【カミングアウト】兄初登場で同接が異常に増えてしまった寝戸よるる
「じゃ、おにい。準備は良い?」
Discordから祢巻の声が聞こえる。
一緒にVTuberをやってほしいと言われてから3日後。
僕と祢巻はお互いの部屋で配信の準備をしていた。
僕のパソコンのモニターには、急いでつくったアバターが表示されている。
あくまでもチャンネルは『寝戸よるる』のものなので、夢喰いのバクをモチーフにしたミニキャラにした。表情はそこまで動かないが、喋るたびに鼻提灯が動く。
名前は1回ぐらいしか使わないだろうから、いつもの呼び方の『おにい』になった。
我ながら、3日でつくったにしては結構完成度高いんじゃないか?
「いいよ、いつでも大丈夫」
「じゃあ、配信開始ー!」
『寝戸よるるch./YoruruNeruto ch.』から配信の通知が来る。
チャンネルを開いてみると、寝戸よるるが眠たそうな目をして、体をふらふら揺らしていた。
配信タイトルは『先日の炎上について』だった。炎上してないだろ。
:お
:お
:おっすー
:おはよーー
コメントが動きだしたのを確認してから、寝戸よるるは伏し目がちにしずしずと言う。
「えっと、皆さん集まってきてくださってありがとうございます。今日はご報告したいことがあって配信を始めました……ぱしゃぱしゃぱしゃ」
:???
:時間稼ぎするな
:さっさと兄貴出せ
:兄いるんだろ
:兄だろ
:おにいちゃーん
「段取り考えてたのに!」
よるるが眠たげな目を見開いて大声をあげる。
はーー……と大袈裟なため息。
「分かりました分かりました。じゃあさっさと紹介するね、こちら私のおにいですカモン!」
画面にパっと横向きのバクが映しだされる。
:バクだ
:けだもの!?
:かわいい
:かわいい
:くさそう
「おにい可愛いって」
「臭いとも言われてるぞ」
僕が喋ると、バクの鼻提灯が膨らんで引っこんだ。
「そんなわけで初めまして、寝戸よるるのおにいです。妹がマイクをミュートしなかったせいで登場する羽目になりました」
:おにいだ
:おっすー
:おはよーー
:こんにゃらら~
:本当にいたのか
:ゲストなのに動く立ち絵まで用意してんのすごいな
意外と好感触だな。
コメントの流れを見ながら僕は思った。
女性VTuberの初めてのコラボ相手が男なのは、果たしてどんな反応をされるだろうとは思っていたが、存外普通に受け入れられているようだった。
僕が兄を名乗る彼氏だったらどうするのだろうか。彼氏の話を弟に変換する話術の重要性を知った。素直だね、彼ら。
「おにいはね、働いてないニートなんだよ。実家暮らしの穀潰しなんだ」
:俺と同じか
:こどおじ
「僕はもう一生暮らす分は稼いだリタイア勢だからな、就職してないだけのお前らと一緒にするなよ」
:あ
:やべ
:;;
:;;
:どれだけ貯金があってもおにいは俺と同じニートだよ~~^^
「お前の視聴者、ニート多くないか?」
「私もそんなつもりなかったんだけど……」
:お兄さんはニートになる前はどんな仕事をしていたんですか?
「あまりにも普通に敬語だったからビックリして拾っちゃった。おにいって前仕事なにしてたんだっけ?」
「えっと……自営業?」
嘘はついてない。
祢巻にも教えていないし、それに配信の場で言うのは身バレの可能性があるからだ。
:ダウト
:働いてたの嘘だろ!
:無職は自営業じゃないぞ
:見得を張るな
:働け社畜の如く
:ニートニートニートニートニートニートニートニートニートニートニートニートニートニートニートニートニートニート
:やっぱり労働ってクソだよな
「無職人狼判定はやくないか」
「ふふ、ふふ。ふふふふふふふふふふふふふ!!」
配信の音声をミュートにして、祢巻が震えるような歓喜の声をあげた。
「見てよ、おにい!」
Discordの画面共有でクリエイターダッシュボードが共有される。視聴者数の数字がリアルタイムでぐんぐんと伸び、今や1万人に達しようとしていた。
「いつもの視聴者数の1000倍だよ! 5桁だよ! 桁が違うよ桁が! 承認欲求満たしまくりだよ、ウナギノボリだよ、ドレフォン産駒だよ!」
「誰だ高校生に競馬知識を教え込んだやつは」
競馬はお金に余裕をもってする大人の遊びです。
でも減っていくお金にこそ脳がどろどろ溶かされます。
確かに増えている。『炎上について』なんていうタイトルに釣られてやってきた視聴者もいるだろうけど増えている。
でも――増えすぎじゃないか?
寝戸よるるは確かに収益化は果たしている。
けれども、今大注目のVTuberってわけではない。
あくまでも木っ端の木っ端な個人勢。
そんな木っ端個人勢の兄がでてきたところで、果たしてこんなに、視聴者が集まるものなのだろうか。
家族紹介なんて、元から視聴者を多く抱えている配信者だからできる『ファンじゃないと面白くない身内ネタ』だと思うんだけど……。
元から視聴者を多く抱えている。
そう、例えば……。
「どうしたの、おにい」
「……いや、ちょっと身に覚えがあって」
僕はスマホを手にとり、ニートになる前に使っていたSNSアカウントに、久々にログインした。
途端に、DMの通知がひっきりなしに鳴りだした。
『これ、ハレとケさんですよね?』
『寝戸よるるのおにいってハレとケさん?』
『絵4』
『復活したんか!!!!』
『お前だろこれ!!!!!』
『Vの妹いるとかもってんな』
「げ」
正解だった。
視聴者が増えた原因は、祢巻にはなかった。
僕が昔やっていたゲーム配信が、原因だった。
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