【誓約書がないと入れない】日本一危険な動物園が思った以上にヤバくて楽しすぎたwww

「ひ、酷い目に遭った……」

 ボロボロになった髪の毛をとかしながら、祢巻は

 一言で言うと、祢巻は数匹のダチョウに囲まれた。

 

 小松菜があることに気づいた一頭のダチョウが祢巻に向かって走り、特に理由は分からないけど走っているやつがいるから走るか……ぐらいの勢いで他のダチョウも走りだし、祢巻の周りはいつの間にか2.5メートルの怪鳥だらけになった。

 祢巻の身長は2メートル越えていないので、当然見えなくなった。


「た、助けておにい――っ!」

 祢巻が悲鳴をあげたタイミングで、なぜここに集まったのか忘れていたダチョウたちが小松菜があることに気づいて祢巻に襲いかかった。

 ぎゃーーーー!! という祢巻の絶叫が、ダチョウの群れの中から聞こえた。


 それと同時に、陸奥がダチョウの群れに突っ込んで祢巻を引っ張りだした。

「大丈夫ですか?」

「か、髪の毛を食べられた……!」

 祢巻はボサボサになった茶色い髪をおさえながら出てきた。

 ダチョウは祢巻の手から落ちた小松菜を必死こいて食べていた。


「このように、動物を舐めてかかると酷い目に遭うってことで」

「先に言ってほしかったです!!」

「先に言ったら酷い目に遭わないし」

「陸奥さんのチャンネル登録解除しそう……」

「ところで」

 陸奥は、祢巻の顔を覗きこむ。


「ダチョウに噛まれたとき、どういう気分だった?」

「へ?」

「俺は噛まれても平気なぐらい鍛えてしまったから、もう忘れてしまったんだ。ダチョウに噛まれた気持ち。蹴られた時の痛みでも大丈夫だから……」

「おにい、こっちも助けて!!」


***


「さて、本番。レベル3」

 僕らは檻の前にまで移動してきた。


「動物と触れること。動物は舐めてかかると酷い目に遭う。ということを学んでもらったところで」

 陸奥が檻を手の甲で何度か叩く。中で待機している虎が吠えた。


「今日の目的である虎に餌やりコーナーに到着しました」

 檻の中には、虎が腰を下ろして待っていた。

 大きさは座っているから詳しくは分からないけれども、それでも僕の腹ぐらいまではありそうだった。

 虎は僕らの方を見ながらぐるると唸っている。

 客が来たと認識しているのだろうか。それとも襲う相手が来たと喜んでいるのだろうか。


「ほ、本当にこの檻の中に入って餌をあげるの?」

 祢巻が思わず尋ねる。

「檻の外からサファリパークみたいに餌をあげるんじゃあなくて?」

「いいや。普通に中に入るよ」

 陸奥は檻の鍵を開けながら言う。


「外からだと危険じゃあないだろう」

「安全の方を尊ぶべきだと私は思います!」

 当たり前のことを言う祢巻。

 しかしここは『日本で一番危険な動物園』である。


 陸奥はポケットの中から紙を二枚取りだす。入園時に書いた誓約書だ。

「そのために誓約書を書いたんだろう?」

「む、むぐぐ……」

 祢巻が言い淀んでいる間に陸奥は檻の扉を完全に開く。

 虎から離れた位置にある扉とはいえ、そんなあっさりと開いてしまって大丈夫なのだろうか。と思ったが、虎の足と首に鎖が繋がれていた。

 檻の中でも移動できる距離を規制されているようだった。

 これなら檻を無造作に開いても問題ないかもしれない。


「中に入った時の説明をする」

 陸奥は檻の中を指さした。

 指の先には、オレンジ色の線がある。


「あそこが虎が移動できる距離の限界になってるから、あそこより奥に行かないこと」

「行ったら?」

「すぐに襲われたりはしないと思うけど、遊んでほしいなって絡んでくる」

「可愛い」

「虎の膂力と爪があるから、まあ肉が裂けるか骨が折れるかするんじゃあないかな」

「前言撤回」

「逆を言えばあの線さえ越えずにルールをちゃんと守れば危険はないから、安心して入ってくれ」

「だったら……」

 おどおどとしながら檻に近づく祢巻。

 入り口まで近づいたところで、足をピタリと止めて、肩越しに首だけで振り返った。


「ねえ、おにい」

「どうした。背中を押してほしいのか?」

「そんなバンジージャンプみたいなことじゃなくて」

 祢巻は檻の中を指さす。


「動画に私を映せないのなら、入るシーンを先に撮っておいた方がいいんじゃあない?」

「確かに、撮っておくか」

 祢巻の手招きに吸い寄せられるように檻に向かった僕は、檻の入り口から映像を撮る。

 僕と祢巻の身長は違うから少し屈みながら撮影しないとな……。


 と。

 檻の中に入りきったところで。

 ガチャンと、檻の入り口が閉じられた。


 祢巻が檻の向こうでニコニコと笑っている。

「おい、祢巻?」

「よく考えてみたらさ」

 祢巻はひらひらと手を振っている。


「私が危険をおかす必要はないかなって思ってさ。ほら、銀の盾の名前は『寝戸よるるとおにいのチャンネル』でしょ?」

「祢巻、もしかしてだけどさ……」僕は尋ねる。「ここに連れてきたの、怒ってる?」

「私は猫カフェに連れてってもらえると思ってました」

「ごめんなさい」

 僕は頭をさげながら、陸奥の方を見る。

 ここの鍵を持っているのは陸奥だ。祢巻を説得するよりも陸奥に助けを求めた方が良い。


 陸奥は僕の視線に気がつくと、うーん。と悩むように首を傾げてから、僕に紙を見せてきた。

 僕の名前が書いてある誓約書である。


「お前からも貰ってるし、別に誰でも問題はないんだよな」


***


 ということで、今回のオチ。

 誓約書を書いているから客が死んだところで問題はない。なんてことはなく、客がケガをしてしまえば営業停止になる。

 誓約書はある種の保険であり、保証であり、宣誓であり、エンタメである。

 そりゃあもちろん、目の前に虎がいると思うと心臓はバクバクと鼓動を続けていたが、名前を呼んで合図をしてみるとちゃんと従ってくれる分、結構かわいげすらあった。


 何度か餌をあげ続けていると僕のことを身内だと判断したらしく、撫でることも許可してくれた。虎の毛は猫よりもゴワゴワとしていた。


「あんまり信用されないと思ってるんですけど」

 撮影を終えてから、僕は陸奥と話していた。

「僕って祢巻とそんなに外で遊んだりしてないんですよ」

「動画を見る限り、結構仲が良さそうですけど。偽装兄妹ですか?」

「いや、実は仲が悪いとかじゃあなくて。なんて言えばいいのかな……」

 頭の中にある文字を整理する。


「仲が悪いわけではなくて、単純にあんまり遊ぶ機会がなかっただけですよ。ほら、高校生の妹と一応社会人年齢の兄ですし」

 無職だけど。今はVTuber。つまり無職。

 しばらく一人暮らししてた影響もあるし、帰って引きこもりの無職をしている間は家の中で話すことはあれども、今みたいに外に一緒に遊びに行くなんてまずなかったのだ。

 だからVTuber活動は僕にとっては僥倖で。今の生活はたまらなく楽しいという話で。


「今日の動画撮影、許可してもらってありがとうございました。おかげで楽しかったです」

「それは良かった。今度はうちの動画にも出てください」

 陸奥は白い歯を見せて笑った。


「あのー、おにい」

 少し離れた場所からおどおどとした祢巻の声。

 声のした方を向いてみると、小さな壁に囲まれた祢巻が恐る恐ると言った感じに手をあげていた。祢巻の足元は一枚の板が設置されていて、さらにその下にはハリネズミがうぞうぞと歩いていた。

 ハリネズミの針は強力だ。長靴ぐらいなら履いていたところで刺されてしまえば貫通してしまうだろう。

 そんなハリネズミたちが、一枚板の下に数匹。

 祢巻の存在に気づいているのか、針を逆立たせて既に臨戦態勢だった。


「もしかしてなんですけど、怒ってます?」

「どっちだと思う?」

「その返事の時点で怒ってるの確定だ!!」

 レベル4。そもそも触れない動物もいる。


***


 動画公開後、僕は祢巻を猫カフェに連れて行った。

 祢巻は猫じゃらしで猫を引き連れようとやっきになっていたが、僕は課金アイテムである猫用のお菓子を駆使して、全ての猫を惹きつけることに成功した。やはり食べ物だよ、食べ物。


 これもまた、VTuberが動画にしたところで面白くないので、後日感想会みたいな動画を用意しただけに留めた。猫にほだされて動物園の一件をすっかり忘れてしまっている祢巻の表情を知っているのは、僕だけだ。


 寝戸よるるch./YoruruNeruto ch.

チャンネル登録者数53万5500人→53万7000人

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