【姑息】大規模コラボイベントに参加するための人脈を増やしたいおにい
個人勢。配信内容は主にゲームと雑談。
登録者数はtwitchで44万。
VTuberはゲームと雑談ばかりしている。というのは僕の偏見とまあまあの事実ではあるけれども、氷上坂迷々は雑談をしないVTuberとして有名だ。
それは雑談放送がない。という意味ではない。
彼女は、一切喋ることがないVTuberなのである。
2D3D問わず、VTuberがリアルと同期している部分は『声』と『表情』だ。
もちろん。
表情はモーションを登録することで。
声は恋声とかのボイスチェンジャーソフトウェアを使えば、リアルとは違う表情と声をつくりだすことはできるけれども。
全てのモーションを登録して自然に動かすことは難しく、声の元は本人であるはずである。
バーチャルがどうという割りには、VTuberという文化は、リアルの人間と地続きで。
氷上坂迷々は、表情が豊かすぎるがゆえに、トラッキングしている表情を見れば言ってることが分かるゆえに、雑談なんてことはしないのだ。
「噂は兼々だし、実際配信を見たら本当に表情豊かすぎるのは知ってたんですけど、まさかここまで豊かすぎるとは」
豊かすぎるなんてそんな、私はただ人と喋るのが苦手で口も動かせなくて、思っていることが全て顔に出ちゃうだけのただの陰キャですよ。と言わんばかりに、氷上坂さんは頬に手を添えて目を伏せた。
普通人は表情だけでそんな長い会話ができない。
ところで――と氷上坂さんは僕から視線を外す。
私が人見知りなこと知ってますよね? と非難の言葉が内包された目で、出逢さんを睨んだ。
「知ってるわ。だからなにも言わずにお兄さんを連れてきたの」
悪びれもせず、ニコニコと笑いながら出逢さんは言う。
出逢って兄がいたんですか? 見た感じすごく若そうに見えますけど。27歳ですよね、出逢って。と氷上坂さんは訝しむ目を向ける。
「私の年齢は非公開よ。そうじゃなくて、ほら。寝戸よるるのお兄さんよ。最近話題の」
ああ。と、なにかに気づいたように氷上坂さんは目を見開いた。
VTuberというのは不便な文化ですね。顔を隠して配信ができるので匿名性は高いですが、こうしてリアルで会うとなると、顔と声が合わないというか。と言わんばかりな少し困ったような笑みを、氷上坂さんは浮かべる。
「僕自身、配信したのはあの1回だけですから、分からない方が当たり前ですよ」
あの配信、盛り上がってましたね。見てましたよ。氷上坂さんはパチパチと拍手して、そう言うに代えた。
ところで、妹さんはどちらに? と言わんばかりに、氷上坂さんは首を傾げる。
「そうだ、妹を呼ばずに僕だけ呼んだ理由を早く教えてくださいよ。僕だってまだ前科一犯になりたくないんですよ」
「もしかして私、今生死の狭間に立っているの?」
こほん。と一度せきこんでから、出逢さんは。
「ドッキリよーーーーーー!!」
と、両手を高く掲げながら声を張りあげた。
ドッキリ? という意味をこめて首を傾げる氷上坂さん。
「実はね、この前寝戸兄妹とコラボ動画を撮ってきたの」
出逢さんはくるくると体を回転させながら言う。
「その時知ったのだけど、よるるちゃんってスゴいVTuberファンなのよね」
出逢が言うのですから、よっぽどなのでしょうね。という風に氷上坂さんは微笑む。
「だから、迷々と会わせてみたらきっと面白いんじゃあないかなと思って、あなたも呼んだのよ」
「その事前打ち合わせだから、妹を呼ばなかったってことですか」
「その通りよ、その通りよ、その通りよ!」
いい流れだ。
僕はドッキリ企画をやるという話を聞きながら、内心ほくそ笑んでいた。
はじめ『出逢柱』とコラボしたのは、もちろん相手から勧誘を受けたからなんだけれども、彼女に認めてもらうことが重要だと思ったからだ。
人脈人脈という人間は怪しいが、人脈があることは大事だ。
特に現在の配信者というのは、基本的にコミュニティ大会に出るとか、大規模コラボに参加するとか、イベントに参戦するとかが基本の仕事になりつつある。
つまり、祢巻を人気配信者にするためには、イベント・大会に呼ばれるようなコミュニティに顔を覚えてもらう必要があるということだ。
そういう意味では出逢柱は最適だった。人との関わり合いが主な仕事である彼女は、イベント・大会においてもリーダー的仕事に就くことが多い。
彼女に気に入られたら、他の人気配信者と出会うチャンスは増えるし、イベント・大会に呼んでもらえる可能性もあがるはずだ。
だから彼女からのコラボ提案は、本当に僥倖だった。
本来なら「人気を得て、人気どころ配信者やイベンターの耳に名前が入る」という手順を抜かすことができたのだから。
ふと、視線が僕に向いていることに気がついた。
氷上坂さんが僕のことをじっと見ていた。
彼女は、出逢さんに後頭部を向けるようにしながら僕に近づいてきた。
あなた、打算的に私たちと付き合おうと思っていますね? と言わんばかりのイジワルな笑みを浮かべた。
表情が豊かすぎる彼女は、どうやら、人の表情を読むことも得意らしかった。
「その通りです」
ならば、嘘をついても仕方ない。頷きながら答えると、氷上坂さんは少し驚いたような表情を浮かべた。
「僕は妹が好きで、妹が悲しむ姿なんて見たくありません。妹が人気者になって嬉しいと喜ぶのなら、なんだってやりますよ」
私は、素直な人間は大好きですよ。
僕が言ってることが本心であることに気づいたのか、氷上坂さんはこういう意味を込めて目を細めた。
あなたのことが気に入りました。頬ずりしたい気分です。してもいいですか? もうしましたけど。と言わんばかりに、氷上坂さんは僕の頬に自分の頬を重ねて、猫のように頬ずりをしてきた。
良かった。祢巻がここにいなくて。こんなことされたら、祢巻に怒られてしまう。
そんな塩対応されるとは思いませんでした。これでも美人として名を馳せているんですよ。氷上坂さんは唇を尖らせて、そう言うに代えた。
くるりと踵を返し、出逢さんの方を向く氷上坂さん。
妹さんがどんな子なのか気になってきました。出逢、一体どんなドッキリをするのですか? という眼差しを出逢さんに向ける。
出逢さんはニコリと笑う。
「ドッキリの内容はね、『遠隔操作されているお兄さんに気づけるかドッキリ』よ!」
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