【実話】視聴者層がイメージと違うことをオフラインイベント会場に行って感じたことがあるおにい

 2時間目。国語。

「この時の主人公の気持ちを……花巣!」

「分かりません。なぜなら私は主人公ではないからです。私なんて道端のモブBあたりが妥当……」

「そういう話をしてるんじゃあないよ」


 3、4時間目。体育。

「私ね、体育の時間が一番好きなんだ」

 準備運動をしながら、祢巻は言う。

「運動してるだけで褒められるなんて、良い時間だと思わない?」

「祢巻は運動得意だもんね。私は全然だから、あんまり……」

 私は運動があまり得意ではない。だから体育の時間なんて2時間も通してやるのかも分からないような時間が一番嫌いかもしれない。


「えー、繰等ちゃんにそんなイメージないけどな」

「そんなこと言ったら祢巻だって。いっつも動画見てるのに運動好きなんて信じられないよ」

「動画を見るためにはまず運動だから!」

 祢巻は足踏みしながら言う。


「長時間配信を見るために必要なことはなんだと思う?」

「根気?」

「その通り!」

「合ってるんだ……」

「根気を支えるものはなに? それは体力! 筋肉が全てを解決するわけじゃあないけれども、筋肉があれば長時間配信だって見続けれるものなんだよ。私は推しを支えるために、推しを見るために運動を欠かさないんだ。うおおおおおおおおおおおおお!!」

 祢巻は言い切って、グラウンドに向かって走っていった。


***


「実際、祢巻は家で毎日腹筋と腕立て伏せを欠かさずやってるし、朝はジョギングしに外に出てるぞ」

「うわ、めちゃくちゃ健康優良児! なんでYouTubeに入り浸ってるんだろう」

「今時の視聴者層って僕らの時のイメージとはもう大分違うってことだよ。オフラインイベントとか覗いてみろよ。思った以上にチャラチャラしてるし、思った以上にカップルで来てるし、男率99%コミュニティのはずなのに周り女子ばっかだったりするから」


***


 そんなこんなで放課後を迎える。

 学校での祢巻の様子に変なところはない。中間試験を前に必死こいて勉強しているような素振りもない。

 よく言えばいつも通りで、悪く言えば試験大丈夫か? みたいな感じ。


 帰り道。私は祢巻の後ろをついて行くことにした。一緒に帰ろ~と言ってついて行ってるわけではない。普通にストーキングである。

 祢巻は自分の家に向かって帰っていなかった。

 まるで違う方向に向かって歩いている。習い事でもしているのだろうか。いいや、でも、そんな話を私はお兄さんから聞いた覚えはない。 

 私は身につけたストーカー技術を駆使して、ひたすらに後を追いかけていく。


 祢巻はとあるマンションの前で足を止めると、誰かに電話をかけていた。

 マンションの上の方を見ているから、住んでいる人に連絡をしているのかもしれない。

 一体誰と連絡をしているのだろう。と、前のめりになったタイミングで。

 私の眼前に、知らない女性が顔を覗かせてきた。


「わ――」

 突然のことでビックリした私が声をあげそうになったのを、女性は口をおさえて止めた。

 しー、しー。静かに。ここで声をあげたらよるるにバレてしまいますよ。よるるに追いかけてたことがばれたくないのでしょう? と言いたげに、女性は口元に指を添えた。

 私は何度かまばたきを繰り返した。

 喋っていないのに、この人が言いたいことが分かる。

 こんなことが出来る人を、配信者を、私はひとりだけ知っている。


「え、えっと」

 口を押さえていた手を離された私は、大きく息を吸ってから、女性に尋ねた。

「もしかして、氷上坂迷々ひがみざかめいめいさんですか?」

 あら。私としたことが、どこかに身バレ要素があったのですかね。迂闊ですね。VTuberで身バレは一番危険なことですのに。どこで私が氷上坂迷々だと分かりましたか? と言わんばかりに、氷上坂さんは首を傾げた。


「いや、どこでっていうか。そんな会話術が出来る人は他にいないというか」

 そうでしょうか。ほら、顔は口ほど物を言うというじゃないですか。昔の人がそう思っていたということは、私のように喋る人もいたと思うんですよ。私は私が特別だなんて一度として思ったことはありませんし。と言うように、氷上坂さんは指を一本立てた。


「それを言うなら目は口ほどにものを言うかと……」

 それに、言うにしても限度はあると思いますけど……。


「あ、あの!」

 祢巻に見つからないように私と氷上坂さんは陰に隠れたところで、私はスマホを片手に切りだす。


「写真、いいですか!?」

 氷上坂さんは顔の前で人差し指を重ねた。×である。

 ごめんなさいね。ファンの子のお願いは聞いておきたいんだけど、私も一応VTuberだから顔出しはNGなの。だからサインとかならいいんだけど、写真はちょっとね……。と眉をさげることで、氷上坂さんは言葉に代えた。

 VTuberって実質、顔出ししてない配信者みたいなものだから、そんな反応が返ってくるのも当たり前か……。


「じゃ、じゃあ代わりにひとつ質問してもいいですか?」

 それなら。と氷上坂さんは指で丸をつくって答えてくれた。


「どうして、祢巻が向かった場所に同じVTuberの氷上坂さんがいるんですか?」

 おや。と言わんばかりに、氷上坂さんは目を見開く。

 同じということは、あなたは彼女がVTuberをやってることを知っているんですね。へえ、なるほど。よるるさんの名前は祢巻と言うんですか。初めて知りましたよ。氷上坂さんはあごに手を添えながらうんうんと頷いた。


「え。祢巻の名前知らなかったんですか?」

 知りませんよ。普段呼ぶときは「よるるさん」ですし、「寝戸よるる」という名前しか聞いてませんですもの。「初めまして、寝戸よるるさん。ところでなんですけど、あなた本名はなんて言うんですか?」なんて自己紹介の時尋ねたりするものでしょうか。名前がふたつあると不便なものですね。と、腕を組みながら唸る氷上坂さん。

 確かにそんな質問はしなさそうだ。名前を聞いたところで、ほとんど聞かなさそうだし。


「救急車を呼ぶときは必要かもしれませんね」

 そんな機会にでくわさないことを願うばかりですね。と、氷上坂さんはくすくすと笑った。


 それでなんの質問でしたっけ。よるるさんがいるところに、どうして私がいるのかでしたよね。理由は単純で、私がよるるさんに呼ばれたからですよ。という風に、氷上坂さんは微笑した。

「呼ばれたから……?」


 質問に答えたので私はこれで。と氷上坂さんもマンションの方へ向かおうとする。

「ちょ、ちょっと待ってください! 祢巻がどこに行ったか分からないと私ハレさんになに言われるか」

 ハレさん? と氷上坂さんは、足を止めて振り向いた。

 しまった。ハレさんのことは他の人に内緒なのに。


「あ、あの。ハレさんっていうのは祢巻の、寝戸よるるのお兄さんのことでして……」

 おどおどとしながら、言い訳を並べていると。

 もしかして、あなたがここにいるのはお兄さんからなにか頼まれたからですか? と言わんばかりの目を向けられた。

 これはちゃんと言った方が良さそうだぞ。と思った私は、ここまでの経緯について、氷上坂さんに話す。


 うちの学校が中間試験の時期にさしかかっていること。お兄さんが祢巻がちゃんと勉強しているのか不安がっていること。VTuber活動よりも生活の方を優先してほしいお兄さんにとって、中間試験のために勉強していないのなら、VTuber活動を一旦休止してもいい。とすら思っていること。


 全て話し終えると、氷上坂さんは、ちょっと待ってくださいね。とスマホを手に取って、誰かに電話をかけた。

 ま、まさか氷上坂さんの生声が聞けるチャンス!? って思ったけど、氷上坂さんはビデオ通話で連絡を取っていた。氷上坂さんの声を聞いたことがある人って、いるのかな……。


 はい。はい。うん。うん。そうなんです。いいですかね。大丈夫そうですか? はい。はい。じゃあこっそりと。はい。それじゃあまた後で。ぴっ。

 氷上坂さんはカメラを前に何度も頷いてから、私の方を向いた。


 着いてきてもいいそうですよ。


***


 オートロックの玄関を越え、エレベーターに向かい、乗り込む。

 エレベーターが上がっていく中、私はそわそわしながら尋ねる。


「あの。もしかしてここって氷上坂さんの家だったりしますか?」

 いいえ。違いますよ。あ、今の「いいえ」は家とかけてるわけではないですからね。ふふふ。と氷上坂さんは、冗談めかして笑ってみせた。かわいい。

 違うんだ。まあ、確かに祢巻は招かれて来ているんだろうから、招いている人が祢巻より後から家に戻ってきたらダメだもんね……。


 じゃあ一体誰の家なんだろう。と思っている間に、エレベーターは12階についた。1204号室の前に立つと、氷上坂さんはもう一度電話を鳴らした。

「チャイムは鳴らさないんですか?」

 鳴らしたら、誰か来たのがよるるさんにバレてしまいますから。と、氷上坂さんは唇に指を添える。静かにしてくださいねということだろう。私はこくりと頷く。


 しばらくすると、玄関が内側から開かれた。ゆっくりと。静かに。

 扉の隙間から女性が顔を覗かせてきた。

 20代後半ぐらいの女性。長い黒髪の毛先だけを緑色に染めている。

 私のことに気がつくと、柔和な笑みを浮かべた。


「初めまして、こんにちは。あなたがよるるちゃんのお友達ね」

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