【好き嫌い王】嫌いなものを食べてるのは誰!?【出逢柱VS寝戸よるる/おにい】

「第1回、好き嫌い王選手権ーーーー!!」

 打ち合わせが終わり、数日後。

 レンタルスタジオに集まった僕らは、早速動画撮影を開始した。


 スタジオといっても、僕らは実写のYouTuberではなく2DのVTuberだ。背景や設備にそこまでこだわる必要性がないから、安いところで済んだ。

 必要なのは場所とキッチンと食べ物。

 そしてそれを食べる2人だけである。


「食わず嫌い王決定戦じゃなくて?」

「いや、好き嫌い王選手権です。食わず嫌い王決定戦ってなんですか。『とんねるずのみなさんのおかげでした』が終わったのは2018年ですよ」

「絶対見たことあるでしょ」

「『とんねるずのみなさんのおかげでした』ってなに、おにい?」

「出逢さん、いいですか。ジェネレーションギャップでダメージを食らいたくないでしょ」

「くっ、かはっ……」

 自分から掘りだしてしまったジェネレーションギャップで胸を押さえる出逢さん。

 祢巻の年齢なら、ギリギリ記憶にあるかもしれないけど、番組タイトルまでは覚えてないかもしれないもんな。とんねるずのみなさんのおかげでした。


「今日やってもらう企画はとても単純です」

 とりあえずスタジオの机を挟んで、向かい合って座ってもらった二人に、ルールを説明する。


 好き嫌い王選手権とは。

 タイトルそのままに、嫌いな料理を当ててもらう企画である。

 先に二人には「嫌いな食べ物」「苦手な料理」を教えてもらってある。

 二人の前に「好きな料理」をひとつ、「嫌いな食べ物が入っている料理」をひとつ、「苦手な料理」をひとつ用意するので、食べている様子からを当てて貰う。という企画だ。

 つあまり、食わず嫌い王決定戦の食って嫌いバージョンだ。


「苦手な料理だけを当てるの?」

 出逢さんが手をあげながら尋ねる。

「苦手な料理です。最初は嫌いな食べ物を当ててもらおうかと思ったんですけど、シチューとかおでんとか具材がたくさんある料理だと、どれが嫌いなのか分かりづらいと思って」

 それに、グリーンピースだけ残った炒飯の皿とかあったらすぐ分かってしまうだろう。

 ある程度ごまかしやすいように、当てるのは苦手な料理にした。


「だから昨日、好きな食べ物とか聞いてきたのね。てっきり私のファンになってくれたのかと」

「僕は妹一筋なのでそれはないです」

「そんな大真面目な顔で言わなくても……」

 ちなみに、今回はどちらも配信者ということで『配信上で明確に好き・嫌いを明言したもの』は除外してもらっている。

 表向きの企画概要は、推しの新しい一面を知ろう。というテーマにしている。


「面白そうね、面白そうね、面白そうね」

 出逢さんは両手を合わせて、嬉しそうに反芻する。


「でも、料理はどうするのかしら。Uber Eatsでもするの?」

「いえ。既にどの食べ物が好きで嫌いなのかも全部聞いているので」

 僕は手に持っていた食材がぎっしりとつまった袋を床に置いた。


「僕が全部つくります」

「おにいの料理はめちゃくちゃ美味しいんですよ!」

「お兄さんのつくる料理だったら苦手なものも食べれるぐらい?」

「はい!」

「ピュアな笑みすぎて可愛いわ、可愛いわ、可愛いわ! 皆に見せられないのもったいないぐらい!」

 出逢さんは机越しに上半身を乗りだして、祢巻に抱きついた。

 雛鳥みたいな悲鳴をあげる祢巻に抱きついたまま、出逢さんは僕の方を向く。


「お兄さんがつくった料理はなんでも食べれるから苦手はありません。ってオチはないよね?」

「もちろん」

 僕は笑って返した。

 作戦その1がバレてしまった。


***


 寝戸ねるとよるる。

 麻婆豆腐。ケバブ。牛すじ煮込み。

 出逢柱であいはしら

 パエリア。筑前煮。白菜と豚肉のチーズ鍋。

 以上、6品である。


「本気でケバブでいくの?」

「さすがに今すぐはつくれないので、先につくっておきました」

「そういう意味で言ったわけじゃないけど、え、ケバブってつくれるの?」

「手間暇はかかりますけど」

 祢巻が食べたいと言ってたから頑張って覚えたけど、まさかこんなに何度もつくることになるとは思わなかった。


「ふうん、さすがに何度も料理をつくってて、嫌いってことはないでしょうね」

 キッチンで料理を続ける僕の背後で、出逢さんはそんな風に言う。思ったよりマジで勝ちに来ている。ケバブを選んだ妹と違って。


「そりゃあだってコラボだもの。私だって楽しみたいし」

 つまみ食いしてもいい? と出逢さんが尋ねてくる。僕はお手製ケバブをちょっと切り落とす。

 カメラを回して撮影しているので、カメラの外で渡した。

 出逢さんは生の手足を出さない系のVTuberなので画角は気をつけないと。


「んー! とても美味しいわ、とても美味しいわ、とても美味しいわ!」

 緩んだ頬に手を添え、出逢さんは体を揺らす。


「お兄さん、前は料理系で働いてたの?」

「いや、たまに家でしてるぐらいですよ」

 たまに料理配信はしていたけど。

 料理が出来る自慢がしたいやつが群がるからか、よくコメントが荒れていたなあ。


 料理シーンの撮影は滞りなく終了する。

 うんちくもがんちくもないただの料理シーンだから、動画では倍速処理がされることだろう。

 料理が出来る自慢がしたいのかって? その通り。


「というわけで、完成です」

「遅い!」

 祢巻が851チカラヅヨクで字幕つけそうな勢いで叫んだ。

 6品を完成させた頃には、もう撮影時間は2時間ほど過ぎていた。


「おにい、私お腹空いちゃったよ」

「悪い悪い、結構急いだんだけどな」

 僕はできあがった料理をふたりの前に置いていく。

 カメラの位置を確認して、料理の載る机が映っていることを確認する。

 食べるふたりにもカメラを向ける。こちらはVTuberの素体とトラッキングする用のカメラだ。

 ノートパソコンに映っている2人の素体を確認する。寝戸よるると出逢柱は、2人の動きに合わせて顔がしっかりと動いていた。


「それじゃあ、本番を始めようか」

 録画ボタンを押す。


「好き嫌い王選手権、実食ーー!」

 テンションをあげて拍手をする僕に、祢巻と出逢さんも続けて拍手をする。


「先攻後攻を決めようか。ジャンケンでいいですか?」

「よるるちゃんが先攻でいいわ」

 出逢さんはにこりと笑いながら言った。


「私、当てる自信があるもの」


「じゃあ、お言葉に甘えて。妹、準備はいいか?」

 祢巻はじっと出逢さんの料理を見つめていた。

 料理中に覗きこんできていた出逢さんと違って、祢巻は相手の手札をここで初めて見たことになる。


 じいっと見つめる祢巻。動画にあるまじき沈黙が数秒流れる。

「筑前煮を食べればいいのね」

「あ、えっと。違うんです」

 祢巻は頬をかきながら言う。



「……え?」

 突然の解答に、出逢さんは素っ頓狂な声をあげた。

 まだ食べていないのに、自分の苦手な料理を当てられるとは思わなかったからだ。


「なんで分かったの……?」

 思わず尋ねる出逢さん。


「2ヶ月前に出逢ちゃん、釣り配信をしてましたよね?」

「え、ええ」

「全然釣れずに船酔いまでして散々だった出逢ちゃんでしたが、諦めきれずに船を下りてからも釣りを続けたら伊勢エビを釣ってしまった神回でした」

 祢巻は味わうように何度も頷く。


「出逢ちゃんは感情が昂ぶると言葉を繰り返す癖があって、その時も『釣れたの! 釣れたの! やっと釣れたの!』と盛り上がっていたのを覚えています。そしてリリースすることなく持ち帰っていたので、海老は嫌いじゃないのだと判断しました。なので海老が入っているパエリアが嫌いな料理ではありません」

 次に。と祢巻は続ける。


「半年ほど前に博士系VTuberとの配信で、相手のチャンネルにお邪魔していた出逢ちゃんは、様々な博物館の話を聞いていました。その中にチーズ博物館というものがあり、どこにあるのか尋ねる程度には出逢ちゃんは興味をもっているようでした。なので、チーズ鍋も苦手な料理ではありません」


「ちょ、ちょっと待って」

 目を点にしながら、出逢さんは手を前に突きだして、制止をかける。


「確かにそういうコラボはあったけど、よるるちゃん。

「はい!」

 祢巻は自信満々に答える。

 そう、全部。


 祢巻は好きなVTuberの配信をどれもこれもリアタイすることに熱心で、見れなかったとしてもアーカイブを舐めるように見直し、なんなら『切り抜きチャンネル』を複数運営しているような、重度の行動系ファンなのである。


 もっとも、切り抜きチャンネル自体は本当に「良かったところを切ってる」だけのクリップを貼ってるだけなので、全然伸びてないんだけど……。


 そんな祢巻にとって、好きなVTuberだと公言している出逢柱の配信でいつなにがあって、どんなことを話していたかなんて、データを読み返すまでもない。


「あ、筑前煮が苦手なんだろうなと思ったのは竹林に行く配信で出逢ちゃんは竹をまるで親の敵みたいに伐採していて――」

「大丈夫、もう大丈夫だから」

 出逢さんは慌てて祢巻を止めて、僕の方を見る。


「お兄さん、図ったわね?」

「妹に面白みがないと言われたので」

 出逢さんは苦笑いで言って。

 僕はにこりと笑って返した。


「参りました。ふたりの勝ちね」

「やったー!」

 祢巻は両手を挙げて喜びの声をあげた。

 VTuberの素体には腕をあげる機能がなく、なんならトラッキングもズレていた。


***


 動画は滞りなく公開された。

 再生数もチャンネル登録者数の増え方も上々で、ついでに祢巻を気持ち悪がるコメントも上々だった。


:いや、全部見て覚えてるのはキモいな……

:セリフまで覚えてるのはストーカーじゃない?

:通報したほうが良いかもしれない

:そんなことしてる暇があったら学校の勉強しなよ


「なんで!!」

「まあ妥当な気がする」


 寝戸よるるch./YoruruNeruto ch.

 チャンネル登録者数 32万2000人→46万7000人

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