃなくても絶対にバレたくないのに。
「記念っていうのは、あれだよ。俺たちの……。じゃなくて、付き合ってすらいねぇのにプロポーズまがいの大胆な行動を取った、俺の大失敗記念に相応しい物だよ。じゃあ、本当はもらいたかったのか?」
「……ううん。要らない」
私が首を横に振ると、琥央は「そっか」と苦笑して歩道橋に軽く組んだ腕を乗せた。
ややあって、心なしか寂しそうな横顔で、同じ厚さの唇を小さく開く。
「
うん、めちゃくちゃいい名前。そう言いたいけど言えない。
素直になれない自分が憎たらしい。素直になりたい時ほどなれない。
「ねえ」
「ん?」
「私のこと、揶揄ってるだけでしょ?」
「いや揶揄ってねぇよ。逆に何でそう思ったんだ?」
「全然反省してないじゃん。ホントに謝るために私を追いかけてきたの?」
「ああ」
駄目だ。信じたいのに信じることができない。
「……話がそれだけなら私もう帰るね。琥央も早く帰りなよ。逆方向でしょ」
「待てよ。ふざけてねえ、大真面目だ。……お前の音楽のレポート。デッケェ花丸がつけられてて、先生が最後の行まで丁寧に書いていて、音楽を楽しんで聴いたことがよく伝わる。素晴らしいってスゲェ褒めてたぞ。だから、これは俺がもらっちゃいけなかった。お前に返すよ」
「……要らない!」
「ごめんッ!!」
私が大きな声を出したら、間髪を容れず琥央が私より大きな声で謝罪して深々と頭を下げた。私は目を丸くして固まる。
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