#8
ショート動画か縦動画かハッキリしてほしい #shorts
ある日、動画編集を終えてリビングに降りてみると、祢巻がソファに寝っ転がりながらスマホでYouTubeを見ていた。
家の中だからかラフな格好で、足をばたつかせながらけらけらと笑っている。
そんな風景はいつものことで、なんならノートパソコンがあるのにスマホで見るのも不思議だなとすら思っていたのだけれども、今日の祢巻はスマホを縦にしていた。
スマホを縦に持つのは当たり前のことだろう。
しかし、スマホを電話としてではなくゲーム機、あるいは配信サイト視聴機器としてしか使わない僕ら若者にとっては、スマホは縦ではなく横に持つ物だ。
実際、祢巻がスマホを持っている時は基本的に横だった。
動画を見ているとばかり思っていたんだけど、だったら、友達とビデオ通話でもしてるのか?
「あ、おにい」
僕の視線に気づいたのか、祢巻はスマホから視線を外して僕の方を見た。
「動画編集終わったの?」
「まあ、なんとかな。やっぱり生配信を主にした方が気が楽だったなと今更ながらに思ってるよ」
「おにいが言いだしたんだよ、動画勢になろうって」
「あの時はなんにも考えてなかったな。これからの展開も、小説の話の短さも」
短い短い。YouTuberの動画は短い方が良いのは知ってるけど。
それでも、8分は超えたいものだ。広告が好きにいれれるようになるから。
「ところで」
僕は尋ねる。
「ビデオ通話でもしてたんじゃあないのか?」
「ビデオ?」
祢巻は僕のセリフがなにを指してるのか分からないと言わんばかりに首を傾げる。
「おにい、ビデオってなに?」
「お前はギリギリVHS知ってるだろ、Z世代気取るな」
「私だって平成生まれなのに『令和世代』とか言って最新ぶりたいお年頃なんだよ」
祢巻はふん。と鼻を鳴らす。
ちなみに、ビデオ通話という言葉自体は普通に今もある。安心してほしい。
「ビデオ通話なんかしてないよ、普通に動画見てたの」
「画面が小さくなって見づらいだろう」
「あれ、おにい知らないの?」
流行に乗り遅れているおじさんに話しかけるかのような声色で、祢巻は言う。
持っていたスマホの画面を僕に見せてきた。
「私が見てたのはね、縦動画だよ」
***
『おーい、おーい』
飼い主に呼ばれたパピヨンが億劫そうな顔をしながら顔をあげる。
目は少し白んでいる。鼻をふん、と鳴らした。
飼い主が鼻の近くに指を近づける。するとパピヨンは飼い主の指をすんすんと嗅ぎ始めた。
すんすん。すんすん。
すんすん。すんすん。
「……くわっ!」
犬は途端に顔をしかめて大口を開いた。もう臭いが酷くて酷くてたまらないと言わんばかりの表情だった。
「そんな臭くないだろ……!」
飼い主はケタケタと笑いながら自分の指を嗅いだ。
***
軽快なBGM。
炊飯器の上に頭をのせた、大きくてふわふわとした犬が映りこむ。
炊飯器を開いて、ささみやブロッコリーといった食べ物を次々と投げ入れていく。
全部入れたところで水を入れる。犬は流れてくる水で水分を補給する。閉めて、スタート。
しばらく待つ間、犬はぐうたらとしている。
できあがったご飯を冷まして、飼い主と犬が一緒に食べる。がっつく犬の姿がつくった料理が美味しいのだと分かる。
うまい! と字幕が表示される。
***
「可愛いでしょう~」
祢巻はとろけた笑みで言う。
どうやらショート動画で飼い犬の動画を見ていたらしい。
縦動画というのは正式にはショート動画というもので、スマホで見ることに最適化された縦長の動画のことだ。
まあざっくりと言ってしまえばtiktokの後追い媒体で、一説によると普通の動画をつくるよりも再生数もチャンネル登録者数の増加も高いが、その分あんまり稼げないらしい。
「まさかおにいが縦動画を知らないとはね。それでよく私を人気VTuberにするって言えたね~」
「いや、知ってはいたんだけど」
ショート動画ではショート動画の文化が根付いている印象があって、そこまで深掘りする気が起きなかったのだ。
「おにいの縦動画ってどんなのが流れてくるの?」
「動画の切り抜きと平成ライダーモノマネと岩田康誠のイン突きパトロールビデオ」
「偏ってるなあ」
ショート動画は検索して探すというよりは、見ている動画の傾向や登録しているチャンネルから『こういう動画好きでしょ?』と流れてくるもの。という感覚が強い。
いいね欄を見ればその人の性癖が分かるように、ショート動画を見ればその人の視聴動画傾向が分かるとも言えるかもしれない。
「祢巻は動物系の動画が好きなのか」
「大好き。人間は醜いからね」
「動物愛護過激派じゃん」
「生身を見たくないからVTuberが好きになりました」
「暗い暗い暗い暗い!」
うーん。と僕は唸る。
「じゃあ、次の動画は動物関係にするか」
「じゃあ私猫が良い!!」
***
数日後。
春先の少し寒い頃の朝っぱらに。
僕と祢巻は動物園の入り口に立っていた。
「という妹のこだわりにお答えして、探してきました。虎と触れあえる動物園でーす!」
「おにいのそういうところ本当に嫌い!!」
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