繰等が数年前の放送で相談したと思われる枠
「私の趣味って、ネットストーキングなんです」
「そんな堂々と言うような趣味ではないと思うけど」
「だからこうしてコソコソと話してるんじゃないですか、ハレさん」
大きな声では言えないがね、ですよ。と繰等はこそっと言う。
すたすたと先導する祢巻の後を追いかけながら、僕と繰等は並んで歩きながら小声で話している。
3人で一緒に買い物に来たという風景にはとても見えないだろう。1人客と2人客だ。あるいは、奇数集団でひとり余ってしまった可哀想な子が前を進んでる。
「信じてもらえないと思うんですけど、私、実は不登校の引きこもりだったんですよ」
「引きこもり?」
「中学全然通ってません!」
ふんすと胸を張る繰等。
今の彼女の様子から見るとあまり信じられない話だ。
「ふうん」
「おや、この話をすると皆大体かわいそうな目で見てくるんですけど、ハレさんはむしろ呆れたような目ですね」
「いや、僕の視聴者って大体そういう奴ばっかだったから。なんていうか、ああ。またそういう奴かって気分の方が多いかな」
「さすがハレさん。そういうところも気に入ってました!」
繰等は僕の手を握ってぶんぶんと振るった。
いやでも、本当に多かったんだ。僕の視聴者層に引きこもりと不登校児。
多分、毎日ずっと配信してたから、平日昼間とか深夜3時とかでも余裕で配信を見てられるような奴らばっかが集まってきたんだろうな。
「引きこもりの理由は言うまでもなく、クラスに馴染めなかったからです。いやあ、本当に馴染めなくって。普通にいじめられてました!」
「だからそんな明るい口調で言うことではないって」
「家にずっとこもっていた私にとって、娯楽は当然、インターネットばかりになりました」
「そこで、僕を見つけた?」
おにいとしての僕ではなく、ハレとケであった頃の僕と。
「ハレさんは毎日ずっと配信してたので」
繰等は赤べこみたいに何度も頷く。
「覚えてますか。私、お悩み相談配信でハレさんに電話したこともあるんですよ」
お悩み相談配信というのは、僕の連絡先に勝手に悩みやら愚痴やらを送りつけてくる視聴者が多く、面倒になった僕が開催した電凸配信である。
「私は『中学校になじめないで引きこもってるけどどうしたらいい?』と聞いたんですけど、覚えてます?」
「なんかいたような気がする」
「覚えててもらえてる! うれしい!」
繰等がぴょんと跳ねると、先を歩いていた祢巻が振り向いて首を傾げた。
「祢巻、行きたいお店はまだー?」
「もうちょっとー」
「祢巻にはお兄さんがハレとケであることは内緒にしてますから」
「それはありがたい」
まさか祢巻の友達に僕の視聴者がいるとは。
結構想定外だった。
「ハレさんは悩み相談配信の時、私になんて答えたか覚えてますか?」
「正直言うと、まったく」
「『だったら別の学校行けばいいじゃん』」
頭を抱える。
確かにそんなことを言ったような気がする。
仲良くなれないやつがいるなら、別の学校に行けばいいじゃん。そっちで新しい友達つくってさ。中学生なんなら、高校受験のタイミングあるし。みたいな、そんな感じで。
今思えばなんて責任感のない発言だな……。
しかしそれが繰等にはハマってしまったようで、胸の前で両手の指を絡める。
「この言葉のおかげで、私は引きこもりをやめる決意ができました。そして、ハレさんの虜になっちゃって……」
「そりゃあどうも」
「配信視聴にのめり込むほど、私はハレさんが持っているもの。ハレさんが遊んだゲーム。とにかくハレさんが話題にしたものを集めるようになりました」
どこかの企業に所属しているわけでもない、勝手に配信しているだけの人間に対してお金を払おうなんて人間は酔狂だ。
今でこそ、スポンサーであったり、案件であったり、大手は大手企業とコラボするほどまでに社会認知度があがったのかもしれない配信業ではあるが、当時は「こいつらに宣伝させて物を売ろう」なんて考える人は少なかった。
実際僕だってそう思う。
インターネットにいる大声で喋るだけの人間に宣伝させるぐらいなら、テレビで宣伝かけた方が絶対いいと思う。
嫌儲主義に染まって、案件と言ったらキレるやつだっていたぐらいだし。
今だって、案件動画になると露骨に再生数が減るYouTuberも多い。
だから思うに、配信者に物を売る能力があったのではなく、視聴者に買う才能があったと考えるべきだろう。
配信者と同じものを。配信者が行った場所に。同じアイテムを。同じ食事を。同じゲームを。
僕が儲けるのはムカつくから案件は死ぬほど叩くけど、物は買う。
嫌儲主義の当時から、配信者には、アイドル化の片鱗はあったわけだ。
アイドルとは愛していい権利である。とは、この前見かけたtwitterの言。
なんて図々しいのだろうか。しかし、いつだって皆図々しいのである。図々しいからいいのである。
「そして高校受験シーズンになった私は、ハレさんが通っていたという高校に入学することに決めたんです」
繰等はちょっと行き過ぎだと思うけど。
盲信者じゃん。
引きこもりを社会復帰させたと言えば聞こえはいいけど、この子聖地巡礼のノリで高校受験したってことだからね。
地元からかなり離れた場所を。
高校って別にファンアイテムじゃないからね?
「ハレさんと同じ制服を着れる。ああ、最高!」
「言っておくけど、僕が通ってた頃と制服のデザイン変わってるからね」
「旧制服ってメルカリで売ってたりしますかね?」
「『明日ちゃんのセーラー服』じゃないんだから許されないと思うぜ」
お母さんの手作りバフもないわけだし。
「まあ、分かった。お前が僕のファンで、ネットストーカーだというのも分かった」
僕は繰等の顔に、ずいと顔を寄せる。
繰等は顔を真っ赤にして、はわわと声を漏らす。
「まさか、そんな理由で祢巻と友達になったんじゃねえだろうな」
繰等は僕の顔をじっと見て、頭を振った。
「違います。祢巻から友達になってくれたんです。ハレさんの言うとおり、違う学校に行ったら出会えた、私の友達です」
真剣なまなざしだった。嘘はついていないらしい。
「まあ、祢巻がハレさんの妹だと知った時は、もうたまんないぐらい運命を感じちゃいましたけどね!」
一転、真剣な面持ちが崩れ去って、緩い笑みを浮かべる繰等。素直なやつだな……。
「ねえ、おにい!」
祢巻が僕と繰等の間に、顔を挟み込んできた。頬を膨らませて、不機嫌そうだ。
「さっきからこそこそなんの話をしてるの!?」
「ん、いや」僕はごまかすように言う。「祢巻が学校の授業をちゃんと聞いてるかどうかとかね」
「ずっと寝てますよ」
「繰等ちゃん!?」
「今日のご褒美は無かったことにした方が良さそうだな」
「殺生なーー!!」
***
「連絡先交換しておくか」
「え、イヤです」
買い物の途中。
祢巻がどの服が可愛いか聞いてくる間、僕は繰等にそう提案すると即答で断られた。
「意外だな、喜びそうなものだと思ったけど」
「だってハレさんの電話番号はネットに出回ってますし」
「あれ未だに電話かかってくるんだけど」
「電話番号変えましょうよ……それに推しとの個人連絡はご法度です。スキャンダラスです」
「じゃあ個人DMでもいいや。誰か他に僕の正体に気づいたやつがいそうだったら、連絡してほしい」
「ああー、なるほど」
繰等は納得したように何度も頷く。
「祢巻にバレないようにしたいってことですね。招待に勘づいてるやつから距離を取って」
「今回みたいなのは防ぐのは難しいかもしれないけど。頼めるか、ネットストーカー」
「そんな犯罪者の道は犯罪者が1番良く知ってるみたいな言われましても……まあ分かりました。私も祢巻とハレさんのVTuber活動にMsが差されるのは不本意ですから」
繰等は腕を組みながら、大きく二度頷く。
「助かる。じゃあtwitterでもなんでもいいけどアカウント教えてくれ。フォローはしないけど」
「ハレさんはフォロー数が少ない方がカッコいいと思ってる人ですもんね。もう知ってると思いますよ」
そう言って、繰等は個人DMを見せてくれた。
『どうして僕がハレとケだってコメントで言わないんだ?』
『ハレさん、VTuberに中の人話は御法度ですよ』
「あ」
それは、初めて祢巻と配信をしたときにDMを送ったtwitterアカウントだった。
「ハレさん、不用意なファンへのDMにはご注意を」
「気をつけます……」
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