男Vとの2人っきりコラボがどうしても許せないのかもしれないおにい
「ふあぁ……」
遅刻することなく学校に着いた私と祢巻は、1時限目の授業を受けていた。
1時限目、数学。
窓際の席に座っている祢巻は、1時限目とは思えないほど大きな口を開けてあくびをかいていた。
「じゃあ次の問題を……花巣! 起きてるか!」
「寝てます!」
どっ。とクラスメイトが笑いだした。
指摘しようとした先生すら、呆れたようにため息をつくだけだった。
「授業中寝るなんて余裕だな、これは中間テストが楽しみだ」
「えっへっへっへ、期待しててくださいよ。赤点って何点でしたっけ?」
「5点だ」
「じゃあ余裕です!」
「先生、花巣は赤点の点数すら理解してないんです。許してあげてください」
隣の席の男子がくすくすと笑いながら言う。
祢巻は男子と先生を交互に見てから、驚きで顔を染める。
「え、先生が嘘をついたんですか!? 先生なのに!? 私はこれから先生の授業のなにを信頼して聞けばいいんですか!」
「聞いてないだろ、寝てて」
再び教室がどっと笑いだす。
祢巻はクラスのムードメーカーだった。
祢巻が話すことはもうなんでも面白いとクラスで受け入れられている。
なにせ、いつも満面の笑みを浮かべながら、裏表もなく、明るくて聞きやすい声で、ハキハキと話している。しかも声がとっても可愛いのだ。
そんな子が嫌われるというのなら、きっとそれは教室が歪んでいて、楽しいことを否定するような環境になっているのだろう。
普通に考えて、明るくて楽しい子は嫌われない。だって嫌うものではないから。
さながらそれは、人気VTuberに求められているようなものだった。
明るくて、聞きやすくて、楽しくて、(声が)可愛い。
そういう意味では、祢巻はVTuberとして求められている素質を元から持っていたのかもしれない。
そんな彼女は、私にとって目標としていたような女の子だった。
ハレさんに言われて、引きこもりをやめた私がなりたかった女の子。
それがまさか、ハレさんの妹だったなんて、人生中々、なにが起こるか分かったものではない。
***
「花巣。なにか面白いソシャゲでも見つけたのか?」
「んい?」
休憩時間になると、隣の席に座っていた男子が、席に座ったまま声をかけていた。
あいつ名前なんて言ったっけ。
「どうしてソシャゲになるの、墨名?」
「だって花巣っていつもスマホをいじってるじゃん」
墨名は指を一本たてて、祢巻の机の上に置かれているスマホを指さす。
「あれってなんかゲームしてるんだろ?」
「ああー、違うよ。動画見てるの」
「動画?」
「配信とか。お昼にやってる人もいるからさ、休み時間も推し活動は忙しいぜ」
ふいー。と額の汗を拭う素振りをする祢巻。
「動画って、外で見ててギガ持つのか?」
「あー、大丈夫。私のスマホはギガ使い放題プランだから、外でも1080pHD画質で見放題だぜ」
祢巻は墨名にぶいっとピースサインをつきつけて、屈託のない笑みを浮かべた。
墨名はぽけーっとした顔で「お、おう」と曖昧な返事をした。頬をよく見てみると少し赤くなっている。
祢巻は無自覚男たらしだからなあ。あんな感じに分かりやすいのは墨名ぐらいだけど、クラスメイト男女分け隔てなく皆と仲が良いもんだから、彼女のファンが多いのは言うまでもないだろう。
さてと、そろそろ助けに行こうかな。祢巻じゃあなくて、墨名の方を。
だってこの話をハレさんにしたら、一体どんな目に合うか、分かったものじゃあないからね。
「こら、祢巻。墨名を困らせちゃだめだってー」
「繰等ちゃん」
私は祢巻の背後にまわると、肩から手を回して椅子ごと祢巻に抱きついた。
頬ずりをしてみると良い匂いがした。
それはハレさんが使っていると言っていたシャンプーと同じ匂いだった。兄妹そろって同じシャンプーを使ってるんですね。仲が良くていいですね。ちなみになんですけど私も同じシャンプーを使ってるんですよね。奇遇ですね! 僕が使ってるのを知っている上で奇遇はないだろうって? 知ってても奇遇は奇遇ですから!
「繰等ちゃん長いよー」
「いいじゃん、百合営業ってことで」
「VTuberの百合営業問題について語りたいってこと?」
「おっと藪蛇」
祢巻を解放する。墨名が残念そうな声をもらした。
「なに楽しんでるんだよ、視聴代金取るぞ」
「500円で良い?」
「高校生の昼ご飯代だと考えると重いなあ」
といいつつ、墨名が渡してきた500円を受け取る私。お昼ご飯代浮いちゃったぜ。
「墨名を困らせてるってどういう意味? 今のところ繰等ちゃんが困らせてるように見えるけど」
「祢巻の無自覚な罪を私が目に見える形で背負ったのさ」
「やめろ、それ以上言わないでくれ……」
自分が思っている以上に顔に出ていたことに気づいた墨名が真っ赤になった顔を押さえながら、私に腕を伸ばした。
祢巻は不思議そうに首を傾げた。
***
「とりあえずその墨名くんっていうクラスメイトを家に連れてくることはできるか?」
「連れてきたら殺されそうだから、さすがに私の良心もとがめられますね」
後日。
家の近くのカフェにて。
繰等から僕は、報告を聞いていた。
僕はコーヒーを。繰等はアイスカフェオレを頼んでいる。
僕はコーヒーを一口飲んでから、カップを机に置く。
「殺したりなんかするか。日本は法治国家だぞ。祢巻にふさわしい男かどうか試すだけだ」
「どうやって?」
「山に埋める」
「既に殺してるじゃないですかそれ」
「殺さずに埋めるんだよ」
「もっと恐いじゃあないですか」
繰等は呆れた声をもらしながら、ストローを口に咥えてから、怪訝な顔をした。
「うわっ、このストロー紙じゃあないですか。許せませんよこれは」
「ネットでよくさ、紙ストローってめちゃくちゃくさされてるけどさ。そんな憎くて仕方ないみたいなものなのかな。僕はそんなに気にならないんだけど」
「いいや、それはまだ真の紙ストローと出会ってないからですよ。ハレさんが」
繰等は僕の顔の前にストローが刺さったままのアイスカフェオレを突きだしてきた。
からん。と氷がガラスを叩く音。
試してみろってことか。僕は突きだされたストローを口にくわえて吸ってみる。
やっぱりそんなに変わらない気がするんだよな。紙の味が入って濁った味がするなんてよく聞くけど、僕の味覚は濁ってるかどうかすら、いまいちよく分かってないのかもしれない。
「うん、やっぱりそこまで憎む理由は分かんないな」
顔をあげてみると、繰等が顔を真っ赤にしながら口をパクパクと動かしていた。
「お、推しが私のストローを……噛んだ!!」
「噛んでねえよ。咥えたんだよ」
「噛んだと咥えたって文字、どっちがエロいと思いますか?」
「咥えた。悪かったな、新しいストローを貰うから。頼めばプラスチック製も貰えるだろ」
「くそう、めちゃくちゃ異性として見られてなさすぎる対応!!」
ファン食いで炎上して、表舞台から消えていった奴を何人も見てきたし、なにより自分のストーカーを異性として見るのはムリだろ。
「しかしなるほどな」
僕は腕を組んで頷く。
「確かに最近、祢巻は朝が早いんだよ。朝4時ぐらいに家を出るんだ」
「ハレさんも理由は知らないんですね」
「それが知りたくてお前に依頼したんだよ。なにか分かったのか?」
「それがですね……」
繰等は学校での話の続きを話し始める。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます