#4

【無音】結局一切喋ることなく雑談配信を完遂してしまった氷上坂迷々

「それで、どうして僕だけ呼ばれたんですか?」

「ドッキリよーーーー!!」


***


 無職だから無限の時間がある僕は、自分の部屋で、先日のコラボ企画を編集している最中だった。

 交換していたDiscordに、出逢さんから連絡が入った。


はしら:今暇かしら?

おにい:暇すぎて動画の編集をしてました

はしら:ちょっとお願いがあるんだけど

「お願い?」

 一体なんだろうか。


はしら:私のチャンネルの方にも出演してほしいの

 出逢さんからのお願いはこれだった。

 なるほど。

 確かにYouTuberとかがコラボをするとき、だいたいどちらのチャンネルでも動画をあげるなり、配信をするなりしている気がする。


おにい:いいですよ。いつ頃やりますか?

はしら:動画が公開される前後ぐらいでやりたいわ。こっちで場所は用意するから

おにい:じゃあ妹にも伝えておきますね

はしら:あ、よるるちゃんには伝えなくていいの


「伝えなくて良い……?」

 Discordに表示されている文字を見ながら、僕は怪訝な目をする。


はしら:来てほしいのは、お兄さんの方

おにい:妹を要らないという人とは絶縁することが家訓とされています

はしら:え

 ブロック。

 全く、酷い人だ。祢巻を要らないと言うなんて。そんな人だとは思わなかった。


 ぽろん。と新しい通知音。

はしら2:本当にブロックすることあるかしら!?

おにい:別アカウントも持ってるんですか

はしら2:2PC配信で使うこともあるもので……

おにい:こっちもブロックしないと……

はしら2:違うの、違うの、違うの。よるるちゃんが要らないってわけじゃなくて

はしら2:先にお兄さんに説明をしたいってこと!

はしら2:とにかく、明日、住所を送るからここに来てくれる?


***


 そんなことがあり、僕は言われた通り、住所の場所に向かった。


「向かってみたけど……」

 てっきりまたどこかのスタジオに呼ばれたのかと思ったけれども、そこはどこからどう見てもマンションだった。


「どっかの部屋がスタジオになってるようなものには見えないし、まさか誰かの家だってことは……」

 まさかな。と思いながらも確認するべくDiscordを開く。


おにい:着きました

はしら2:まさか今日の今まで本垢のブロックを解除しないとは、私も思ってなかったわ

おにい:忘れてました

はしら2:まあいいわ

はしら2:1204号室のインターホンを鳴らして。オートロックなの

おにい:あの、出逢さん。ここってどこなんですか?

はしら2:私の家よ


 僕はスマホから目を離して、もう一度マンションを見上げる。

 普通に、一般的な、なんなら、少しレベルは高めのマンションではなかろうか。


「配信者、こんなマンションが借りれるほど儲けれるようになったんだな」

 僕がゲーム実況をしていた頃は、そもそも『ゲーム実況で儲けるなんて!』みたいな嫌儲主義がまだ残っていて、稼げている配信者・ゲーム実況者なんて一握り中の一握りだった。

 それになにより、信用がなかった。

 誰が一体、インターネットでゲームをしている様子を公開しているだけの人間に、部屋を貸してくれるというのだ。


「本当に、世界は変わったなあ……」

 今の配信者たちなら、性質たちの悪い奴らのイタズラとかもないんだろうな。多分。

 しかし、1回コラボしただけの僕を家に招くなんて。

 警戒心がないのか、それとも、思ったよりも気に入られてしまったのか。


 マンションのエントランスに入り、出逢さんに言われた通り1204号室のインターホンを鳴らすと、入り口が開かれた。


 12階に向かうべく、エレベーターホールに向かう。

 ホールでは、1人の女性が先にエレベーターを待っていた。


 短めの緑かかった黒髪。

 前髪は切り揃えられている。

 薄紫の丸っこい目。

 中性的な顔つきだが、胸元の膨らみは確かに女性であることを主張していた。


 エレベーターが着いたので、揃って乗りこむ。

 女性は12階を押してから、僕の方を向くと、何階ですか? という風に微笑んだ。


「僕も12階です」

 おや、もしかして私のストーカーでしょうか? だったら警察に連絡しないといけませんね。と言いたげに、彼女は目を細めた。


「違いますよ。12階に知り合いがいるので会いに行くだけです」

 僕は慌てて否定する。

 残念。私としては自分もとうとうストーカーに付け狙われるぐらいまで、魅力に溢れてしまったのかと気分上々↑↑だったんですけど。そう言うような悪戯っぽい笑みを浮かべる。


「ああいう頭の悪くて明るい曲が流行ってる時期が、一番幸せだなと思うときがあります」

 僕はエレベーターの壁に背を預けながら答えて、ん? と首をひねる。


 今この人、口を動かしてたか?

 というか、喋ってたか?


 私としては暗い曲がある方が嬉しいですけどね。テンションの高い曲は疲れてしまいますから。

 彼女は苦笑いをしてから。

 知ってますか。HUNTER×HUNTERの作者、冨樫義博は平山夢明の小説の解説で「暗いものが読まれているときは、それはむしろ平和な世の中だからだ」と書いてたんですよ。と、僕を試すような言葉を含ませた流し目を向けてきた。


「ああ、『他人事』の解説ですね。“平山さんの小説が爆発的に売れて、どんどん読まれるようになったら、それはむしろ平和な世の中だからだ、といえるだろう”。集英社文庫版、P330より」

 え、ストーカーさん。あなた平山夢明読んでるんですか!? とばかりに、彼女は頬を緩めた。目はキラキラと輝かせている。


「僕がストーカーなのは確定なんですか?」

 心がそう決めつけてます。と、無言のままに彼女は、噛みしめるように頷いた。

 それに、ストーカーではないとするなら、あなたは一体なんのためにこのエレベーターに乗ったのか、分かったものではありません。という風に、彼女はかぶりを振った。


「だから12階の知り合いに会うためですって」

 だったら階段でのぼればよかったのでは? と言わんばかりに、彼女は指人形に、自分の腕を歩かせた。

 難しいことを言うなあ。


 ポーン。とエレベーターが12階についたと知らせる音を鳴らした。

 扉が開く。

 扉の前では、出逢さんが待っていた。


「あら」

 出逢さんは僕と、表情が豊かすぎる彼女を交互に見てから、驚いたように声をあげた。

 そうだよな。人と会話するってことは、相手の声が聞こえるはずだよな。


「まさかお客さん2人が同時に来るなんて」

「ふたり?」

 僕はエレベーターからでながら声をあげる。


 先にエレベーターを降りた彼女は、出逢さんの方を向いているから表情が分からない。

 けれども、きっと同じように驚きの表情をしていることだろう。


「紹介するわね、お兄さん」

 出逢さんは表情が豊かすぎる彼女を平手で指した。


「彼女は氷上坂ひがみざか迷々めいめい。喋らない系VTuberよ」

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