銀の盾の名前を勝手に変えてみたドッキリ【寝戸よるる/おにい】

 というのはもちろん出逢だからであって、私は事前に予約してほしい側の人間ですよ。カレンダーに予定があると私は孤独じゃないのだと分かって心が少し落ち着くので。という風に、氷上坂さんは卑屈に笑った。

 通話会議をしたいんですけど大丈夫ですか? というDMを送った数時間後、『😤🎥』という文字と時間が送られてきた。「いいですよ。この時間ならば空いてますけど、そちらの都合は大丈夫そうですか? あと、動画撮影をしますか?」という意味だ。

 僕は👍の絵文字で返した。大丈夫だし、もちろん撮影もしますよ。という意味だ。


 数日後、Discordで氷上坂迷々と顔を合わせた。

 おかっぱ頭の学ランを着込んだボーイッシュイケメン女子が表示される。


 お久しぶりですね。そういえばこの顔で話すのは初めてかもしれません。放送を見ているあなた、こんにちは。あなたのために笑顔を見せましょう。氷上坂迷々です。という風に、氷上坂さんは微笑んでみせた。

「自己紹介爽やか氷上坂スマイルがな、生で!! ひゃぅ……!!」

 僕の後ろに立っていた祢巻が膝から崩れ落ちた。

 格闘技を見たことがある人なら誰もが一度は見たことがある、もう立ち上がってくることはないだろう倒れ方で床に伏せた。


「すみません、氷上坂さんで気絶する癖がついちゃったみたいで」

 それは私が悪いんですかね? と言わんばかりに氷上坂さんは首を傾げる。


 僕は床に倒れている祢巻の上半身を持ち上げると、背中に膝を添えて目一杯押す。気付けである。

「……はっ!」

「おはよう、妹」

 気絶への対処に慣れてますね。という意味を込めて、氷上坂さんは困ったように笑った。


 それで、今日は一体私になんの用でしょうか? 氷上坂さんは首を傾げる。

 氷上坂さんと話すのは僕の役目だ。祢巻は会話なんてしたらまた気絶しかねないからだ。


 氷上坂さんを見て気絶することが癖になってしまったなんて、我が妹ながらよくそんな状況になれたなと呆れるばかりだ。


「先日、うちに銀の盾が届きまして」

 僕は銀の盾が入っている黒いダンボールをカメラの前に置いた。

 まだ未開封で、個人情報が書かれに書かれていたラベルは全部ひっぺがしている。

 YouTubeというロゴが大きく主張していた。


 おお、それはおめでとうございます。早かったですね。申請してから届くまで結構時間がかかるんですよ。それ。

 拍手の音に代えて氷上坂さんは僕らを褒めてくれた。


「いつの間にか妹が申請していたらしくて、僕も届いてから知りました」

「バズった日にはもう申請してたんです」

 ふん。と祢巻は鼻を鳴らす。


 なるほど。つまり今日は銀の盾を私に自慢しに来たのですね……という風に答えても良いのですが、それだけではないのでしょう? と言う風に目を細める氷上坂さん。

「銀の盾を手に入れたのは良いんですけど、どう紹介したものか少し悩んでて。氷上坂さんはどういう風に紹介したんですか?」


 私はそもそも配信サイトが二人と違うので、銀の盾というものは貰ってなくて、この透明な盾を貰ったのですが……。氷上坂さんは、少し待ってください。という風に手を前に突きだして制すると、アバターが顔を動かなくなった。

 カメラの前から移動したのだろう。しばらくすると、トラッキングされた表情がまた動きだした。


 これです、これです。配信部屋に置いてました。という流し目でなにやら作業をする氷上坂さん。ぽん、という通知音が鳴り、DMに透明な盾の写真が送られてきた。


 これはパートナーシップの盾です。私は生放送で紹介したりはしませんでしたね。普通にTwitterで紹介しました。と数回頷いてみせる氷上坂さん。


 祢巻が僕の肩を叩く。スマホの画面を見せてきた。

 そこには、先ほど見た透明な盾の写真と『😂』という絵文字だけが書かれた氷上坂さんのツイートが映っていた。


 皆さんのおかげで、とうとうパートナーシップを締結することができました。とても嬉しいです。涙が止まりません。という意味だ。


「これがその時のツイートです」

「お前こういうときは本当に素早いな」

 繰等もそうだけど、祢巻も充分にネットストーカーな気がする。

 ネットストーカー同士、無意識ながら、なにか通じ合うところがあったんじゃあないのか?


 あとはもう配信部屋に置いているだけですね。私のいるサイトは動画文化がない。というか、生放送専門サイトなので、盾を紹介するだけの短い配信をしたりしないんですよ。雑談の話のネタぐらいで出すことはあるかもしれませんが。氷上坂さんは宙を見上げた。


***


「銀の盾の先輩に聞いて分かったのは、破壊する動画を撮るのは目立ちたがり屋ってことか」

「そんな話だったっけ? という思いもあるけど、おにいが分かってくれて嬉しいよ。私は」

「しかしYouTuberなんてのは、アマチュアあがりの目立ちたがり屋でしかないから破壊するのは自然な行動か」

「おにいは自分が納得するための情報を集めて解釈する人?」

 いつか普通に怒られるよ。と祢巻は大仰にため息をついた。

 氷上坂さんとの会話を終えた僕らは、結局銀の盾をどうするか悩んでいた。


 破壊するつもりはもう無くなっていた。

 もとより破壊は選択肢として一番下ぐらいの、最終手段ぐらいの考えだったけど。


「まあ、とりあえず貰いましたって写真を撮ってTwitterにあげるとするか。出逢さんじゃあないけど、感謝の意を伝える良いタイミングではあるし」

 視聴者に感謝の意を伝える。大事ではあるんだろうけど、なんかやだな。あいつらにお礼を言うの……。


「じゃあ、私カメラ持つから、おにいがダンボール開けてよ」

「僕が?」

 このチャンネルはあくまでも祢巻のチャンネルで、僕はゲストに過ぎないんだけど。


「いいのか? せっかくの銀の盾開封なのに」

「いいからいいから。早く開けてよ」

 まさか急かされるとは思っても鋳なかった。

 黒いダンボールの包装を破り、中身を開く。


 中には「最初の視聴者を覚えてますか?」という紙と、誰が検品したかの証明書。そして壊れないようにスポンジに覆われた銀の盾が入っていた。


「これって……」

 ダンボールの中に入っていた銀の盾を持ち上げる。

 思ったよりも軽いけど、重心が上に向いている。銀の部分の重さだろう。


 その下には『寝戸よるるch./YoruruNeruto ch.』とチャンネルの名前が書いてあるはずだった。

 しかし、よく見てみると名前が変わっていた。


『寝戸よるるとおにいのチャンネル』


「おにい、知ってた? チャンネル名の部分って好きに変えることができるんだよ」

 祢巻は少し気恥ずかしそうに言う。


「このチャンネルが伸びたのって、おにいが手伝ってくれたからなのに、私の名前だけなのは変かなって。そう思って……サプライズ?」

 くてん。と首を傾げる僕の妹。愛らしい愛らしい僕の愛しき妹。

 涙でゆがむ視界の中、僕は祢巻に抱きついた。


***


「ということがあってぇ、僕の妹は本当に人思いの良い子でぇ……」

:草

:草

:ボロ泣きじゃん

:〈このコメントはモデレーターによってBANされました〉


寝戸よるるch./YoruruNeruto ch.

チャンネル登録者数52万1000人→53万2000人


 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る