#5

【根性】2人で千羽鶴折り続けたら、折り鶴何秒速くなる?!【バトル】

「さて、次の動画についてなんだが」

「次は誰と会えるの!?」

 話題になった気絶配信から数日後。

 配信の話題も、切り抜き動画の調子もよく、チャンネル登録者数の増加も上々だった。


 そろそろ追撃の動画を用意しないといけないなと思った僕は、動画企画会議をしようと思い、祢巻を自分の部屋に招いた。

 すると、祢巻は目をキラキラと輝かせながら、僕の部屋の扉を開いたのだった。

 妹が出会い厨になってしまった。


 椅子に座ったまま、僕は頭を振る。

「いいや、そんなわけないだろ。今度は僕らふたりだけの動画だ」

「えー」

「えー、じゃない」

「次はどんな有名人に会えるのかなってワクワクしてたのに……」

 祢巻は肩を落として、そのまま僕の部屋から出て行こうとする。


「待て待て、話をちゃんと聞け」

 慌てて僕は部屋の扉の前に立って、祢巻を止める。

 祢巻は明らかにつまんなそうな顔をしていた。


「まあ、一旦座って。説明するから」

 唇を尖らせたまま、祢巻はさっきまで僕が座っていた椅子に座る。

 不満げではあるけれども、別に、話を聞かないというわけではないらしい。


「いいか?」

 僕は机に置いていたノートパソコンを手に取ってから、ベッドに腰をおろした。

「僕らは別に、祢巻さんみたいにコラボ系ばっかり撮るわけじゃあないんだ」

「でも今までの動画はコラボだったじゃん」

「あれは出逢さんからお呼ばれされたからで、僕らからしても、出逢さんと氷上坂さんの人気にあやかれるから、やっただけだ」

「はいはいはい!」

 祢巻は腕を高く掲げる。


「私、迷々と殆ど会ってない気がする!」

 目の前にいるのが氷上坂さんだと気づいて気絶した祢巻は、しばらく起き上がることがなかったので、そのまま担いで家まで連れて帰ることになった。

 目を覚ました祢巻は、もう既に自分が帰っていることに気がつくと僕の首を引っ張りながら、出逢さんの家に戻ろうと躍起になっていたっけ。


「僕らが人気になったら、また会ってくれるよ」

「チャンネル登録者数50万人なんだし、充分人気なんじゃあないの。私たち」

 祢巻は不思議そうに眉をひそめながら言った。


「あれはバズって増えただけの数字。僕らが見ないといけないのは、今見ている視聴者の数だ」

 いくらチャンネル登録者数が50万人いようとも、動画の再生回数が少なければ、人は落ちぶれたんだなという目で見るようになる。

 むしろ、チャンネル登録者数が多いほど、落ちぶれ方はより目立つようになる。【悲報】寝戸よるる、本当にガチでオワコンになる。とか書かれるのだ。


 【好き嫌い王】嫌いなものを食べてるのは誰!?【出逢柱VS寝戸よるる/おにい】

 52万視聴・2週間前


 レインボーセブンシージやるよ!

 7万視聴・2週間前に配信済み


 先日の炎上について

 102万視聴・3週間前に配信済み


 ありがたいことに前回の出逢柱とのコラボ動画は思った以上に視聴者を稼げた。

 1個前に祢巻がひとりでゲーム実況をして、思った以上に視聴者が集まらないし、「兄貴出せ」「おにいどこ?」「おにいは来てますか?」という荒らしコメントにガチ切れした配信もちょっとは見られている。


 実はこのアーカイブの方がコメント数が多い。

 祢巻のガチ切れボイスにワガママ妹萌えを見いだした視聴者が気持ち悪くうねっているのだ。本当に気持ち悪いので祢巻にはコメントを見ることを禁じている。


「人に見られているという雰囲気を持つことは成功したから、次は『僕ら』に焦点を当てる番だ」

「見られているという雰囲気?」

 祢巻は不思議そうに首を傾げる。


「おすすめ動画一覧に表示されるときはチャンネル登録者数なんて表示されないからな」

 そういう時目印になるのが、再生数の多さだ。

 

 もちろん、再生されていない動画にも面白いものはあるし、再生されている動画も炎上商法の意地悪い動画であることもある。


 しかし、100再生の動画と5万再生の動画があったら、5万再生の動画を見るのが視聴者だし。

 5万再生の動画より、2149万再生の動画があったら、2149万再生の動画を見るのが視聴者だ。

 多く見られているというのは、それだけで面白さへの担保がある。


「つまり、僕らは今のところ『見てもらえる』立場にはなった。でもそれなのに動画がコラボしかないのは、僕らの紹介にはなってない」

「だからコラボじゃない動画をつくろうってこと?」

「そういうこと。早めに『寝戸よるるとおにいの動画』を確立しておかないと、コラボや大会の時だけ妙に再生数が伸びているけど、それ以外は伸びてない賑やかしの実況者みたいになるぞ」

「そんな人いるの?」

「結構いる」

 大会イベント参加者一覧みたいな画像を見たとき、左中下ぐらいにちまちまといる。そういえばこいつらって普段なにしてんだ? と思うような。


「ということで、僕らだけの動画を撮りたいわけだが、今のところ案はこんな感じ」

 僕はノートパソコンを向ける。


 ・祢巻から僕への囁きASMR

    懸念点:公開したくない。僕だけのものにしたい

 ・コメント返し雑談動画

    懸念点:作りやすいけどもう少し後に出してもいい気がする

 ・銀の盾をつかった動画

    懸念点:まだ届いてない

 ・歌ってみた動画

    懸念点:まだ個人動画がないのに歌ってみたを公開するのは、もうその路線に固まることにならないか? あと祢巻は歌が下手


「まだ良いネタが思いつかないんだよな」

「私のプライドのために歌ってみた動画はいつか出してみたいな」

「諦めてくれ」

 本当にヘタなのだ、祢巻は。

 カラオケで50点取れるんだぞ。


「僕らの特徴をざっくりと説明するなら『兄妹VTuber』ということになるんだけど、じゃあ兄妹でなにするかって話があるんだよな……」


「ねえおにい」

 祢巻はすっと手をあげる。

「動画だったら、私やりたいものがあるんだけど」

「やりたいもの?」

「うん」

 祢巻はスマホを取りだし、ある動画のサムネを僕に見せてくる。


『水道パイプで恐竜の鳴き声を再現してみた【パラサウロロフス】【新説】』

 動画ではVTuberがパラサウロロフスの頭部分を作成するべく、持論を語りながら水道パイプを接続していた。


「これなんだけど」

「つくってみた動画か……」

「そうそう、面白そうじゃない?」

 確かに、アリと言えばアリかもしれない。


 僕らのどちらかの手先が器用というわけでも、圧倒的に不器用というわけでもないんだけど、こういったネタは検索すると案外色んなところに転がっていたりする。

 それに、二人でなにかひとつのものをつくる様子というのも、ある種兄妹らしいじゃんと言えば、その通りかもしれない。


 と、そこで。

 物作り系で攻めてみるかなんて思い始めたタイミングで。

 関連動画に並んでいる動画のタイトルが目に入った。

「これ、良いんじゃあないか?」

「…………おにい、本気で言ってる?」

「8割冗談で1割8厘興味で2厘本気」

「むしろ2厘の本気で動こうとしてるおにいが本気で恐いんだけど」


***


「あれ、祢巻。折り紙なんて懐かしいものやってるじゃん」

 次の日である。

 高校の休憩時間。

 花巣祢巻はなすねまきこと私が折り紙の練習をしていると、クラスメイトの繰等くくらが話しかけてきた。


「折り鶴? 平和学習の時期はまだ先だよ」

「広島だけだよ。平和学習の時期があって、その時期に折り鶴をつくるのは」

「ま?」

 目をパチパチと瞬かせる繰等。


「8月の夏休みの最中、わざわざ学校に登校したりしないの!?」

「しないよ。全然しない」

「やったー! 引っ越してきたかいがあったー!」

 繰等は両手を高く掲げて快哉を叫んだ。


「私、広島出身なんだよね」

「え、そうなの?」

「そそ。高校進学を機に転校したって感じ。これでもばりばりカープ女子よ」

 バットを構えてボールを打つふりをする繰等。

 頭の色がプリンだから、どちらかといえば阪神なのでは? と思わないでもない。


「ちなみに一人暮らしだよ。家族の理由じゃなくて私の理由で転校したから。ぶいっ!」

「県外からわざわざ転校するほどの学校だったっけ、ここ」

 私は普通に家から近いから選んだけど。


「憧れの人がいてね」

 繰等は目を輝かせながら言う。

「ここはその人が卒業した学校なんだ。だから、どうしても通ってみたかったんだ。ほら、憧れの芸能人の出身地行きたいな〜っていうか、聖地巡礼的な?」

「そんな理由で一人暮らし始めたの?」

 結構軽ーいノリで、人生の選択をする子らしい。

 高校生活で人生が決まるとは言わないけど、ノリで決めるようなものでもないような……。


繰等は私が折り紙を折っている手を覗きこんで、はて? と首を傾げる。


「それで、平和学習じゃあないのなら、なんで折り鶴なんて折ってんの?」

「まあ、色々あってね……」

 まさか『動画でおにいと折り鶴早折り勝負するから、その練習』なんて言えない。

 VTuberは顔バレ身バレ厳禁なのである。

 今時はリアルコラボも増えているらしいから、そうとも言い切れないかもしれないけど。


 おにいが提案してきたのは「折り紙早折り勝負」であった。

 一体なんぞや、なんでそんなことを!? と思わないでもない企画であったけれども、おにい曰く、こんなくだらないことで勝負するのは、むしろ仲の良さをアピールできるものだと。


 別に私とおにいは仲が悪いわけではないし、なんなら仲が良い方だと近所で話題なぐらいなんだから、別にそこをアピールする必要はないんじゃあない?


「でもな、祢巻」

 おにいは私の両肩を掴んだ。

「世間——これは現実世界のではなくてインターネット上の世間の話なんだけど——世間では兄妹ってそんなに仲良くない方がリアルって感じがするらしいんだ。とはいえ、じゃあ仲良くないフリをするのはもう遅いし、僕が死ぬ」

「死ぬんだ」

「死ぬ。めっちゃ死ぬ。フリでも死ぬ。悲しすぎて死ぬ」

 だから。とおにいは続けた。


「『勝負』をしよう。仮想の兄妹喧嘩。負けたら罰ゲーム。あるいは勝ったらご褒美」

「……今回はどっち?」

「僕が負けたら罰ゲーム。祢巻が勝ったらご褒美」

「ルールも私に甘すぎる」


 そんなわけで私は折り紙を折っているわけだ。ご褒美をもらうために。あるいはおにいに罰ゲームを与えるために。

 せっせと折り紙の練習をする私をじっと見つめる繰等。

 そんなに見てて面白いかなあ。おにいからの指令で動画は撮っているんだけど。勝負だけだったら8分を越えないし、練習風景も入れた方がいいって言ってた。どうして8分を越えたいんだろうか。


「そこ」

「ん?」

 はじめに折り紙を三角に折ったところで、繰等が折り紙を指さした。


「最初は三角じゃなくて、長方形に折った方が早く折れるよ」

「……マジ?」

「うん、マジ。それでここを斜めに折ってここを」

 繰等は私から折り紙を取ると、すらすらと折り紙を折ってのけた。

 タイムは言うまでもなく、私より早い。


 私は繰等の手を思わず掴んだ。

「師匠と呼ばせてください!」

「私、ちょっと喉が乾いちゃったな〜」

「ペットボトルのお茶買って参ります!」

「のった!」

 私は勢いよく教室を飛びだした。まさか近くに折り紙強者がいたなんて。ラッキー!


 教室の扉を閉める直前。

 繰等はにまりと笑っているように見えた。

 なにか喋っているようにも見えた。けど、なにを喋っているかは分からなかった。


***


「分かってますって。ハレとケさん。私、中の人の話なんてしませんから。だから、妹さんと話すことぐらいは、許してくれますよね……?」


***


 動画はおにいの敗北に終わった。

 すげえ普通に負けたし、動画の前半で自信満々声高々に宣戦布告をしたわりには普通に折れてなかったし、練習するまですらなかった。


 コメント欄では八百長だろ! というコメントにあふれ、おにいのTwitterリプ欄に、綺麗に折った折り鶴を貼る煽り行為が流行った。

 おにいは後日『前回の動画について』という動画を投稿。

「妹が必死に折り紙を折っているのを見て、子供の頃、全然折れなくて僕のところに泣きついてきた時のことを思いだして、成長した妹の姿に涙が止まらなかったため、折ることができなかった。あとこの程度の勝負にお前らマジになりすぎだろ」という声明を発表。

 一部で『謝罪芸兄妹』というニックネームがつけられた。


 寝戸よるるch./YoruruNeruto ch.

 チャンネル登録者数 52万人→52万1000人


 Twitterフォロワー数、ちょっと増えた。

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