【高学歴】実は頭がとっても良いらしい出逢柱

 玄関を開けた女性に案内されて、私は家の中に入った。

 玄関からすぐ部屋に入るタイプの家ではなく、廊下があって、部屋へと入るタイプの家だ。これなら、祢巻にもバレることはない。


 私はこの家の家主だろう黒髪の女性を見上げる。

 この流れでいるんだろうから、この人もきっとVTuberなんだろうな。どこかで声を聞いたことがあるような気がするけど、やっぱり絵と声が接続されている分、声を聞いてもあんまり誰か分からないもんなんだな。


「あの、あなたもVTuberなんですか?」

 聞いた方が早いなと思った私は、家主に尋ねてみる。

 家主はきょとんとした顔をしてから、氷上坂さんの方を見た。


「説明してなかったの?」

 見た方が早いかなと思って、全く。と氷上坂さんは悪びれもしないすまし顔で答えた。


「私が言うのもなんだけど、迷々って結構イタズラ好きよね」

 家主は困ったように微笑んでから、私の方を向く。

「初めまして。私は出逢柱。コラボ大好きVTuberよ」

「えっ」

 私は思わず声が出そうになってしまった。

 口を急いで両手で塞ぐ。

 出逢柱って確か二人が初めてコラボした相手の大御所VTuberじゃん!

 というか、近所に住んでたの!? このふたり!?

 そこが一番ビックリだよ!!


「じゃあ、祢巻が……じゃなくてよるるがここにいる理由って」

 私は尋ねる。

「配信ってことですか?」

「うーん、ちょっと違うかな……」

 出逢さんは首を傾げる。

「まあ、見た方が早いと思うから覗いてみて。その代わり、静かにね」

 出逢さんは扉を開いてリビングに入った。


「お待たせよるるちゃーん」

「大丈夫です。私が迷惑かけてる側ですから」

 祢巻の真剣な声が聞こえてきた。ここにいるのは間違ってなかったらしい。


「なにか荷物でも届いてたんですか?」

「そう。今度配信でご当地グルメ企画をしようと思って」

 出逢さんのさりげない嘘を聞きながら、私と氷上坂さんはこっそりと扉の隙間からリビングを覗いた。


 祢巻はリビングの机にかじりついて、なにか無心にペンをはしらせていた。

 手元には温かい飲み物が入っているのか、湯気が出ているコップ。

 額には『必勝』と書かれた鉢巻きを巻いていた。

 必勝って……。

 しかし、そんな鉢巻きを巻く機会なんて、人生において一度か二度しかないだろう。


 つまるところ、祢巻は。

「出逢さん。ここの問題なんですけど……」

「そこはね、ここをこうして……」

 勉強をしているのだ。


 2週間ぐらい前からでしょうか。よるるさんが出逢のところに通うようになったのは。と一緒にリビングを覗いていた氷上坂さんが、そう言いたげな優しい目を向けた。


 よるるさんの第一声は勉強を教えてください! でした。別に構わないけど、どうしたの? と出逢は尋ねました。すると、よるるさんは答えました。おにいとの約束があるんです。と。

 ここからは氷上坂さんの表情を読み取った上の過去回想になります。なんでそんなことができるの? と言われても、私にも分からない。


***


「勉強を教えてください!」

 祢巻からの連絡を受けた出逢さんはウキウキ気分でカフェで待ち合わせを組んだという。

 誰かと会うことが一番の楽しみである出逢さんにとって、誰との待ち合わせでも喜ばしいことではあったし、特に祢巻は、お兄さんであるハレさんに、出逢さんと勝手に絡むのを禁止されている分、珍しい相手であったからだ。


 だから出逢さんは最初、なにかの動画のネタなのかと思ったらしい。だったらハレさんも出逢さんと会うことを許可するだろうと。

 しかし、そんなことはなかった。

 出逢さんと顔を合わせた祢巻が最初に言ったセリフは、「勉強を教えてください!」だったのだから。


 目を点とさせる出逢さん。

「えっと。それってつまり、そういうお勉強企画ってこと?」

「違います。そもそも、動画の企画で今日は会いに来たんじゃあないんです」

「おにいに怒られるわよ」

「分かってます」

 出逢さんは冗談っぽく言ったつもりだったけど、祢巻の返事は大分本気だったという。

 祢巻は下げていた頭をあげた。目つきも本気だった。


「……分かった。お話はちゃんと聞くから、まずは飲み物でも頼んで、落ち着きましょう」

 祢巻は小さく頷いた。


「私がおにいと一緒にVTuberやるにあたって、約束事があるんです」

 頼んだコーヒーフロートが届くと、ちゅーちゅーストローで飲みながら、祢巻はそう切りだした。

「約束?」

 出逢さんは尋ねる。

「それって例えば、毎日投稿を頑張るとか。ツイートを毎日欠かさずするとか、そういうこと?」

「いえ、VTuber活動については特になにも」

 祢巻は両手を横に振ってそれを否定する。


「約束事っていうのは、私生活の方で……」

 VTuber活動よりも、私生活の方を優先してほしい。

 それが祢巻とハレさんの間で交わされた約束らしい。


「おにいは学校生活を無碍にしてまでVTuber活動を続けることを禁止したんです」

「良いお兄さんじゃあない」

「ですよね。こういう話をするとき、大体『信じられますか!? お兄ちゃんって私をそこまで束縛しないと気が済まないんですよ!!』みたいな、そんな反応をするべきだと思うんですけど、私はおにいが意味もなく私を縛ったりしないことは分かっているので、おにいに従うことにしてるんです」

「美しい兄妹愛だわー!」

 そうかな。どちらかと言えば結構歪んでいるような気もしないでもないんだけど……。

 まあ、本人が幸せならいいのか。いいのかな……?

 束縛系お兄ちゃんと従僕系妹。

 あれでも、配信活動は祢巻に巻き込まれる形になっているんだから……どちらかと言えばあれなのかな。

 散歩で全力ダッシュをする犬系妹と、リードに引っ張られて走る羽目になってしまっている飼い主系お兄ちゃん。それなら納得。


「ともかくおにいとの約束です。おにいとは『VTuber活動よりも私生活を優先する』という条件でVTuber活動をすることを許可してもらってるんです。ですが、今度の中間テスト……」

「自信がないのね?」

「はい……」

 祢巻はストローに息を吹き込んで、フロートをぶくぶく泡立たせながら答えたらしい。


「ちゃんと勉強したつもりではいたんですけど、やっぱり最近、VTuber活動が波に乗ってきたじゃあないですか」

「そうね。個人で50万人越えってかなりスゴいことだと思うわ」

「だからちょっとうつつを抜かしちゃった気がして、この間中間テストの範囲が配られた時、気づいたんですよ」

「なにに?」

「し、知らねーーってことに」

 出逢さんは思わず吹きだしてしまったらしい。


「それで、どうして私に勉強を教えてほしいって思ったの?」

「まず、おにいには頼れません。頼ったら、その時点で私が私生活をおそろかにしてたのがバレてしまうので」

「そうね。でも、お兄さんならそれでも教えてくれるんじゃあない?」

「動画のネタにされますよ。代わりに」

 最近のおにい、私よりVTuber活動にお熱ですよ。正直。と苦笑いを浮かべる祢巻。

 そこは私も同意する。企画、運営、動画撮影、編集に至るまで全部おにいがひとりでしてて、もうチャンネル運営者であったはずの祢巻はなにもすることが無くなっているのが事実だ。事実上の乗っ取りだ。


「次に、私の近くにいる頼りになる大人って誰だろうと考えたんです」

 腕を組む祢巻。

「最初は氷上坂さんに教えてもらうのもいいかなって思ったんですけど」

「表情の会話で勉強を教えてもらうのは大変ね」

「そうなんですよ。しかも氷上坂さんって結構おにいよりの性格してるから、色々言ってきそうで……一瞬、陸奥五郎さんを考えたんですけど、あの人は生物以外ダメそうだなって」

「というより、あの人は知識を披露するのが得意であって、人に勉強を教えるのが得意なタイプではないわよね。恐らく」

「その通りです」

 そして、私は気づいたんです。と祢巻は顔をあげる。


「出逢さんが高学歴だということに」

「私、高学歴アピールなんてしてたかしら?」

 出逢さんははじめ、わざとらしくとぼけてみたらしい。

 祢巻のことだから、配信を見続けてたどり着いた答えであることは分かっていた。


「『輪曲わくせクラリ』さんとのコラボ配信の時、出逢さんは事前に勉強してきたと言っていましたけど、彼女の配信分野は『航空宇宙工学』ですよ。それを事前に勉強してきたってだけで、あんなにも語り合えるものですか?」

「さすが、ちゃんとよるるちゃんは私の配信を見てるのね。でもあれは本当に事前に勉強しただけ。でも、思ったより面白い分野だったから熱が入っちゃったかもしれないけど」

「勉強に熱が入るって時点でもう高学歴ですよ!」

「よるるちゃんはもう少し周りを見た方が良いかもしれないわね」

 さすがにそこまでのことはないでしょ。と呆れ混じりにため息をつく出逢さん。

 でも、実際勉強に熱を入れたことなんて私もないしな……。言われてるからやるぐらいで……。

 だから祢巻の『勉強に熱を入れれる時点でもう高学歴』ってのはわりと分かるというか。もちろん、熱を入れてるのにバカは存在するけど。それは外れ値ということで。


「だからお願いします! 私に勉強を教えてください!」

「うーん、どうしようかしら。一番最初に私が思いつかなかったというところに寂しさもあるし~」

 出逢さんはあえてはぐらかしてくる。

 祢巻は両手を合わせたままボソッと言った。


「私がVTuber活動できなくなったら、寂しいですよね」

「情に訴えてきた!」

「私がもし赤点回避することができたら、また一緒にコラボしましょう!」

「そういうことなら」

 そういうことになったらしい。

 結局はコラボ魔人。情に訴えるよりコラボの約束をした方が早い。


***


 ということがあって、学校に行く前と帰ってから、こうして勉強をしているというわけです。と額の汗を拭うことで、言葉に代えた氷上坂さん。


 汗をひたすらかくほどの百面相を見た私の感想は、そこまでするならもう喋った方が早いんじゃあないの? である。それでも喋らないのはきっとなにか理由があるんだろうけれども……。

 しかしなるほど。祢巻が最近様子がおかしいのは、ああして出逢さんから勉強を教えてもらっているからだったんだ。


「あれ、じゃあどうして氷上坂さんはここに?」

 私はふたりにお菓子の提供をしにきただけです。と氷上坂さんは手に持っている袋を持ち上げた。


 私はもう一度、祢巻を見る。彼女の表情はいつになく大真面目で、ハレさんとの約束を守るために、それ以上に、VTuber活動をちゃんと続けるんだという意志が感じ取れた。

 あれ、帰るんですか? と氷上坂は、そう言いたげに小首を傾げた。


「勉強の邪魔しちゃ悪いですし。それに、私がお兄さんから頼まれたのは、祢巻がどうしているのか確認してほしいってだけでしたから」


***


 ということで、祢巻は無事赤点を回避することができた。

 赤点を回避するぐらいで私生活を優先していると主張するのはいささかどうかと思うけれども、今回は祢巻自身もそれが分かっていたから、人に勉強を教えてもらったりしていたわけだから、不問にするところだろう。


「とはいえ、せっかくのこの流れを動画にしないのはもったいないので、もちろんネタにさせていただきます」

「誰かおにいにチクったなーー!!」


 【ちゃんと勉強してんの!?】第1回 Vtuber抜き打ち学力診断テスト!

 ちなみに問題範囲は概ね高校2年の祢巻が現段階で習っている範囲におさえたマジの学力テストだったので、視聴者からは「問題がガチすぎて逆に笑いづらい」「よるるちゃんの天然ボケ回答が見れると思ったら普通に計算間違いを繰り返すから段々許せない気持ちになってきた」「は?」「は?」「確立を総当たりで解こうとするな」「逆にそれでよく当たるな」「ちゃんと勉強しろ」「うだつの上がらない妹を持つってこういうことなのかなって思ったら興奮してきた」「範囲がリアルすぎる」「マジで高校2年生なのこの子」等の、VTuber学力テストとは思えないコメントを頂いた。

 そりゃテストだからな。面白大喜利誤読に頭をまわす暇があったらちゃんと答えるか考えろって言うんだ。


 寝戸よるるch./YoruruNeruto ch.


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