#3

【限界化】初めてのオフコラボでただのファンと化す寝戸よるる

「わあ! あなたが寝戸よるるちゃんね!」

 初めて顔を合わせるけれども、声は何度も聞いている。

 インターネットでの出会いというのはそんなことの繰り返しで、初めて顔を見たときは、暫くこんな顔だったんだと観察してしまうぐらいだ。

 それがVTuber

 いつも見ている絵の顔ではなく、アバターの顔ではなく、リアルの顔をじっと見つめてしまう。


 寝戸ねるとよるること、花巣祢巻はなすねまき出逢柱であいばしらの初対面もそんな感じだった。

 ぽかんと口を開けている祢巻に、人と会うことに慣れていると言わんばかりの笑顔で、出逢さんは諸手を広げると、祢巻に抱きついた。

「会えて嬉しいわ、会えて嬉しいわ、会えて嬉しいわーー!!」

「あ、あ、あ、あ、あっ……」

 『HUNTER×HUNTER』のポックルみたいになってしまった祢巻を見ながら、僕はここまでの経緯を思いだすことにした。


***


出逢柱:寝戸よるるちゃんとお兄さんとお話してみたいわ!


 ポコン。とDMの通知音がしたのは、祢巻との兄妹コラボ配信を終え、これからは一緒にVTuberをやっていこうと決めてから10分ほど過ぎてからだった。

 祢巻の部屋から帰って、さてどんな活動をしていくかなと考えようとしていたタイミングだった僕は、なんだか冷や水を浴びせられたような感覚になりながらも、通知を確認した。


 すると、そこには『出逢柱』の3文字が表示されていた。

「偽者……じゃあないよな」

 DMの送り主のアカウントに移動してみるも、やはりあの『出逢柱』で間違いないようだった。


 出逢であいばしら

 チャンネル登録者数74万人。

 頭に頭襟ときんを被り、袈裟を着込んだ修行僧スタイルの子供姿をしているVTuberである。

 そんな修行僧みたいな見た目をしているが、本人はまるで欲を我慢していないことで有名だ。


 誰が呼んだか『コラボ魔人』。誰が言いだしたか『出会い厨VTuber』。

 彼女は人と関わることが大好きなVTuberなのである。


 出逢柱の初配信は、当時『VTuber四天王』と称されているVTuberとのコラボだった。

 あまりにも唐突な、しかも無名の新人VTuberとのコラボということで、当時は中の人同士が知り合いなのだろうとか、事務所が同じで売りだそうとされているのではないかとか、元有名VTuberの転生だろうなどと噂され、売名だろう。と、ちょっと炎上したりもしていた。Vのファンは図太い割にはあまりにも繊細すぎた。


 しかし、出逢柱は初配信からスタンスを一切変えることはなかった。

 次の配信もコラボ。

 第3回の配信もコラボ。相手は知識系のVtuberだった。

 第4回の配信もコラボ。相手は収益化もしてないような零細VTuberだった。

 第5回の配信もコラボ。フィールドワーク系のYouTuberと一緒に虫を捕りに行っていた。


 コラボにコラボにコラボが続く配信内容に、相手選びの節操の無さから、こいつは売名ではなく、本当にただ、人とコラボしたいだけなんだと視聴者は段々と納得していくことになる。


 Q.出逢柱がひとりで映っているアーカイブ、動画は何個ある?

 A.1個。ラジオパーソナリティとのコラボなので、画面に映っているのは出逢柱ひとりだけなため。

 そんな引っかけ問題があるぐらいには、彼女は本当に、コラボしかしていない。


 出逢柱の特徴として、コラボ相手は自分で探すというのがある。

 自分で色んな配信を見て回って、面白そう。会いたい。話してみたい。と思うと、例え相手がチャンネル登録者数1000万人だろうと、チャンネル登録者数4人だろうと会いに行ってコラボにこぎつける。


「チャンネル登録者数で脚切りをしないのかって? そんな面白くないことしないわ。チャンネル登録が多くても面白くない人もいるし、全然いなくても面白い人もいる。当たり前のことじゃあない。みんな登録数0から始めてるんだから」

 それが、出逢柱。

 このDMの相手。

 どうやら僕らは、彼女のおめがねにかなったらしい。


 しかし、これからも祢巻と一緒にVTuber活動をするなら必要だろうと思って、配信後につくるだけつくっておいたSNSアカウントをこんなにもはやく特定されるとは、思ってもみなかった。


アカウント名:おにい

bio:寝戸よるるの兄です。

 

 これしか書いてないのに。呟いてもいないのに。

 ちなみに僕の『ハレとケ』時代のSNSアカウントは、僕がつくる前にファンの誰かがつくっていた。


 なにも悪さをする様子はなく、ただ配信を始めたことだけを通知するアカウントと化していたので、放置していたが。あれは一体なんだったのだろう。


 僕は返事を打ち込む。

おにい:このアカウントが偽物である可能性は考えなかったのですか?

出逢柱:いいえ。私は本物と偽物を見分けられる自信があるもの!

出逢柱:それに、もしも偽物だったら偽物と話すのも面白そうじゃあない?

おにい:あなたの知名度でそんなことやったら、かなり燃えそうですけど。

出逢柱:そうかしら?

出逢柱:少なくとも私はどうして偽物アカウントをつくって運営しようと思ったのか、知りたいわ!

 この人は本当に……。


 実際彼女は一度、自分の家に電話をかけてきたという詐欺師とコラボを果たしている。どうして詐欺行為を働こうと思ったのか、どうして詐欺に手を染めてしまったのかを聞きだした。


 最終的に詐欺師は更生して自首して、今は執行猶予付きで有罪判決を食らっている。『執行猶予の彼』と呼ばれ、たまに雑談放送にメールを送ってくるらしい。


おにい:それで、コラボですか?

出逢柱:そう。コラボしたくて。二人は兄妹なのよね? 私にも弟がいるんだけど、仲が良くて羨ましいわ。いつも「姉ちゃんには警戒心ってやつがなさすぎる。見知らぬ相手にホイホイ会いに行きすぎだって。いつ犯罪に巻き込まれるか、分かったもんじゃあないだろ」って小言を言ってくるの。私がそれに「もう6回は巻き込まれたわ」って返すと、数えるな! って更に怒ってくるのよ

おにい:仲いいじゃあないですか

出逢柱:ケンカするほど仲が良いってことを言いたいんだと思うけど、私はケンカするより仲良くなりたいわ

おにい:弟さんは何歳ですか?

出逢柱:今年で高校1年よ

おにい:だったらケーキでも買って帰ったらどうですか。高校生男子なんて食べ物で釣れる生き物ですから。

出逢柱:良いこと聞いたわ!

出逢柱:じゃなくて、あなた達とのコラボ企画の話よ。どうかしら?


「どうかしらもなにも」

 断る理由わけもない話だ。もちろん、コラボ企画は了承させていただいた。


***


 互いに都内にすぐアクセスできる場所に住んでいることと、普通に予定がなく暇であることが分かると、明後日に予定を組まれてしまった。早すぎる。


 年齢と動ける時間帯とどんな食べ物が好きでどんな飲み物がすきかと尋ねられ、僕は祢巻の好みは熟知しているので全て答えると、カフェのURLが届いた。

 そこは祢巻が今度行ってみたいと言っていた、カフェオレとパンケーキが有名なカフェだった。こいつ、できるな……。


 そして、当日。

 コラボ企画打ち合わせのための、顔合わせ日。

 祢巻は抱きつかれて酸欠になっていた。


 僕は出逢さんの肩を叩く。

「妹がそろそろ限界をむかえて気絶しそうなんで、一旦離してもらっていいですか?」

「あら、ごめんなさいね」

 出逢さんはぱっと祢巻を離した。祢巻は膝から地面に崩れ落ちて、荒い息を吐いている。


「か、川の向こうでお父さんが手を振ってた」

「健在だろうが。勝手に父親を殺すな」

 ぐん。と顔をあげて立ち上がる祢巻。出逢さんを見上げる。


「本物の……出逢ちゃんですか?」

「本物というか、リアルの出逢ね。よろしくね、リアルのよるるちゃん!」

 リアルの出逢さんはほにゃと笑った。

 年齢は恐らく20代後半。僕より年上だろう。

 長い黒髪の毛先だけを緑色に染めている。

 目は黒く、僕らふたりをじっと見つめている。

 柔和という二文字が似合うゆるりとした顔つきをしていた。


「ごめんなさいね、ごめんなさいね、ごめんなさいね」

 席に着かないまま漫才をしていたところで、店の迷惑になる。

 予約していた席に座り、注文を終えたところで出逢さんはぱんと両手を合わせた。


「急に呼びだして、ビックリしちゃったかしら」

「そりゃもう!」

 祢巻は上半身を前のめりにしながら頷いた。

「『明後日、出逢柱と会うから準備しておけよ』っておにいに言われたときは、なに言ってんだこいつって思いましたけど」

「僕がお前に嘘をつくわけがないだろ」

 心外だな。


「私はね、コラボする相手とは必ず顔を合わせることにしてるの。顔を隠している相手なんて、信用しづらいでしょう?」

「VTuberとは思えないセリフが飛びだしてきた」

「ああ、推しの声が聞こえる……生声が聞こえる……有料ものだよお……」

 祢巻はもう限界をむかえているようだった。


「ところで、どうして僕のDMに連絡を送ってきたんですか?」

 壊れた祢巻は一旦置いておいて、僕は尋ねる。


「妹のSNSの方がすぐ見つかるし、分かりやすかったでしょう」

「よるるちゃんは私のファンみたいだったから」

 出逢さんは申し訳なさげに笑う。


「私が連絡したら、もう暴れまわっちゃってコラボの話も出来ないんじゃあないかなって思って」

「正解です」

「私が推しの迷惑に……?」

「あなたはVTuberに特に興味がなさそうだったから、DMもしやすかったわ」

「お、おにいはこの間までVTuberを全然見てなかったんです」

 祢巻はコーヒーに恐る恐る手を伸ばし、一口飲む。

 推しと同じものが飲みたいと選んだコーヒーだったが、甘党な祢巻には苦すぎたらしく、顔が一気にぎゅっと絞られる。


 頼んでおいたカフェオレとコーヒーを交換してやる。祢巻は絞られた顔のまま、カフェオレをごくごくと飲んだ。

 あ、これブラックじゃん。そりゃあ祢巻がこんな顔をするわけだ。


「そうなの?」

「はい。妹に配信に出てほしいって言うまでは。それまでは話題になっているのを流し聞きする程度で。だから色々調べましたよ」

「私のことも調べてくれた?」

 出逢さんが、小首を傾げながら尋ねてくる。


「辛いもの好きVTuberとコラボするためにキャロライナリーパーを食べれるように修行したら、コラボ相手より辛いものが平気になってしまった配信が好きです」

「嬉しいわ、嬉しいわ、嬉しいわー!」

 出逢さんは芯から嬉しそうに、歓喜の声をあげた。

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