カピバラRTA Glitchless 57:02

「世界で一番大きなネズミをひっくり返すRTA、はーじまーるよー」

「biimシステム?」

 ショート動画はやったことがなかったので、初投稿です。


「それではスタートです」

 僕はタイマーを押す。残り時間60秒。


「本RTAは世界で一番大きいネズミとされているカピバラをひっくり返すことを目標とします。

 計測開始はカピバラのお尻に触れてから。

 計測終了はカピバラの膝が崩れ落ちた瞬間とします。

 つまりもう始まっています。

 レギュレーションはGlitchless。つまりグリッチ禁止ですね」

「逆にグリッチあるの、このRTA」

 残り50秒。


「カピバラは非常に撫でられることを好む生き物らしいですね。陸奥」

「犬はあごの下を撫でられることを好みますよね。それと同じように、カピバラはお尻を撫でられることを好むんです」

残り45秒。


「だから、撫でていると気分が良くなり寝っ転がることがあります。もちろん、撫でたらすぐ寝っ転がるようなものではないんですけどね」

「陸奥さん対応するの早くない!?」

 祢巻が思わずツッコミを入れてしまったところ、カピバラがどこかに歩いていってしまった。


「ああ、これはガバですね」

「ガバですね~」

 ガバとはRTAにおけるミスのことを指す。

 残り40秒。

 祢巻は慌てて別のカピバラのところに向かう。


「ところでどうしてカピバラはお尻を撫でると転がると言われてるんですか?」

「ほら、孫の手で背中を掻くと人も気持ちいいでしょう。自分の手では届かない痒い場所を掻かれると気持ちいいっていうのは、どんな動物でも一緒なんですよ。だから耳の裏とかあごの下でも実は良いんです」

「つまり耳の裏チャートやあごの下チャートもあるんですね」

「でも体感、お尻が一番安定して転がってくれる気がします」

 残り35秒。


「ちなみにお尻の毛が生えてないあたりをかくといいですよ」

「残り30秒です」

 祢巻は陸奥の出したヒントを頼りにカピバラのお尻を掻き続ける。

 するとカピバラがもぞもぞと動きだし、毛が逆立ち始めた。


「あれは?」

「カピバラは気持ちよくなると毛が逆立ちます。なのであれは、気持ちよがっている証拠ですね」

「み、陸奥さん! これからどうすれば」

 祢巻はカピバラのお尻を掻きながら、陸奥の方を向く。

 残り20秒。


「そのまま掻き続けて。好む強弱は個体差があるから分かりづらいかもしれないけど、その子はそれぐらいが一番好きだから」

「カピバラ、見分けられるんですか?」

「もちろん。全員分かりますよ」

「じゃああの子の名前は?」

「ないです、カピバラです」

「え?」

「全部に名前をつけちゃうと、どうしても優劣が起きてしまう気がして。だから名前をつけないことにしてるんです。でもどれがどれかは分かりますよ」

 残り10秒。


「うおおおおおお、この動画絶対私が一番目立ってない気がする! 気がするよ! だって私の姿映せないもんね!!」

 確かにカメラは祢巻の姿を一切映していない。カピバラの気持ちよさそうな顔だけ映している。

 多分動画的にはカピバラの顔アップ映像に、左下に僕(バクの姿)と陸奥がいて、右側には説明を混ぜる感じになりそう。


 そうこうしているうちに残り5秒である。

 カピバラはうとうととしているが、まだ寝っ転がる気配はない。

「お願いしますカピバラさん寝っ転がってください。こんなに寝っ転がれることが願われる日が来るとは思ってなかったと思うけど、本当に寝っ転がってください。本当に、本当に。この動画にせめてオチを……!! 私の頑張りにオチをください……!!」

 そんな祢巻の思いが届いたのか。

 終了時間ギリギリで、カピバラはごろんと寝っ転がった。

 祢巻はへなへなと座り込む。


「ごろんとしたのでタイマーストップです。タイムは57秒02でした。では妹、完走した感想を」

「カピバラ撫でたという実感がないです」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る