カピバラのなで方how to scratch capybara #shorts

 誓約書


 私、__________は『陸奥ふれあい動物園』内において、いかなる理由で事故に巻き込まれたとしても、当園に責任を追及しません。


「たった一文の重みがすごいよぉ」

「それが誓約書だからな。規約を読んでないのに了承しちゃダメだぞ」

 海外の実験で、規約に『トイレ掃除をすること』という一文を忍ばせていたが、誰も気づかずに2万人近くが了承してしまったという例がある。規約は短く、しかし重みがすごい方が良かったりするのかもしれない。


 僕が祢巻の分を代筆した誓約書はもちろん違反行為なので、新しく祢巻にサインして貰うことにした。


「大丈夫ですよ、よるるさん」

 誓約書とにらめっこしている祢巻に、陸奥みちのくは声をかける。


「誓約書に書いてあるような事故・死傷事件は起きてませんから。そんなことが起きたら営業停止になってますよ」

「そ、そうですよね。これあれですもんね。そういうアトラクションの一部みたいな、そういうものですもんね!」

「まあ僕は何度か虎に噛まれてますけど」

「なんでそれで冷静でいられるんですか……」

 腕をこすりながら言う陸奥に、祢巻は心の底から引いていた。


 誓約書


 私、花巣祢巻は『陸奥ふれあい動物園』内において、いかなる理由で事故に巻き込まれたとしても、当園に責任を追及しません。


 誓約書


 私、寝戸よるるは『陸奥ふれあい動物園』内において、いかなる理由で事故に巻き込まれたとしても、当園に責任を追及しません。


 結局2分ぐらい悩んでから、祢巻は誓約書にサインをした。

 誓約書は2枚書いてもらった。ひとつは祢巻として、もうひとつは寝戸よるるとして。いわゆる撮影用だ。


「さて、じゃあレベル1から行きますか」

「レベル1?」

「はい。まずは動物への触れ方を覚えてもらう必要がありますので」


***


 案内されたのは子供向けのふれ合い公園エリアだった。

 暖かなお風呂らしきプールが設置されていて、その横には複数の大きな動物がのそりと動いていた。

 毛の色合いは茶色に近い。

 大きさは僕の膝より低いぐらいで、おそらくは50〜60センチぐらい。

 耳は丸くて小さい。

 目は大きいが、眠たそうにまぶたが落ちている。

 鼻は大きく、鼻の穴がひくひくと動いている。


 世界最大のネズミ。

 カピバラだった。

「うわわ、うわわわわわわーー!!」

 10匹ほどのカピバラがぬぼっと日向ぼっこをしている光景に、祢巻の目が一気に輝き始めた。


「カピバラだ! おっきい! 可愛い! ぬぼってるーー!!」

 テンションがあがった祢巻が声をあげると、カピバラたちは一斉に顔をあげて祢巻の方を見たが、やる気なさげにふいっと目をそらした。


「レベル1は『人に触れられることを良しとしている』動物。カピバラです」

 陸奥は既にふれ合い広場の地面に腰を下ろして、カピバラに抱きついていた。

 手が自然とカピバラのお尻や肘にまわっていて、大事そうに撫でている。


 カピバラも陸奥に慣れているからか、嫌がる素振りを見せることなく、むしろ自分から陸奥に近づいてくる。


 地面にあぐらをかいて座っている陸奥の上に、カピバラがぞろぞろと乗っていく。

 太ももにカピバラの脚がめり込んでいく。

 カピバラって確か、30キロぐらいなかったっけ……?


「ここのカピバラが特別というわけではなく、カピバラは警戒心が薄くこうして簡単に触れあえることができます」

「あ、あの陸奥。足は重くないの?」

「本読みは本に埋もれて死ねたら本望だと言います」

 陸奥はカピバラのお尻を撫でながら、僕の方向を全く見ないで言う。


「俺、その気持ち分かるんですよ。俺はカピバラに潰されて死にたい。まあ、せいぜい30キロぐらいだから死ぬことはないですけど」

 白い歯を覗かせながら、暗いことを言う陸奥だった。

 話してることは暗いが、さっきまでと声のオクターブがふたつぐらい違う気がする。

 やはり動物の話になるとテンションがあがるらしい。


「カピバラは人に撫でられることが好きな動物でね、こうして撫でていると」

 陸奥に撫でられ続けていたカピバラがぶるりと震えた。

 ぞわぞわと毛を逆立たせさせたカピバラはそのままこてんと寝っ転がった。


「気持ちよくなって寝っ転がってくれる」

「え、すごい……」

 祢巻は目をパチパチとさせる。

「私にも出来ますか?」

「これが出来ないと虎と触れ合うなんてとてもとても」

「急に出来なくてもいい気がしてきた」

 そうは言いつつ祢巻はカピバラに手を伸ばす。


「うわあ、スゴい。思ったより毛が硬い」

 祢巻の顔が一気に緩んだ。

 可愛い。

 あーあ、祢巻がVTuberじゃなかったらこの顔も見せてやれたのになあ。VTuberだからなあ。僕だけが知ってるんだよなあ。残念だなあ。あーあ。


「あ、そうだ。祢巻」

「なあに、おにい」

 とろとろに溶けてる笑みを浮かべながら、カピバラのお尻を撫でている祢巻に僕は言う。


「今回の動画はショート動画で撮影してみようかと思ってるから、60秒以内にカピバラを寝っ転がさせてね」

「急に無茶をふるじゃん!!」

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