日本で一番危ない動物園行ってみた #shorts
祢巻がショート動画を漁っていた日から数日後。
僕と祢巻は、動物園に来ていた。
今まで一度も言ったことがない、少し離れた場所にある動物園。
外から見た感じ、そこまで広くは見えず、少し手作り感がある。
それでも、中にはたくさんの動物がいるのか、動物園特有の糞尿と藁が混じったような匂いと共に、たくさんの動物たちの鳴き声が聞こえてきた。
そんな動物園の入り口には、こんな看板が立てかけられていた。
『日本で一番危険な動物園』
「にほんでいちばんきけんなどうぶつえん!」
祢巻は看板に書いてある文字を一文字ずつ、ゆっくりと読んでいく。
「に、ほ、ん、で、い、ち、ば、ん、き、け、ん、な、ど、う、ぶ、つ、え、ん。びっくり!」
「漢字が読めて偉いぞ、祢巻」
「ものすごくバカにされた!」
「褒め言葉だよ。VTuberは漢字が読めたら褒められるって聞いたのに」
「ド偏見だし立場上マズい発言!」
祢巻は僕の口を両手で塞いだ。
「ふががふがふが。ふががががふががふふ、ふふふふふふふふふふ(なんだよ祢巻。お前が動物関係の動画企画が良いっていうから動物園に来たっていうのに)」
「枕詞がいらないんだよ」
「日本で2番目だったら良かったか?」
「2番目に危険な動物園ってどう判定するの?」
「なんだろう、言いだした順?」
よくよく考えたら一番危険もどう判断するのか。という話もあるけど。
危険とされる動物の数?
うちにはライオンが数十体いますよ! みたいな動物園と、うちには熊が一頭います。ええ、先日人里に降りて数人の人間を襲ってニュースになったあの熊です……。みたいな動物園のどっちが危険か。
「動物の説明文の最後がどれもが『故にお国のために革命しないとならない』で締められている」
「日本で一番危険思想な動物園」
動物園の園内からぐぐぐぐ。と虎の鳴く声が聞こえてくる。
祢巻の背がびくぅ。と伸びる。
「オープニングトークもほどほどにして、そろそろ入るか。大丈夫だって、祢巻も入ったら僕に感謝すること間違いなしだから」
「本当ぉ?」
僕のことを一切信用してない目だった。僕が一体いつ、お前を騙したことがあっただろうか。
***
「初めまして、寝戸よるる兄妹さん。俺は
「おにいって最高!」
入園して早々僕らの前に現れて頭を下げた園長に、祢巻は両手を突きあげながら感謝の声を高らかにあげた。
もちろん、動物園には先に連絡をしていた。
こういう趣旨の動画を撮りたい。あとあなたともコラボがしたい。と。
先方——陸奥さんは快く受けてくれた。
陸奥五郎。
(危険)動物飼育系VTuber。
チャンネル登録者数は39.8万人。
アバターは緑色の作業服にひさしのついた帽子を被った、動物園の飼育員風の青年だ。
もっとも、本人は「風」ではなく、実際の飼育員。なんなら園長なんだけれども。
自分の家のおおよそ9割が動物のゲージで締められているVTuberで、動画の内容は基本的に飼っている動物への餌やりや、新しく飼い始めた動物の紹介。
あるいは日本全国津々浦々に飛びだしては動物を捕まえに行く動画を撮っている。
初期はどんな家でも飼えるような動物を飼っていたのだが、段々と年月を重ねるごとに飼う同数も種類も増加していき、一般では飼えないような危険動物にまで手を伸ばし、今となっては動物園を開園してしまうほどになってしまった。
「ほら、危険な動物と心を通わせていると思っていたところで背中から食われる展開って映画やドラマであるじゃないですか。あれに俺、興奮するんですよね。ああなりたいっていうか。もちろん、簡単に食われるつもりはないですけど」
とは陸奥の談。
果たしてそれが、そんな状況にならないように生きているではなくて、そんな状態になっても撃退できるほどの筋肉を持ち合わせているつもり。という意味だとは思っていなかった。
数日前。
撮影前の顔合わせの時、初対面の印象は『太い』だった。
首が太い。
胸が太い。
腕が太い。
腰も太い。
脚も太い。
さながら肥満体型のようであったが、触れれば柔らかさよりも大岩のような厚みの方を先に感じる太さであった。
少なくともデブではない。
鍛えている人の太さだ。
「初めまして寝戸よるるのお兄さん」
声も太かった。
「すみません、なんと呼べばいいですか?」
「おにいで良いですよ。それか本名でも」
「じゃあおにいで。俺のことも陸奥で良いですよ」
白い歯を見せつけるように、陸奥は笑った。
ショート動画での切り抜きで『ワインのコルクを歯で引っこ抜いて噛み潰せる』ことを自慢していたことを思いだした。あの歯とアゴならそれも可能な気がした。
「今日はコラボの提案ありがとうございます」
「いえ、こちらこそ快諾ありがとうございます」
ぺこりと頭を下げる陸奥に、僕も慌てて頭を下げる。
「飛ぶ鳥を落とす勢いである寝戸兄妹からコラボ提案が来るとは思ってなかったので驚きです」
「妹が聞いたら喜びますよ。いつも動画見てますから」
これは本当。祢巻は大体のVTuberの動画を見ている。
「この前だって陸奥のショート動画を見てましたよ。ライオンをひっくり返して腹を撫でまわしてる動画」
「あれはうちの動物園で飼育してるライオンで、子供の頃から飼育してるので俺に慣れちゃって……」
「みたいな会話をしていた」
「大人の会議前の腹の探り合いみたいな会話」
実際その通りなのでなにも言えない。
本当にそういう会話しかしていないのだから。
youtubeで危険動物にテンションを高めまくって、日本で一番危険な動物園をつくってしまうような人とは思えないローテンションさというか落ち着きがあった。
これで「動画に出ているのはうり二つの双子なんですよ」と言われたら、信じ切ってしまいそうだし、今時双子の入れ替えトリックなんて流行らないだろ。と言い返す準備もできている。
「いや、すみません」
陸奥はあまり申し訳なくなさそうな声色で言う。
「人と話すのはあまりテンションが上がらないもので。この時間も動物と触れ合っていた方が幸せだな。俺の人生の残り時間を人とのふれ合いで消費してしまっていいのかなって思ってしまって」
手のひらをこねまわすように回しながら陸奥は言う。視線は既に動物園の方を向いていた。
本当によくこれでVTuberをやろうと思ったなと思うようなコミュニティー能力の無さであったが、しかし根が暗いという風ではなく、本当に動物以外に興味を向けることができていないという風だった。
「なんか、よくコラボしてくれたね。陸奥さん」
「それはですね」
「うわ、聞こえてた!」
陸奥がずいと前に体をだし、祢巻が驚いて一歩さがった。
「うちの動物たちが人と触れあえる。人に愛されるというのは、俺にとっても嬉しいことですから。基本的にコラボは断ったことがありません」
俺がこういう性格なのを知ってか、あまりコラボの提案は来ないんですけどね。と陸奥は軽く笑った。
「さて、じゃあ早速うちの動物たちと触れ合ってもらいましょうか。ああ、そうだ」
動物園の入り口を通り抜けてから、陸奥は受付らしき場所に入ると紙を2枚持って戻ってきた。
「これは?」
「この動物園の中でいかなる事故が起きようとも、当園は責任を負いませんし、それを了承した上で入園します。という
「おにい、今から帰ることってムリかな」
「そういうと思って」
「思って?」
「既に誓約書にサインしてある」
「違法だよそれ!!」
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