第7話 草原を見よ
目を覚ますと大きな草原にいた。それより前の記憶はフレームの歪んだ車の中で火が出てじわじわと焼かれる時間。
痛くて怖かったが、後部座席の嫁や息子たちが無事であることを祈っていた。
まだ中学生の息子を置いていくには無念だったが、何でこうなったのか。草原に立った今ですら分からない。
助かったのか。この記憶は夢で、元々家族とこの草原に遊びに来ていたのではないか。私はそう思い、周囲を見渡した。
ずっと平面の草原。誰かに届かないかと思い、声を出した。おーいと叫んでもこだましか聞こえない。ますます怪しい。
正面を向くと小さな女の子が立っていた。驚いて変な声が出た。女の子は深々と礼をしたので、こちらも返してしまった。
「おめでとうございます。現世から離れてしまったあなたはこの権利を得ました。特別な事です」
「あぁ、どうも」
うつしよ? なんだそれ、変な夢かそれとも脳が苦痛を避けようとしているのか。
「あなたは選ぶことが出来ます。人間の生死に関わることなので、しっかり考えてください。一つ目、あなたと息子が助かる。二つ、あなたと嫁が助かる」
「ちょっと待て。一体何なんだ。幻覚か?」
「そう思われるのは勝手ですが、しかし当たりは当たりなので、そして三つ目、あなただけが助かる」
「嫁と息子二人ともは無理なのか?」
「えぇ、無理です。助けた方は何故自分が助かったのか理解しています。特別なので体験版があります」
「え、何を」
急に景色が変わった。家だ。変な夢だったな。
部屋は荒れていた。何かがこぼれた後や、散らばる置物。あれは沖縄に行った時に作ったシーサーだろうか。何かが腐ったようなにおいもする。
「おい、出てこないか。母さんも困っているぞ」
中からブツブツと聞こえるのは「絶対やだ」という声だった。妻がいなくなってから、息子の
「後部座席のお二人は意識がないですが、お助け出来るのは時間的にお一人です。旦那さんはお助け出来ます。選んでください」
そう選択を迫られた。
「どちらも」
「それは出来ません」
その時、嫁がうわ言のように、たからと呼んだ。この時点でこうなることは分かっていたのに分かっていなかったかもしれない。
引きこもってもう三ヶ月だ。
「どうでした?」
「耐えることが出来ない」
「では嫁を」
家だ。部屋は暗く。部屋の隅に生気を失った目をする嫁が座り込んでいた。あの事故の時に命の選択をレスキューに迫られた。
息子の宝は意識が無い中で、母さんをとつぶやいた。その時点で覚悟が決まったはずなのに、決まっていなかった。
「どうして私なの。宝じゃないの?」
何度説明しても嫁は分からなかった。痩せていく身体、肉感があった身体はすっかりしぼんだ。
「もうすぐ逝くからね。宝」
そう言って、何も話さなくなった。
「耐えることが出来ない」
草原に戻った。俺を生かしてくれとは言えなかった。
「無理だ。決めることが出来ない」
「仕方ないですね。みんなここへ呼びましょう」
「ここ?」
「全員来たらあなたは苦しまずにみんなで成仏出来ます」
将来がある息子、理解のある妻を殺したくない。でもどちらかを亡くすとあんなことになるなんて苦しい。
「それで頼むよ」
「それではみなさん呼びましょう」
息子や嫁が草原の奥から手を振っている姿が見えた。きれいな様子だ。私みたいに火傷も無い。みんなで逝ける。
目を覚ますと大きな草原にいた。それより前の記憶はフレームの歪んだ車の中で火が出てじわじわと焼かれる時間。
「おめでとうございます。現世から離れてしまったあなたはこの権利を得ました。後部座席の息子さんと嫁さんのどちらを選びますか?」
いやに既視感があった。
僕は人を殺してみようと思った。 ハナビシトモエ @sikasann
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