【Vlog】まだ、ただの旅行だと思ってる頃の寝戸よるる

「ほら、祢巻。これが50万人記念のラーメンだよ」

「じ、地味……!」

 出汁は豚骨に煮干し。

 かえしは醤油。

 豚骨スープではあるが、あっさりとした味わい。

 麺は太く、縮れていて食感は柔らかい。

 具はチャーシューやねぎ、メンマなどが一般的。

 実は札幌ラーメンと博多ラーメンに並ぶ日本三大ラーメンのひとつ。

 それがこの、喜多方ラーメンである。


「と言っても、三大以上のラーメンを思いつかないよな」

「富山ブラック」

「あれってご当地なのか?」

「1955年ぐらいからあるんだって」

「その名前で結構歴史があるのか、あれ……」

 というか、祢巻ラーメン詳しいのか?


 チャンネル登録者数50万人記念心霊ドッキリ企画――のカモフラージュとして企画した旅行で、僕らはF県に来ていた。


 伏せ字にしているのは、一応この後心霊ドッキリ企画をするから、雰囲気を出すためだ。

 まあ、食べているもので分かるから隠す意味なんてほとんどないんだけど。喜多方ラーメンは福島県喜多方市のラーメンである。


 祢巻は喜多方ラーメンを前にして、唇を尖らせる。

「おにいがさ、急に車を用意して『旅行に行くぞ! 50万人記念旅行だ!』って言うから、私ものすっごくワクワクしてたんだよ」

「嫌いか? ラーメン」

「大好きです」

 ずるずると祢巻は喜多方ラーメンをすする。

 文句を言いたげだった表情は一瞬にして砕けて、ほろほろとした笑みを浮かべている。


「うー、縮れ麺がスープを吸ってて体に染みるよー。情報じゃなくて食材をすすってるよー!!」

「祢巻は家系ラーメン嫌いだもんな」

「臭いもん。家系……」

 ラーメンをすする手を止めることなく、祢巻は言う。

 なんだかんだでラーメンを選んだのは正解だったらしい。

 これなら、ホラー企画をしても許してくれるのではないだろうか……。


***


 許してはくれなかった。普通に1週間は話してくれなかった。


***


「私ね」

 どんぶりを手にしてスープを飲みきった祢巻は、満足げな息を吐きながら切りだした。


「50万人記念って言うから、すごい豪華な旅行でもするのかなって思ったの」

「どうして」

「だってYouTuberって記念の数字に合わせた企画するものじゃん」

「ああー」

 確かに、言いたいことは分かる。

 チャンネル登録者数増えた分だけなにかするというのは、YouTuberあるある企画ではある。


「50万円の旅行とか、50万円の豪華懐石料理とか、そういうやつが私を待っているのかと……」

「使ったお金の額で視聴者を釣ろうとするYouTuberに毒されてるぞ、祢巻」

 でも、確かにそういう企画でも面白かったかもしれない。ちょっと失敗だった。


 祢巻は両手を合わせて「ごちそうさま」と呟く。

「まあでも、ラーメンは美味しいし、おにいが私のために旅行に連れて行ってくれたってだけで、今回は許してあげる」

 裏表のない、芯から嬉しそうな笑みを浮かべている祢巻。

 この笑顔を見るためだけに、僕は人生を過ごしていると言っても過言ではない。

 祢巻の笑顔=僕の人生。

 まあ、今日の夜には心霊スポットに連れていくから、この笑顔を向けてくれなくなるかもしれないけど。


「おにいと旅行っていつぶりかなあ」

「7年ぶり」

「そこですぐ答えが帰ってくるあたりおにいだね」

 気持ち悪いものを見るかのような目で僕を見てくる祢巻。


「なんか不思議と言えば不思議だよね」

「なにが」

「おにいって私のこと好きじゃん?」

「これって『私も同じぐらい大好きっ!』って告白される流れ?」

「いや、おにいぐらいキモくないし私……」

「僕、祢巻にキモいって思われてたの?」

 なにを今更って顔をされた。


「なにを今更」

 言葉にもされた。


「だから皆も多分さ、私たちたくさん旅行したり遊んだりしてると思ってると思うんだよ」

 祢巻は僕が構えているカメラを指さしながら言う。皆というのは、この動画を見ている視聴者のことだろう。


 実際、皆驚くかもしれないけど、僕らはVTuber活動する前は「用があるときだけ話す」ぐらいの間柄だった。

 別に、仲が悪いとかではない。

 仲がめちゃくちゃ良いってわけでもなくて、普通に、普通の兄妹をやっていた。


 僕が配信者をやめて実家に帰る以前にいたっては、もはや会話らしい会話もなかった。

 配信するのが忙しかった。というのももちろんあるんだけど、なにより家が違ったから、よっぽどのことがないかぎり連絡を取るなんてことはなかった。


 もちろん、僕としては毎日顔を合わせたかったし、1時間に一度は声を聞きたかったし、数分ごとにラインで連絡を取りたかった。

 一人暮らしを始めたときにはどうして祢巻が僕の家にいないのか不思議で仕方なかった。


 確かにこうして旅行に行くというのは、本当に久々で、それもまた、VTuberを始めたおかげかもしれない。


「だから、えっとね。つまるところね?」

 祢巻は言いたいことがまとめきれてないのか、手をぐるぐると回している。

 暫くして。

 考えがまとまったのか、両手でパンと叩いた。


「今日、おにいと旅行が出来て私とっても嬉しい! ありがとうね、おにい!」

「僕の人生の最終回?」

 こうして花巣晴宜の人生は終わりを告げた。

 短い生涯ではあったが、彼の死に顔は晴れやかであった。


「ようし!」

 僕は席を立ち、勘定を机に置く。


「祢巻が喜んでくれるのなら、僕はいくらでも車を走らせるぞ!」

「次はどこに行くの? まさか50万の高級旅館!?」

「いや、普通に田楽を食べる」

「田楽」

「50万個の田楽を食べる」

「死んじゃうよ」

 冗談だけど。普通に食べるよ。


「おにいの旅行プランってご飯しかないの?」

「旅行なんてしなさすぎて、あとは博物館に行くぐらいしか考えれなかった」

 食後は『いいのまちUFOふれあい館』か『いわき市海竜の里センター』に行こうかなと思ってた。


「おにいってさ」

 祢巻は興味のない野球の試合を連れられた子供みたいな、心底くだらなそうな目をしながら言った。

「デートの時、すごい失敗しそうだよね。普通博物館に行く?」

「行くだろう、普通。え、行かない?」

「行ったことないから分からないから分かんないけど、行かないでしょ」

「聞いてみるか」

 twitterを開いて質問を投げつけてみる。


『デートで博物館、行く?

 行く

 行かない

 デートに行ったことがない』


 期限は30分で投票開始する。

 田楽を食べている間に期限が来たので確認してみる。


『行く 1%

 行かない 7%

 デートに行ったことがない 82%』


「………………」

「………………」

「なんか、あれだね」

「あれ?」

「視聴者の集め方、なにか間違えちゃったのかな」

「間違ってる気がするな、視聴者」


***


 Vlogと心霊スポット動画をあげたところ、視聴者からのコメントに「12:52で男の声がする!」というものがあった。

 心霊動画にありがちな霊感アピールコメントかと思ったが、どうも反応が肯定的すぎる。


 一応確認してみたら、確かに男の声らしきものが入っていた。麻垂さんの声ではないし、しかもなんだか「返して……」と呟いているようにも聞こえた。


 まあ、気絶していた祢巻の声なんだけど。

 気絶していた祢巻がぶるっと震えたときに漏れた、全然可愛くない思ったよりも低い声なんだけど。


 どうせなので「【謎の声】前回の心霊動画に入っちゃってたみたいです……」という動画を撮影して、祢巻に聞かせることにした。

 また『私のことをリアクション芸人だと思ってるでしょ!!』と怒られた。反応が良いもので……



 寝戸よるるch./YoruruNeruto ch.

チャンネル登録者数53万2000人→53万5500人

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