#7

【心霊】50万人記念旅行で心霊スポット行ってみた寝戸よるるとおにい

「本当に真っ暗だな」

「やばいやばいやばいやばいやばい」

「もうやだー!!」

「おにいどこ! どこにいるの!!」

「田楽美味しかったね」

「でたらしいんだよね、これが」


***


 るるるるるる。と車が走る音。

 早速で申し訳ないけれども、僕と祢巻は車で旅行に来ていた。

 実家の車ではなく、レンタカーである。

 助手席に座っている祢巻は、窓を開いた状態で外の景色を楽しんでいる。


「祢巻、寒いから窓を閉めてくれないか?」

「やだー、私は風を感じたいんだもん」

 髪を車の風でなびかせながら、祢巻はかぶりを振る。


「それにしても、おにいって車の運転免許持ってたんだね」

「一応な。一人暮らしの時に取っておいたんだ。あんまり使うことはなかったけど」

 これは嘘だ。

 車の運転免許を手に入れてから、僕は色んなところに旅行に行く配信をしていた。

 とはいえ、過去にやっていた配信活動を秘密にしている僕にとって、本当のことを祢巻に言うことはない。


「運転したのは本当に久々なんだけど、案外体は覚えてるものだな」

 これは本当。

 実家に帰ってから、本当に運転する機会を失った。だいたい自分の部屋にいる引きこもりニートだったからなんだけど。

 ハンドルを回して、道を曲がる。


「おにいから急に旅行に行こうって言われたときは、一体なんのイタズラかと思っちゃったよ」

「なんだよ。失礼だな」

 クスクスと笑う祢巻に、僕は不服の声をあげる。


「何万人越えた記念旅行はyoutuberあるあるだろう」

「おにいも段々とVTuberらしくなってきたね〜」

 ふわあ。と祢巻はあくびをする。


「それで、今はどこに向かってるの? 結構森の中に入ってきたけど」

 祢巻の言うとおり、僕らを乗せた車は整備されているアスファルトの地面を離れ、木々の隙間を通るような獣道に入っていた。

 車のライトが照らす先にはおおよそ人の気配はなく、横切るとすれば狢ぐらいだ。


「次は森の中にあるペンションだよ」

「ペンション!?」

 祢巻は露骨にテンションをあげる。


「うわーうわー、おにいがそんなオシャレなところに泊まろうと考えるなんて、思いもしなかったよ!」

「喜んでもらえて良かったよ。もう少しで着くからな」

「楽しみだなあ。楽しみだなあ。部屋の窓から見える自然に、美味しい食事。人混みから離れた美味しい空気! 今日の旅行で1番楽しみになってきたよ!」

「ははは、そりゃ良かった。僕もこの旅行で1番のイベントだと思ってたからさ。ほら、着いたぞ」

 車を止める。

 祢巻は待ちきれなかったのか、車が止まった途端、扉を開いて、飛びだした。

 遅れて僕も、車から出る。

 祢巻は目的地であるペンションを前にして、立ち尽くしていた。


 そのペンションは、鬱蒼とした森の中にぽつんと建っていた。

 木造造りで、白い壁。

 三角の屋根が2つ並んでいるのが特徴的で、牧歌的な雰囲気をまとっていたのだろう——廃墟になる前は。


「ねえ、おにい」

 祢巻は震える指で、ペンションを指さす。

 白い壁にはツタが絡まっていた。

 ところどころ壁が崩壊しており、散乱としている中身を露出している。

 特徴的だった2つの三角の屋根は、片方が滑落していて、もうひとつは残ってはいるものの、色あせてしまっている。

 牧歌的な雰囲気は無くなって、どちらかといえば、退廃的な雰囲気ばかりが残っていた。

 少なくとも、宿泊できるような雰囲気は、まるでなかった。


「ここに泊まるの……?」

「泊まるわけないだろ」

 僕は両手を垂らしながら言う。


「心霊スポット探検動画を撮るんだよ」


***


 撮影のために車のライトをつける。

 僕と祢巻をライトが照らす。

「おはようございます。寝戸よるるのおにいです」

 僕はスマホカメラに向けて挨拶をする。

 フェイストラッキングはちゃんと作動しているようで、録画されている映像をチェックしてみると、僕はバクの姿に変わっていた。廃墟を前にしたバク。なんだか変な映像だった。


「突然ですが、僕らは今旅行に来ています。ええ、皆さんのおかげでチャンネル登録者数が50万人達成したので、その記念です。妹、ここはどこですか?」

「銀の盾の名前を変えるんじゃあなかったーー!!」

 夜風の吹く森の中。

 祢巻は大袈裟なまでに大声をあげた。


「夜だから静かにしなさい」

「私、慰安旅行って聞いたんだけど!」

「慰安旅行だよ。わざわざ車をレンタルして県外にでたし、お昼は喜多方ラーメンと田楽食べただろ?」

「美味しかったけど……!!」

 昼の慰安旅行編は後日、Vlogとして動画投稿する予定です。


 祢巻はぶん、と腕を振って背後にある建物を指さした。

 三角屋根の古びた洋館が木々の隙間にぽつんと建っていた。

 壁のところどころに穴が空いていて、崩れている。

「心霊スポットに行くなんて聞いてない!!」


 僕らは今、F県のとある心霊スポットに来ていた。

 最寄りの駅から徒歩15分でたどり着ける交通の便の良い心霊スポットだ。

 しかし道中は鬱蒼とした森と整備されていない道を進む必要があり、数字よりは気軽に立ち寄れる場所ではない。


 もっとも。

 心霊スポットはそもそも気軽に立ち寄る場所かと聞かれたら悩ましいところではあるが。


「私、本当に普通の旅行だと思ってたのに……」

 祢巻は膝から地面に崩れ落ちながら、さめざめと泣く。


「普通の旅行だよ。ただ夜に心霊スポットに行くだけで」

「普通の旅行で心霊スポットなんて行かない!!」

「でも修学旅行の夜は肝試しだって相場は決まってるだろ」

「おにいは友達がいなかったから修学旅行のイメージが漫画しかないのかもしれないけど、修学旅行の夜は自分の部屋で騒いで寝るだけだよ」

「急に僕を刺してくるじゃん」


 ちなみに、修学旅行にはちゃんと行っている。友達はいなかったけど行っている。

 夜になると同室の奴らがどこかに行くので、ひとりで布団に入ってのんびりしてたらそのまま眠ってしまい朝になっていた。

 その後、学園青春系の漫画を読んでいると、どうやら肝試しとかに行っていたのではないか。という仮説がたっていたわけだが……。


「まあいいさ、旅行と言えば心霊スポットが嘘だとしても、YouTuberと言えば心霊スポットは本当だからな!」

「そうかなあ」

「金、ドッキリ、心霊はYouTuber三種の神器」

「おにいの見てるチャンネルが偏ってるだけな気がする」

 祢巻は本当に不服で不服で仕方ないらしく、じとーとした目で見つめてくる。

 VTuberになってから、祢巻の好感度がひどく乱高下している気がする。


「さてと、今日来た心霊スポットの説明でもしようかな……なにしてんだ?」

 祢巻は自分の耳を指でふさいでいた。


「いや、聞かなかったらここはただの廃墟だなって思ったから……」

 僕はポケットの中に入れていたメモ帳を取りだして、祢巻の前に差しだした。

 メモ帳には、この心霊スポットについて調べていたメモが書かれている。


『幽霊ペンションと呼ばれるここは、いわゆる心霊スポットとして全国に知れ渡っている。

 曰く、一家心中が起きた場所である。

 曰く、オーナーが地下室で自殺した。

 曰く、ここで自殺する人間が後を絶たない。

 曰く、二階の窓から男がこちらを覗いていた。

 曰く、近くの湖には幽霊が集まっている。

 とかく、噂に絶えず、死者も絶えない凶悪心霊スポットである。』


「ぐわあああああ!! イヤな情報いっぱい見ちゃったああああ!! 廃墟の恐さが80倍いいいいい!!」

「なんとも微妙な数字だな……」

 夜空を見上げながら祢巻が叫ぶ。

 すると、近くの茂みからガサっと音がした。


「ぴっ……!」

「狸でもいるのかな」

「ねえ、おにい。帰ろうよ!」

 祢巻が僕にしがみつきながら、涙目で訴えてくる。

 この顔が見れただけでも、ここに来たかいがあるってものだった。

 でも、今回ばかりは心を鬼にしないといけない。お兄ちゃんだけに。

 僕は、祢巻の肩を掴む。


「いいかい、僕らはVTuberだ。YouTuberだ。つまるところ、動画を撮影して人に見せることで活計たつきを立てるものだ」

「つまり……?」

「動画を撮らずに帰るわけにはいかない。サッカー選手が、グラウンドに来てボールを蹴らずに帰ることなんてあるかい?」

「ベンチだったんだよ」

「トンチで返されちゃったらどうしようもないな」

 むーーーー!! と祢巻は吠えた。


「……どういう動画を撮るの、おにい」

 僕はニコリと笑いながら、廃墟の二階を指さした。


「男が見下ろしてたっていう二階の窓まで探検しよう。それだけの動画だよ」

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