第5話

「薬莢、発見!」


みんなが一斉に立ち上がった。

隊長が確認しに行く。


「薬莢は発見された。捜索終了」


一同から安堵の声が漏れる。

俺は、見つけてくれた隊員のところに駆けつける。

まったく面識のない、他の科の隊員であった。


「ありがとうございます!!  ありがとうございます!!」


俺は何度も礼を言った。

しかし、なんでこんなところに薬莢が……

見つかった場所は、俺の突撃進路から少し離れていた。

おそらくは、野生動物が薬莢を見つけ、ここまでくわえて持ってきてしまったのだろう。

もし、遠くの巣穴まで持ち帰られたら、もっと発見は遅れていたかもしれない。


とにもかくにも、予想外に延長してしまった演習は、やっと終わることができた。

俺は、申し訳無さと罪悪感にまみれて3トン半トラックの荷台に乗り込み、駐屯地へと帰った。


* * *


休日は、ほとんどの隊員が外出許可をもらって街に出る。

しかし、俺はそんな気にはなれなかった。


演習後に家族や恋人に会う約束をしていた隊員の予定を、俺が狂わせてしまった。

そんな隊員たちのことを思うと、自分は外に出て楽しもうなどという気にはなれなかった。



俺は自衛隊に居づらくなった。

大人数に迷惑をかけてしまったのだ。


なんとか罪滅ぼしをしようと、夜の歩哨の当番を進んで引き受けたりもした。

しかし、心に深く刻まれた罪悪感を消すことはできなかった。


* * *


あの演習から1ヶ月が過ぎた。


消灯時刻を過ぎ、同じ部屋の仲間たちが寝静まったのを見計らい、俺はこっそり隊舎から出た。

そして、駐屯地と娑婆シャバとを隔てる金網の前まで来た。


金網の向こうには民家がいくつも立ち並び、道路は車が行き交っている。


駐屯地の外には、俺とは違う生活を送っている人がたくさんいる。


そんなことを考えながら、俺は駐屯地の外を眺めていた。

金網の上には、鉄条網が張り巡らされている。

入隊して1年に満たない俺は、営内での生活が義務付けられている。

休日の外出はすべて、許可制だ。

外出許可をもらっても、門限までには駐屯地に戻らないといけない。

もっとも、出世すれば外泊が許可されるようになったり、駐屯地の外に住んだりできるようになる。

俺にとっては、まだ先の話ではあるが。


俺は金網越しのシャバの世界を見続けていた。




「誰か!」



急に背後から大きな声で誰何すいかされた。

振り向くと、2名の歩哨が銃を構えて立っていた。


「はい、普通科第3中隊の小林二士であります!」


「消灯時間は過ぎている。なぜここにいる」


「はい、自分が悪くありました。あまりに月がきれいで、散歩をしたくなりました」


歩哨はじろじろと俺を見てくる。


「身分証を出せ」


夜なので、俺は迷彩服ではなくジャージを着ていた。

身分証をポケットから出したとき、財布を地面に落としてしまった。

歩哨は財布を拾い、俺に手渡した。


俺が侵入者ではなく、隊員であることは分かってもらえたが、規則を破って時間外に隊舎から出ていたのだ。

俺のことは報告され、処分されるであろう。


歩哨は言った。


「営内まで送る。前を歩け」


歩きながら、歩哨はさらに言葉を続けた。


「手紙は置いてきたのか?」


「!」


俺がなぜ、あの場所に立っていたのか、歩哨は全てお見通しのようだった……


「おまえの財布、随分たくさん入っているな」


そうか。それでバレたのか……


歩哨はさらに聞いてきた。


「話だけなら聞いてやる」


「……はい。実は、演習で薬莢を落としてしまいました……」


「あぁ、おまえだったのか。で、捜索になってみんなに迷惑をかけて申し訳ない、ってところか?」


「……はい」


「俺も昔、やっちまったこと、あるぞ」


「そうなんですか?」


「あぁ。俺は銃の部品を落としたことがある。見つかるまで3日かかったよ」


なんと、この歩哨も俺と同じ経験をしていたのか。


「おまえの気持ちはわかる。だがな、早まったまねはやめておけ。こういうことはたまにある。だからな、次はおまえが仲間を助ける番だ。自衛隊は官品の紛失にうるさい。何かなくなるたびに全員で捜索だ。なくしたやつが一番つらい思いをする。それはおまえが一番分かっているだろ?」


「はい」


「だからな、次はおまえが仲間を助けてやるんだ。自衛隊は連帯責任。いつも助け合いだ。そのことを忘れるな」


「はい。決して忘れません!」


隊舎が目の前に見えてきた。

歩哨は言った。


「小林二士、今日の件は記録には残さないでおいてやる。けど、このまま見過ごすわけではない。普通科第3中隊だったな。近々、お前の上官から話があるはずだ」


俺は営内の自分のベッドに戻った。

幸い、同じ部屋の仲間たちには気づかれてはいなかった。



* * *


数日後。

俺は班長に呼ばれた。

そして、こう聞かれた。


「小林二士。脱柵だっさくするとどうなるか、分かっているな?」


「はい。捜索され、捜索費用を請求されます」


「そうだ。そして捜索中、部隊は仕事ができなくなる。かなりの迷惑をかける事になる」


「はい」


あの夜、確かに俺は脱柵だっさくしようとしていた。

脱柵とは、いわゆる脱走のことだ。


無許可で駐屯地の外に逃げたり、あるいは、外出先から帰隊しなかったりすると、駐屯地の隊員から捜索される。

実家や友人宅など、すべて調べられる。

捜索に出た隊員の食費と交通費は、すべて脱柵者に請求される。


自衛隊を辞めたい、などと書き置きが残してあれば、脱柵の理由が分かりやすい。

一方、書き置きがない脱柵の場合は、事件に巻き込まれた可能性も視野に入れないといけないため、捜索が大掛かりになってしまう。

歩哨が、


「手紙は置いてきたのか」


と聞いてきたのは、こういうわけだったのだ。

あの夜、俺は自衛隊を辞めたいという趣旨の手紙をベッドの上に置いていた。


逃走にはお金がかかると思い、前日に貯金をおろして財布を札束でいっぱいにしていたことも、歩哨に脱柵を見抜かれた要因の一つだった。


* * *


あれから1年が経過した。

俺は自衛隊を辞めなかった。


今夜は俺が夜間の歩哨の当番だ。


月のきれいな夜だ。


バディと共に駐屯地の金網沿いに歩いていくと、営内者と思われる一人の隊員に遭遇した。


「誰か!」


銃を構えて俺は誰何すいかする。

ひょっとしたら、この隊員は脱柵しようとしているのかもしれない。


だとしたら、俺のやることははっきりしている。




まずは聞いてやろう、やつの話を。




俺は銃を構えながら近づいた。




< 了 >

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月夜の誰何 ~自衛隊あるある物語~ 神楽堂 @haiho_

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