【Vlog】配信中にマイクを切り忘れた妹に巻きこまれてVTuberをやることになった僕は、彼女を人気配信者に仕立てあげることにした
空伏空人
#1
【炎上?】マイク切り忘れで謎の声が入ってしまう寝戸よるる
「おにい、暇だよね。ニートだし」
なかなか酷い言い草であったが、確かに僕は暇だったし、ニートだったし、お兄ちゃんだった。
なにも間違いはない。
椅子をくるりと回転させて振り返ってみると、妹が土下座をしていた。
16歳。高校生。
ボブカットの茶色い髪。
眉毛の長い吊り目。
いつも自信満々な顔をしていて。
ふんす。と鼻を鳴らすのが癖。
しかしその自信満々な顔は今は見えない。僕の部屋の床に額をぶつけているからだ。
「い、妹の土下座なんか見たくなかった!」
「おにい、お願いがあります!」
祢巻は土下座を一切崩さないまま叫ぶ。扉が開いたままなので、もし両親が部屋の前を通りかかったら家族会議ものだろう。
「祢巻、僕のことを土下座しないとお願いを聞いてくれない、強情な兄貴だと思ってるのか?」
「そういう風に思われるのが一番ツラいだろうシスコンだと思ってます」
「正しい」
今もずっと心が痛い。
ひとまず祢巻を土下座から起き上がらせる。
「それで、お願いってなに?」
「あのね、おにい」
祢巻はぱあっと華やかな笑みを浮かべながら言った。
「私と一緒に、VTuberになってほしいの!」
VTuber。
2D、あるいは3Dでつくられたアバターを用いて配信活動を行うもの。
ニートゆえに現実の流行には疎い僕だったけれども、インターネットの流行であるVTuberのことはさすがに知っていた。
というか、祢巻自身がVTuberだった。
青い水玉模様のパジャマを着込んだピンク髪の女の子。額にはアイマスクをつけている。
チャンネル登録者数はつい先日収益化が通ったぐらい。
ゲーム生と雑談を主に活動している、まあ有り体に言えば良くいるVTuberのひとりである。
寝戸よるるの中の人は花巣祢巻。我が愛しき妹だ。
つい半年前のことだ。
「VTuberって面白そう! やってみたい!」
「いいけど、なにを用意したらいいのか分かってる?」
「なにも!」
「おい」
祢巻は行動力の塊で、やりたいことを思いつくとすぐに行動に移す子だった。
同時に、行動力しかないので用意がまったく出来ない子でもあった。
だから寝戸よるるのチャンネル開設も配信の準備も設備も、なんならキャライラストもトラッキングも、全部僕が用意した。
つまりVTuber的に説明するなら、僕が寝戸よるるのママでありパパということだ。
祢巻のパパでママ。おいおい興奮するじゃねえか。
しかし。
「僕にVTuberになってほしい? どうして」
そのお願いの理由はよく分からなかった。
祢巻は唇を尖らせながら言った。
「おにいのせいで私、炎上してるんだよ」
***
つまりはこういうことらしい。
昨日、祢巻はいつものように配信をしていた。
やっていたゲームは確か、最近ベータテストが始まったばかりのFPSゲームだったはずだ。
結構注目されている新作ゲームだったこともあってか、いつもよりも視聴者が多かった。
僕も視聴しながらスパチャを送っていたからよく覚えている。
「でも、特に炎上する要素はなかったぞ。すごいヘタだったけど」
「おにい、私の部屋に来たよね?」
「あー」
確かに入った。
喉が乾いたからキッチンに麦茶を取りに行くと、母さんに「祢巻がプリント置きっぱだったから渡していて」と進路相談のプリントを渡されたので、祢巻の部屋に渡しに行ったのだ。
「でも、ちゃんと部屋に行く前に連絡したよな。僕」
「それがね……」
祢巻はばつの悪そうな笑みを浮かべる。
「マイクをミュートし忘れたみたいで」
僕とたわいのない話をしてから自分の部屋に戻ってみると、コメント欄がいつになく盛り上がっていたらしい。
:事故ってね?
:マイク切れてなくね?
:マイク切れマイク切れマイク切れマイク切れマイク切れマイク切れマイク切れマイク切れマイク切れマイク切れ
:誰だ今の声!
:男の声がしたぞ!
祢巻は顔の前でパンと両手を合わせる。
「お願い、おにい! 彼氏疑惑で炎上するのはイヤだから配信に出て!」
VTuberというのはアイドル的な側面も強いコンテンツだ。
彼氏がいる。彼女がいた。なんて話題がでたら、大体が燃えている。
まさか祢巻もそんな立場になるとはなぁ……。嬉しいような、悲しいような、ガチ恋勢を名乗る奴の息の根を止めたいというか。
僕はスマホを手に取り、SNSを確認する。
『寝戸よるる』『よるる』『#寝戸よるる配信してるよ』で検索。
:寝戸よるるってお兄ちゃんがいたんだなー
:よるる、おにいって呼んでるのめっちゃ可愛かった
:お兄ちゃんの声良い声だったし、兄妹共演してほしい #寝戸よるる配信してるよ
僕は祢巻にスマホの画面をつきつける。
祢巻は「えへっ」と舌をだした。
「つまり、炎上なんかしてなくて視聴者が兄妹コラボに興味をだしてたからやってみたいと思ったってことだな?」
「その通り! お願いおにい、いいでしょう!」
まあ、炎上してたなんてことより、全然健全な理由だったからむしろ安心したところはあるからいいんだけど。
妹にお願いされて、断るような兄ではない。
それに、さすがに配信1回だけで、僕の正体がバレることもないだろう。
僕はため息をひとつつく。
「まあ、しょうがない。1回だけだからな」
「やったあ! おにい、ありがとう! 大好き!!」
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