【前世】寝戸よるるのおにいは、元2525配信者の〇〇!?

 ハレとケ【ゲーム実況者】

 概要

 ハレとケとは、2525生放送で主に活動していたゲーム実況者である。

 フォロワー数32万は当時のゲーム実況者の中では破格の数字で、公式チャンネル開設第一弾にも選ばれている。

 配信スタイルは基本的に雑談とゲーム。やりたいものをやりたいときにやるスタイルで、最新のゲームからリメイクもされていないようなニッチで古のゲームまでなんでもプレイする。

 また、配信の鬼としても知られており、視聴者が寝て起きたらまだ配信をしていた。そういう企画でもなんでもないのに普通に24時間配信を繰り返しているなど奇行も目立つ。

 その配信スタイルも相成って、一躍人気ゲーム実況者の仲間入りを果たしたが、2年前に突如生配信も動画も更新されなくなる。

 当時、ゲーム実況者や配信者が失踪することはよくあることではあったが、24時間配信を繰り返すような男が失踪するとは思えなかった視聴者からは死亡説がまことしやかに囁かれている。


 答え。

 無論、ハレとケは死んでいない。

 ハレとケの正体は花巣はなす晴儀はれぎ

 つまり僕だ。


 配信を辞めた理由は単純に、祢巻の高校受験の邪魔にならないように。である。


 僕が配信していたサイトの視聴者はときたま性質たちが悪かった。

 僕のことを神のように信望するやつ。大脳摘出してイエスマンと化しているやつ。当たり前にように荒らし行為を繰り返すやつ。

 コメント欄を荒らすまでなら良かったんだけど、当たり前のように僕の家の住所も知っていたし、リアルでのイタズラ行為も多かった。


 散歩配信をしていたらエアガンで撃たれた日もあった。この日ばかりはどうしてこいつらを相手に配信してるんだろうと憂いもした。


 標的が僕である限りは笑い話で済ませるつもりだった。

 だから、イタズラ行為が実家にまで広がろうとした時には本気でキレたし、祢巻が高校受験をする年になると、邪魔にならないように配信を辞めることにした。


 キレてもイタズラを続けていた視聴者を始末するために、一人暮らしもやめて、実家に帰った。

 それがハレとケの顛末であり、僕がニートになった顛末だ。


 ちなみに、僕が元配信者であることを祢巻は知らない。

 教えるほどでもないと思ったし、いざ検索されて配信中の僕とかコメント欄を見られて軽蔑されたらたまったものではないからだ。


 配信者なんて、奇矯な暇人のやることだ。

 昔はそんなことを思っていたのだが、時代は変わるもので、配信者は今やインフルエンサーで、芸能人で、アイドルで、人気者だ。

 配信者が芸能人になり、芸能人が配信者になる時代。

 縁が無いと思っていた祢巻ですら、VTuberという形で配信を始めたいなんて言いだすのは、想定外もいいところだった。


 さらに想定外なことは、祢巻の視聴者に僕の視聴者が紛れ込んでいたということだ。

 どうやらマイクの切り忘れで入った僕の声が『ハレとケ』の声だということに気づいた視聴者が、他の視聴者たちを集めてきた。というのが、今回の配信の盛り上がりの理由らしかった。


「いやあ、世界が私の魅力に気づいちゃったかーー」

:調子のるな

:企業勢以下だぞ


「ごめん、視聴者数5桁の高みにいるから声が遠くて聞こえない。もっと大きな声で話してくれる?」

:ムカつく

:は?

:は?


 祢巻は明らかに調子にのっていた。

 お前の魅力に皆気づいたわけじゃなくて、僕の視聴者がなだれ込んできただけなんだ。ごめん。


 しかし視聴者たちも残酷だな。僕目当てなら「おにいってハレとケなんですか!?」みたいなコメントがあふれてもいいだろうに。

 祢巻に配信していたことがバレないのは嬉しいことだけど、奇妙なのは確かだ。


 僕はDMを送ってきた視聴者の中から、比較的まともそうで捨て垢ではないと思われるプロフを選び、DMを返してみることにした。


『どうして僕がハレとケだってコメントで言わないんだ?』

『ハレさん、VTuberに中の人話は御法度ですよ』

 思ったよりちゃんとした理由だった。

 VTuber文化に理解を示してるんじゃあない。荒らしばっかのくせに。


 配信が妙に伸びている理由は分かった。

 しかしそのせいでもうひとつ問題が発生していた。


 今回の配信は、考えてみれば有名配信者が零細配信者にレイド(視聴者をそのままそっくり他のチャンネルに送り込むシステム)した。みたいな話に過ぎない。

 もちろん、一時的に視聴者数はハネるだろう。そんな動画はYouTubeにいくらでも転がっている。

 ただ。

 じゃあ、彼らがその後有名配信者になったか? と言えばそうでもない。

 中にはそれを機に伸びた配信者もいるが、殆どは沈んでいく。


「なに、私の声がかわいいって? えへへー分かってるじゃんー」

 ヘッドホンからは蕩けきった祢巻の声が聞こえてくる。

 確かに祢巻の声は可愛い。世界一可愛いことは、この僕が保証しよう。

 可愛くないって言うやつは全員殺す。


 ただ、ただ可愛いってだけで人は残るだろうか。

 可愛いってだけで、面白いってだけで、良い声ってだけで、お調子者だからってだけで、人は残らない。


 


 僕はきっかけに過ぎない。

 彼らは果たして、祢巻に興味をもって残ってくれるのだろうか。


「あ、そろそろお風呂の時間だ。今日の配信はここまでだね。おにいもありがとね、おやすみー!」

:おやすみー

:おやー

:おつ

:風呂!?


 配信が終わる。

 どたどたと走る音が廊下からしたと思うと、ドアを勢いよく開けて、祢巻が僕の部屋に飛び込んできた。


「おにい! やったよ! 配信者急上昇ランキング2位だって! チャンネル登録者数も一気に増えたし、私超有名人だよー!」

「良かったな……」

 勢いそのまま僕の腹に突っ込んできた祢巻の頭を撫でた。

 祢巻は「えへへへ……」とだらしない笑みを浮かべている。


「嬉しいんだ。私嬉しいんだ。だってこんなに視聴者増えたの初めてだったから。頑張ってきたかいがあったんだね、私!」


 い、言えない。

 今の祢巻に『実は今日の配信のバズはお前の頑張りが実ったわけでもなんでもなくて、僕の視聴者がなだれ込んできただけなんだ』なんて、死んでも言えない……!


 ……決めた。

「あのさ、祢巻」

「なに、おにい」

「僕もVTuber、一緒に続けてもいいかな?」

 祢巻と一緒に、配信活動をしよう。

 今日のバズを持続させるために。祢巻にショックを受けさせないために。

 視聴者が祢巻に興味をもつように。

 僕が祢巻を人気配信者に仕立て上げよう。


***


 寝戸よるるch./YoruruNeruto ch.

 チャンネル登録者数 2017人→32万2000人

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