#10

【緊急】今後の活動に関する会議

「最近、チャンネル登録者数が増えてない気する」

 パソコンから目を離した第一声がこれだった。

 休日の昼間。

 パソコンを開いて一体なにをしているのだろうか。今時の高校ってやつは宿題もパソコンでやるのか進んでるなあなんて思っていたけれども、なんてことはない。普通に自分のYouTubeチャンネルを見ていた。


 寝戸よるるch./YoruruNeruto ch.

 チャンネル登録者数53.5万人


 最初のバズ以前が2017人とかだったはずだから、同時と比べるとえらい増えたなと実感する。

 鳥取県の人口が確か55万人だから、もう少しで鳥取県を越えることができるらしい。

 人がいなさすぎではないか、鳥取県。どっちが鳥取でどっちが島根か分からないで有名な鳥取県。境港市があるのが鳥取県で出雲大社があるのが島根県だ。


「確かに増えたよ。増えたけどさあ……最近伸びないんだよ」

 祢巻はノートパソコンの画面を僕に見せてくる。

 チャンネルのトップページには、2人になってからの動画がずらりと並んでいる。


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「こうして見るとショート動画の伸びがいいんだな」

「迷々とのコラボ、話題になってた気がするけど、ぐんと伸びてる訳じゃないんだね」

「これは元は出逢柱のチャンネルでやってた生放送のアーカイブ動画だからな。それに、あの生放送で一番伸びたのは祢巻の気絶切り抜きだったし」

 検索欄にタイトルを打ち込んで、当該チャンネルを表示する。

 VTuberの配信や動画を全般的に切り抜いているチャンネルである。

 

 人気VTuber、気絶する【寝戸よるる】

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「この収益を奪いたい……」

「収益のことばかり考えてると疲れるぞ」

 閑話休題アイキャッチ


「それで」僕は言う。「最近伸びないって?」

「チャンネル登録者数だよ」

 氷上坂迷々に遠隔操作された時の動画を指さす祢巻。


「この動画の時に確か、チャンネル登録者数50万人越えたんだよね」

「そうだな。報告のツイートをした覚えがある」

「これが2ヶ月前じゃん」

「時の流れを感じるな」

「それで今のチャンネル登録者数がこれ」

 祢巻はトップページを指さす。

 53.9万人の数字が映しだされている。


「3万人しか伸びてないんだよ!?」

「麻痺してるぞ祢巻!」

 バズの伸びに飲み込まれてる!! あれは特殊だと何度も教えたはずなのに!!


「いいか、祢巻。3万人っていうのはスゴい数字なんだぞ。岡山県美作市の人口と一緒なんだぞ」

「よく分からないよ」

「広島県竹原市よりも多いんだぞ(2.8万人)」

「もっと分からなくなったよ」

「限界男性社会人の飯系ボイロ動画のチャンネル登録者数が大体そこら辺」

「一番分かりづらい例え!!」

 祢巻が吠えた。

 確かにちょっと説明が難しいかもしれない。3万人。


 じゃあちょっと視点を変えることにしよう。

「いいか、祢巻。これは僕が知っている配信者の話なんだが」

 彼はゲーム実況を主に活動していて、チャンネル登録者数も28万人ほどいた。

 しかしどうしてもこの先にいかなかった。まるでそこに壁があるかのように、色んな動画を撮って、色んなイベントに参加してみても28と29の間をうろうろする毎日だった。


 しかし、そこで彼にひとつ転機が訪れる。インフルエンサーと付き合っていることが発覚したのだ。ちょっとした話題になり、チャンネル登録者数が一気に増えて30万人を越えた。

「つまり私も熱愛報道をすれば……?」

「そんなことしたら僕が殺人でニュースに出ちゃうよ」

「殺すの……?」

「うん」

「そんなピュアな目で頷かないで」

 僕は僕を止められる気がしない。


「この話にはオチがあってね」

 しかしその後、

 結局、簡単にチャンネル登録者数って増えないし、なんなら減るときだってあるということだ。

 ちなみにこのゲーム実況者はその後、別の動画でバズを起こしチャンネル登録者数は倍になっている。


 数字なんて一定のところを越えてしまうと、壁にぶつかるし、急に増えだすこともあるし、増えたところで動画の再生数はそんなに変わらない。という不思議現象だってある。

 

「でも、おにい」

 祢巻はいじけたように唇を尖らせる。

「おにいは最初、チャンネル登録者数を増やしてくれたじゃん」

「あれはバズったばかりだったし、どうやったら増えるか分かる頃だったからな」

 僕の視聴者が集まった結果、『寝戸よるる』というVTuberに急に視聴者が集まったけど理由が分からない。この子は一体誰なんだ? という環境が生まれていた。

 だから、寝戸よるるが一体どんな子なのかを、他の人気VTuberと絡むことで新規視聴者に教え込む。そういう時期だった。


「でも今はやってきた視聴者を引き込むだけ引き込んだあとだから、安定期なんだよ。この状況になると暫くは伸びないよ」

「えー、ヤダよー。毎日10万人伸びてほしいよー。再生数エグいことになってほしいよー。金の盾ほしいよー」

 祢巻は机に額をぶつけながら、ブツブツと呟く。

 そうはいっても、ここからはもう、流行に乗りに乗って、見つけてもらう機会を増やすか、出してみた動画がなにかの弾みで伸びることを期待するぐらいしかないとは思うんだよね。


「それかそうだな……。いつもと違うことをしてみるとか?」

「いつもと?」

「ラーメンでの客足が変わらないのなら、新しくカレーをメニューに入れる。そしたらカレーのファンがお店に来てくれるかもしれないだろう?」

 机に額をぶつけたまま祢巻は「かれぇ……」と呟いた。

 なにかたくらんでいるのだろうか。

 それは別に構わないんだけれども、今の状況でそれだと、なんだか暴走しそうで恐いな……。


 僕のこの予想は後日、当たることになる。


「おにい!!」

 数日後の夜。

 動画の企画を考え終えた僕がベッドに入って眠りにつこうと思ったその時だった。

 祢巻が僕の部屋に入ってきたのは。


 目をギンギンに光らせて、真っ赤に充血させた祢巻は、胸の前にプリント用紙を何十枚も抱え込んでいた。明らかに眠っていないご様子だった。

 僕はベッドから上半身を持ち上げながら、祢巻に尋ねる。

「その用紙、なに?」

「次の動画企画、考えてみたの!」

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