【認可】撮影のためにちゃんと許可を取りに行くおにい

 ぎし。と、床がきしむ音がした。

 レンガの階段をあがり、二階にたどり着いてみると、穴ぼこが複数空いた床が広がっていた。


「つい2週間ぐらい前かな」

 二階をキョロキョロと見回して撮影しながら、麻垂さんは言った。


「この幽霊ペンションで肝試しをしていた高校生が、ペンション内で変な出来事に出くわしたんだって」

「変な出来事?」

 僕も一緒に二階の様子を探りながら、適当に相槌をつく。

 二階の壁はほとんど壊れていた。鉄製の部分だけ残っていたが雨ざらしなためか錆びていて、ツタが絡みついている。

 天井も殆ど崩れ落ちていて、昼間ならば光が全面に差し込んでいたことだろう。今は夜だから、月光りが淡く入ってくるだけだ。

 暖炉の煙突は途中で折れていて、僕の目の前に出口の穴があった。覗きこんで匂いを嗅いでみると、いわゆる腐臭がした。


 つまるところ、人が住むには部屋も壁も天井も足りないような場所で、死角らしいところもほとんど無いから、祢巻の姿もすぐ見つかるのではないかと思っていたけど、見当たらなかった。


「生ゴミを溜めてた時みたいな臭いがしたらしいんだ」

 最初は、誰かが廃墟なのをいいことにゴミを不法投棄したんじゃあないかと思ったらしい。

 しかし、考えてみると生ゴミを不法投棄するってあるだろうか。

 大型ゴミとかならまだ分かる。なにせ捨てるのが有料なのだから。

 でも、生ゴミって日にちさえ守れば無料で捨てれるはずだろう?


「変だな、変だな。もしかしたら、人には言いづらいような生ゴミを捨てているのかな」

 高校生は動物の死骸を頭の中で思い浮かべた。

 見たくないなあ。臭い的に大きな動物な気がするなあ。

 げんなりとしながら、高校生は早々に帰ることにした。


「階段を降りようとしたその時だった」

 高校生は、頭に痛みを感じた。

 ズキズキとした痛み。


 吐き気を覚えながらも、高校生は階段を降りきった。

 視野がぼやけている中、誰かがいるような気がした。

 おかしいな。ここには自分以外誰もいないはずなのに。

 高校生は疑問に覚えながらも、気分の悪さを優先して、誰かに声をかけてしまった。

「気分が悪いんです。助けてください」


 誰かはにまあ。と笑ったような気がした。


「そして目を覚ますと、高校生はペンションの前で倒れていたらしい。移動した覚えは全くないのに」

「幽霊がペンションから追いだした……ってコト!?」

「変な話だけど、撮影できたら面白そうだよね」

 麻垂さんはカメラを回しながら、ニヤリと笑った。


「ん?」

 そこで僕は、ひとつ異変に気がついた。

 臭いがしたのだ。

 生臭い、生ゴミの臭い。

 

「幽霊話の臭いって、まさかこれか?」

 麻垂さんが呟く。僕の勘違いでもないらしい。まさか本当に幽霊が……?


「祢巻!」

 僕は声を荒げて、二階の奥へと進む。

 一番奥の部屋にまでたどり着く。そこはもう床まで抜けていて、下を覗きこんでみると、祢巻が倒れていた。


 ――吐き気を覚えながらも、高校生は階段を降りきった。

 ――高校生は暖炉の前で倒れていたらしい。


 祢巻の顔は地面に向いていて様子を伺うことができなかった。

「お、おい。花巣くん!」

 僕の体は自然と祢巻が倒れている地面に飛び降りていた。

 頭の上から、麻垂さんの声がする。


「大丈夫か!?」

 祢巻の肩を抱えて、体を揺らす。

「お、おに……い?」

 倒れている祢巻が頭だけ振り返って、僕の顔を見る。


「頭痛くないか? 吐き気は? どこか体をうったりしてないか!?」

「あ、あのね……」

 祢巻はお腹に腕を回す。なんだ、お腹が痛いのか!? 薬持ってるからな!


 するっとお腹に回していた腕が出てくる。手にはなにか、板が握られていて、そこには『ドッキリ大成功!』と書いてあった。


「逆ドッキリ大成功ーー!!」


「…………………………………………は?」

 苦しさの一点もなさそうな満面の笑みで、祢巻は僕にドッキリ大成功の板を突きつけてきた。


「いやあ、この幽霊ペンションに連れてこられた時、私思ったんだよね。おにいは私のことをリアクション芸人かなにかだと思ってるんじゃあないかって」

 祢巻は唇を尖らせながら言う。


「大切な妹を騙して心霊スポットに連れてくるようなおにいには、1回しっかりとお灸を据えるべきだと思って……」

 僕を引っかけたことがよっぽど嬉しかったのか、喜色満面の笑みで語っていた祢巻だったが、急に言葉を止めた。僕の頭の上をずっと凝視していた。


 振り返ってみる。2階から麻垂さんが覗きこんでいた。

「2階から覗いてくる男の幽霊ぃ……」

 祢巻の方をむき直してみると、気絶していた。

 一度気絶を覚えると何度も気絶しやすくなるらしい。


***


 うーん、うーん、うーん。と唸る祢巻を背中に抱えながら、僕は麻垂さんと一緒に幽霊ペンションを後にしていた。


「それにしても、あの幽霊の噂はなんだったんだろうな」

「それは多分、これだと思いますよ?」

 僕は暖炉で見つけた燃えカスを麻垂さんに見せた。


「ほら、こういう廃墟って『人は住んでないけど人のものではある』じゃないですか。だから、本来勝手に入っちゃあいけないわけで」

「耳が痛いね」

「その高校生っていうのも、結局は不法侵入ってわけで、

「……なんで伝聞?」

「そりゃあ、ここの持ち主に聞いたからですよ」

 あっけらかんとありのままを答えると、麻垂さんは口をぽかんと開けた。


 YouTubeに動画をあげるのだ。もちろん無許可で投稿するつもりはない。

 そんなことで無意味に炎上してしまえば、被害を被るのは祢巻のチャンネルだ。動画を撮る前に事前許可を取って、計画を練っているに決まっているだろう。


「動画を撮ること自体は結構簡単に許可が貰えたんですけど、条件がなんか妙だったんですよ」

 僕は指を二本立てる。


「ひとつ、この心霊スポットにある噂は全て嘘であることを動画で明記すること」

 ひとつ折りたたむ。

「ふたつ、暖炉の中にある燃えカスがあったら、それを回収すること」

 ふたつ折りたたむ。


「燃えカス?」

「これなんですけど」

 僕はポケットの中から燃えカスを取りだす。

 麻垂さんは燃えカスをじっと見てから、小首を傾げた。


「燃えカスがあるってことは、あの廃墟でなにかを燃やしたってことか?」

「回収を依頼してきたから、燃やしたのは廃墟の持ち主だってことになりますね」

 一体僕はなにを回収することを頼まれたのだろうか。

 拾った時には自分がなにをやっているのかよく分かっていなかったけれども、麻垂さんから聞いた幽霊の噂から、なんとなく察しがついた。


「持ち主は廃墟に勝手に入ってくる奴らに困っていた。しかし、勝手に入ってくるような奴は『進入禁止』と言ったところで言うことを聞くわけがない」

「そんな良い子だったら、そもそも廃墟探検なんてしないもんな」

「だから持ち主はある企みを講じた」

 言っても聞かないのならば、言わずとも近づきたくないような場所にしてしまえば良い。


「持ち主はこの暖炉で生ゴミを大量に燃やしたんですよ。臭いを充満させて、生理的に近づかないようにしたんですよ」

「噂の生ゴミみたいな臭いってそういうことか」

 確かに2階は生ゴミ臭かった。暖炉の煙が、壊れた煙突を通って2階に伝っていったのだろう。


「高校生の噂から察するに、そんなに効果はなかったみたいだけど」

「まあ、廃墟ってそもそもが臭いからな」

「ところがひとつ問題が発生した。この燃えカス、プラスチックなんですよ」

 つまり、高校生は生ゴミの臭いに気分を悪くしていたところに、不燃ゴミから発せられた有害ガスで気を失ってしまったというわけだ。


「そんなんで気を失うかなあ」

「実際気絶してしまったことが問題なんでしょう」

 その高校生がえらい体が弱かったとか、色々不運が重なったと思うけど、自分がしかけた罠で高校生が気を失ってしまった。そんなことが人にバレてしまったら、持ち主が叩かれてしまうことだろう。


「だから、なにも知らない僕に処理させて、なにも無かったことにしようと企んだ。ということなんじゃあないですかね」

「なるほどね……その事は動画にするのか?」

「しないですよ。そんな曝露動画つくったところで面白くもなんともないし。Twitterで学級会が始まるだけですし」

 ため息をつく。そんな動画をつくりたいわけじゃないし。


「祢巻の可愛い旅行動画をオチにしますよ」

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