#6

部屋の壁一面を銀の盾で埋めてみたwww【出逢柱】

 ぴんぽーん。

「ん?」


 祢巻が学校に登校してからは、引きこもりニートである僕はフリーに次ぐフリータイムだ。

 いつもならば動画の編集とか、新しい企画を考えたりしてはいるんだけれども、今日は特にやることもなかったから、昼寝でもかこつけようかと思っていた時、インターホンが鳴った。


 なにか荷物が届くなんて話は聞いていなかったけれども、僕は玄関から出て、荷物を受け取る。

 黒いダンボールだ。

 どうやら国際便だったらしく、個人情報という個人情報がベタベタと貼りつけられていて、角という角がボロボロになっていた。


「国際便って、そんなもん頼むようなことあったっけ?」

 荷物が届くから受け取っておいて欲しいなんていうお願いもなかった。

 ということはこれは、すっかり忘れていたものか、あるいは懸賞が当たったとかなのか。

 宛先を見てみると、アメリカから届いているようだった。

 ベタベタと貼られている個人情報を剥いでみると、箱に文字が印字されていることに気がついた。

 YouTube。と書いてあった。


***


「と、とうとう届いたね」

「とうとう届いたな」

 祢巻が家に帰ってくるのを待って、祢巻に届いた黒いダンボールを見せてみると、玄関で膝から崩れ落ちた。YouTubeの動画を漁って見続けている彼女にとって、もはや箱すら見覚えのあるものらしい。

 リビングに赴き、黒いダンボールをテーブルに置く。


「これが銀の盾。入れ物のダンボールも輝いて見えるよ……」

「そうだ。これが実は追加購入することができる銀の盾だ」

「急に輝きが失せてきちゃったよ」

「定価2万円ぐらいで買えるらしい」

「安いのか高いのかよく分からないよ」

 2万円払ってまで買いたいものかどうか悩ましいものだから、まあ高い方だとは思う。


 僕は机の上にスタンドを置いて、カメラになるスマホを設置する。

「開封動画を撮るの?」

「当然。こんなタイミング撮影しない方がもったいない」

「おにいもYouTuberになってきたねえ」

 祢巻は、にしし。と笑いながらカッターナイフをダンボールに当てる。


「開けたらこの盾、どうするの?」

「もちろん」

 僕は答える。


「どうやって壊すかを考えるんだ」

「え!?」


***


『ユーチューブから貰った銀の盾でステーキを焼く』

『本物の外科医が銀の盾でメス作ってみた』

『銀の盾四駆』

『【大切なものを死守しろ!】みんなの大事な銀盾が誰かに狙われているらしい…』

『【放送事故】銀の盾をパントキックで破壊してみた!』

『本当に斬れるライトセーバーで銀の盾斬った・・・大切なお知らせ』

『銀の盾の味。』


「なんで皆せっかくもらった銀の盾を壊そうとしているの!?」

 僕が前々からつくっていた銀の盾破壊系動画プレイリストを見せると、祢巻は思わず絶叫した。


「そりゃあ物を大事にするより思いっきりぶっ壊した方が再生数が稼げるからだよ」

「偏見!」

 いかに金を浪費して物を破壊できるかの勝負だ。


「なので僕らも、この流れにのっとって、銀の盾を破壊したいと思います」

「イヤだ!」

 祢巻は本気でイヤそうな声をあげた。


「普通の開封動画でいいじゃん! 部屋に飾ろうよ。動画の背景に置いて達成感味わいたい!」

「大丈夫だって。2万円で新しく買えるから」

「絶対そのための購入システムじゃないと思う!」

 祢巻は僕から引き離すようにダンボールを掴んで抱え込むと、犬歯むき出しにして威嚇してくる。

 僕はわきわきと指を動かしながら、祢巻に近づく。


「妹ぉ。再生回数が欲しくないのか? チャンネル登録者数が欲しくないのかー?」

「物を壊して手に入る視聴者は欲しくない! 絶対に治安が悪い!」

「視聴者のニート率高いのに」

「ホントに……」

 祢巻は悲しい顔をしながらも、段ボールを手放すつもりはないようだった。じゃあしょうがないか。


「まあ、破壊ルートは冗談として」

「目は本気だったよ……」

「とはいえ、ただ銀の盾を手に入れました! って言うだけじゃあつまんないことは、祢巻も分かるだろう?」

「うーん……」

 祢巻は唸る。

 壊されるのはたまったものではないが、話自体はその通りだと理解しているらしい。


「あ、そうだ」

 暫く唸ってから、祢巻はなにか思いついたように声をあげた。


「先輩に聞いてみようよ。銀の盾の先輩に!」


***


「銀の盾? もちろん生放送であけたけど……」

 Discordを起動して出逢柱に連絡をすると、10秒もしないうちに通話がかかってきた。画面共有されている画面には、出逢柱のアバターが表示されていた。

 頭に頭襟ときんを被り、袈裟を着込んだ修行僧スタイルの女の子。


「ふたりのことだから、きっと動画の企画なんじゃあないかと思って」

「EXACTLY。その通りでございます」

「やっぱり」

 出逢柱はころころと笑う。


「それで、今日は一体どんな企画なの?」

「うちに銀の盾が届いたんですよ」

 祢巻がダンボールをカメラに映す。


「あら、まだ届いてなかったのね。めでたいわ、めでたいわ、めでたいわ!」

「これも全て、出逢さんのおかげでございます……」

「絶対思って無さそうなことを」

「でもおにい、カメラの前で土下座してます」

「恐いわ、恐いわ、恐いわ!!」

 平々伏々とした態度は、むしろ人に恐怖を与えるという実例である。


「それで、今回の企画は一体なんなのかしら?」

「銀の盾開封動画を撮ろうと思ってるんですけど、一体全体、どんなものを撮ればいいのか分からなくて」

 僕は悩みの声を絞りだす。

「出逢さんはどんな配信をしたのかなって思って」


「もちろん開封配信はしたけど」

 うーん。と考え込む声をもらしながら、首を傾げる出逢さん。

「よるるちゃんなら覚えてるんじゃあないの?」

「そりゃあ覚えてますよ」

 祢巻は自信満々に頷く。


「出逢ちゃんの開封配信。今までコラボしてきた人の銀の盾を借りて、壁一面を銀の盾まみれにしてましたよね」

 トイレの壁一面をトイレットペーパーで埋める件の有名動画のように、出逢柱は部屋の壁一面を銀の盾だらけにしてしまったという。

 その盾ひとつひとつが追加購入した銀の盾ではなく、持っている人から借りてまわってきた銀の盾だというから、恐れ入る。

 言うまでもなく、銀の盾は自分の努力の成果であり、証明である。

 そんなものを人に貸すなんて、そうそうするものではない。

 それなのに、この配信のために出逢柱の元に、今までコラボしてきたVTuberたちの銀の盾が集められたというのだから、彼女の信頼度と好感度の高さは、測るまでもない。

 しかも、この借りた銀の盾を全部返すために、出逢さんはまた全員とコラボ配信をしたというのだから、なんていうか、たいしたコラボ魔人である。


「当たり前よ、当たり前よ、当たり前よ!」

 出逢さんは真剣な声色で言う。

「私のチャンネルは皆と出会って、皆とお話ができたおかげで伸びたの。私個人の力ではないわ。だから、そのお礼をしたかったの」

 銀の盾をもらう以前の出逢柱は、とにかくコラボを繰り返して視聴者数を稼ぐ、人を数字でしか見てないVTuberである。というアンチコメントも目立つVTuberであった。


 もちろん、以前も今もスタンスは変わっておらず、面白そうと思えば有名無名関わらずコラボを繰り返す出会い厨であったが、無名は視聴者数を稼げないし、そもそもアンチコメントをするような人間は無名とのコラボは頭数にいれていなかった。


 無名の罪は話題にならないことである。

 有名の光に紛れて、同じようなことをしていても見えないことである。


 有名の罪は話題になることである。

 到底面白いとも思えないことも、言い尽くされて掘り尽くされたことも、有名が口にすれば、話題にしないとならないからである。


 しかし、出逢さんは本当に全てのコラボ相手に連絡をして、電凸相手にすら連絡して、全員ともう一度コラボをしたのだ。分け隔てなく、感謝の言葉を伝えにいったのだ。

 さすがのアンチコメントも、この行動には黙ることか、あるいは偽善だと言い張ることしかできなかった。 

 この配信を機に、出逢柱は有名の中に入ったのだ。

 彼女は本物だと、インターネットに知らしめさせたのである。


「しかし、さすがよるるちゃんね。すごいわ、すごいわ、すごいわあ!」

 出逢柱は笑顔を浮かべて体を揺らしている。恐らくカメラの外で拍手をしているのだろう。パチパチという音が聞こえてきた。


「でも、覚えてるならやっぱり私に聞く必要なかったんじゃあない?」

 出逢さんは首を傾げる。

「出逢ちゃんと話したかっただけです!」

「そんな大真面目に言われると照れちゃうわね」

「おにいが酷くって、動画のネタにならない限り出逢ちゃんに連絡しちゃダメって言うんですよ」

「言葉の選び方がマズい」

 動画のネタにならない限り。ではない。

 動画を撮るとか、なにか理由がない限り、連絡を取っちゃあいけない。だ。


「出逢さんだって配信者だろう。しかも、僕らと違って大御所だ。おいそれと連絡を取っていい相手じゃあないんだぞ」

「寂しいことを言うわ」

 出逢さんは本当に寂しそうに、小さな声をあげた。


「気にしなくても良いのよ。私はいつだって誰とだって話すことが1番の楽しみなんだから」

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