【#2】まだまだ初めてのオフコラボでただのファンと化す寝戸よるる

 さて、と。

 カップの中のコーヒーを飲み干すぐらいの時間が過ぎたぐらいで、出逢さんはぱん。と両手を叩いた。


「そろそろコラボ配信の話をしましょうか。コラボの打ち合わせのために集まったのだしね」

「え、推しとの対面トークイベントじゃないんですか!?」

「ああ、あの握手会ができないから産まれたであろうイベントか。外に出る必要があるオンライン会議」

「つまるところこれはオフライン対面トークイベントかしら」

 出逢さんはころころと笑う。


「そのことなんですけど」

 僕は手をあげて、提案する。

「コラボは配信ではなくて、動画でやりたいんですけど良いですか?」

「動画? 別にいいけど」出逢さんは小首を傾げる。「よるるちゃんは配信が主じゃなかったっけ?」


「よくご存じで」

「お兄さんと一緒よ。気に入っちゃったから、たくさん調べたのよ」

「推しが! 推しが私を……!!」

 ほにゃと笑う出逢さんに、祢巻は両目を「認」と「知」にして、ぐるぐると目を回している。

 我が妹ながら、なんだか将来が不安になってきた。


「お兄さんも大変ね」

「VTuberを始めるって言いだしてから、変なとこばっかり見てる気がします」

「そうじゃなくて、そうじゃなくって、そうじゃなくって」

 顔の前で手を横に3回振ってから、出逢さんは僕に顔を近づける。

 小さな声で。祢巻に聞こえないように。



 僕は思わず出逢さんの目を見た。

 どうして僕が原因だと知っているんだ。


「図星みたいね」

 僕の反応を見て出逢さんは、ほにゃと笑った。

 あれ、もしかして僕今、引っかけられた?


「実はね、私のコラボセンサーに引っかかったのはよるるちゃんじゃなくて、お兄さんの方なの」

「コラボセンサー?」

「この人とコラボしたらきっと楽しいぞーって人に反応するセンサーよ」

「妖怪アンテナみたいなものですか?」

「鬼太郎分かるの?」

「『水木しげる漫画大全集』買い集めてます」

 とかく、面白そうな人を探す嗅覚に優れているということだろう。

 そりゃコラボ魔人とはいえ、面白そうと自分自身が思えない限りコラボなんて出来ないだろう。

 自分のギャグを面白くないと思っている笑い芸人ぐらい、じゃあなぜした。という話である。


「どうしてセンサーが妹じゃなくて僕に?」

「うーん」出逢さんはちょっと悩むように唸る。「怒らないでね」

「話によります」

「恐いわ……ほら、よるるちゃんの配信って、面白みがないじゃあない?」

「年上の女性に手を出すべきではないという僕の理性が働いているうちに弁明をお願いします」

「年下でも手を出しちゃダメじゃない?」

「それを言うなら誰でも手を出したらダメでは?」

「ここで常識を説かれるとは……」

 こほん。と出逢さんは咳をひとつ。


「面白みがないっていうのは、どう人に紹介したらいいのか分からないってこと」

 例えば映画紹介アンドロイドだとか。

 例えば地域密着型だとか。

 例えば100円ショップ大好きだとか。

 例えばヤニカスだとか。

 例えば酒クズだとか。

 個性であったり。性質たちであったり。

 頭に被せるような冠が、面白み。


「私だったら出会い厨コラボ魔人ね。それがよるるちゃんには見えなかったのよね」

 口元に指を添えて、うーん。と唸る出逢さん。


「だから、あのバズの原因はお兄さんにあると思ったの!」

 出逢さんは僕に顔を寄せる。

 カブトムシを見つけた小学生男子みたいな、好奇心の笑み。

「お兄さん、一体何者?」


 なるほど。つまり、僕の正体を知っているのではなく、状況から僕がなにかしたのではないかと判断したのか。

 まあ、そうだよな。僕が配信に顔を出しただけであれだけ盛況だったんだ。僕になにか原因があると思うのは妥当な話だ。


「出逢さん」

 目をキラキラと輝かせる出逢さんに、僕は自分の顔を指さしてみせる。

「僕にはどんな面白みがあると思います?」

「……配信モンスター?」

 それは僕が5日連続24時間配信をしたときにつけられたニックネームだった。

 やっぱり本当は僕のこと知ってるんじゃあないか?


「僕が配信を始めたのはこの前の配信からですよ」

「おっかしいわね……」

 出逢さんもその答えがどうして出たのか分からないみたいで、小首を傾げている。

 本人も気づかないほどの嗅覚なのか……。


「ねえ、おにい。ねえ、おにい。ねえ、おにい!」

 祢巻の声。顔を向けてみると、頬を膨らませて唇を尖らせていた。


「ズルいよ! 私だってたくさん出逢ちゃんと話したいのに!」

「だってお前緊張してほとんどちゃんと話せてないだろう」

「だ、だってだって!」

「ねえ、よるるちゃん」

 出逢さんは祢巻の手を握りながら言う。


「私のことは呼び捨てで構わないわ。私の年齢でちゃん付けされるのもなんだか変だし、ね?」

「は、はわ……!」

 VTuberでの姿が子供の姿だから、そっちに慣れてしまっているのもあるけど、確かに年上女性にちゃん付けは変かもしれない。祢巻は目をぐるぐる回しながら何度も頷いた。もうなにもかも限界そうだ。


「出逢さん。動画の件についてなんですけど」

 色々と周り巡ってしまった話を戻すべく、僕は言う。


「企画も考えてあるんです。どういう動画にするか。聞いてくれますか?」

「いいわ。教えてちょうだい。楽しみだわ、楽しみだわ、楽しみだわ!」

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