終章:エピローグ


その日は雪だった。でも雨や雪でも広場に仮屋根を渡し、焚き火で暖を取りながら食事をする。

カガンが鬼人のニイラ、タンタと一緒にあたしおれの隣に座った。あれ、珍しくアムネさんが席を譲ったな?反対側はもちろんハタ。

「えーっと、何か企んでる?カガン」ちょっと突っついてみる。

「人聞きが悪いな。ちょっと頼みがあってな。この二人に夜這いの許可くれねえか?」

カガンがニイラとタンタを指してあたしおれに耳打ちする。

「えっ?」この二人、そんなに仲が良かったっけ?

「ここじゃおめえの許可が要るんだろ?まあ、鬼人と言えばこの四人だけだ。おめえにはハタが居るし、俺達の子孫を残すにはこの二人がちょうど良いって話になってな」

「そんな理由?」あたしおれちょっと面食らった。随分ドライじゃない?

「わたい、子供が欲しい。ずっと欲しかったけど許して貰えんかった」ニイラは悪びれずに言う。

「ふうん?そういう理由ならニイラの相手がカガンでも良くない?」

「い、いや、俺はちょっとな、他に、その」おおっ?初耳だぞ。

「ほうほう、誰かな?その他にってのは」ここは追求するとこだよね。カガンがねえ。

「い、今はその話じゃねえだろ?」おー、焦ってる。

話を聞きつけた皆の生温かい視線がカガンに集まる。

「その話しろよー」

「いやに身持ちが固いと思ったらそうかあ」

「はけはけ、楽になるぞー」

「きゃー、誰それ、あたいじゃないよね」

囃し立てる囃し立てる。カガン切羽詰まった。

「くっそー、てめーら。良いよ解った。言うぞ」カガンが立ち上がった。

「アムネ。おめーだ」びしっと指を指し、どかっと座り込む。顔が赤く見えるのは焚き火のせい?

アムネさん、飛び上がった。手で口を覆い、ふるふるしている。目が泳いでるよ。

まあ、意外でもなかった。二人の雰囲気がどんどん良くなっているのは感じてた。でもカガンはああいう奴だし、アムネさんはこの手の事にはまるで疎い。甘い話なんか出なかっただろうな。

これは良い機会だ。あたしおれはアムネさんに近寄って肩を抱いた。

「アムネさんはどうなの?カガンで良い?」

「わ、わ、私・・私・・・」唇がわなわな震えてる。

一斉に静かになった。皆が聞き耳を立てる。

「私も・・・カガンが良い・・・」細い声で言うなり、両手に顔を埋めしゃがみこむ。よし、良く言った。

広場はどっと歓声に湧いた。

あたしおれはカガンをアムネさんのところに引っ張っていき、

「ほら、男でしょ、優しくしてあげなよ。で、夜這い許可ね」と背中を押す。

それからニイラとタンタの後ろに立った。

「とんだ茶々が入ったけど、二人とも良いのね」

「ニイラとはずっと一緒だったしな。気心は知れてるから俺に依存はねえ」二人で頷き合う。

「赤ちゃん待ってるわ。早くあたし達の仲間が増えると良いわね」これは鬼人であるあたしおれの本音。

二人の肩をポンとたたく。こういう関係もあるんだな。

新居作るのは雪が上がってからか。早くやむと良いのに。あ、神ルシュに頼めば良いか。


――――


秦野先生がその後、どうしたのか気になった。

焼かれたのは向こうの世界の巫女で先生は無事だろう。そう思ったが、やはり確かめたくなった。ミクル村へ出かけて聞くと最近は顔を出さないらしい。間借りしていた農家にも戻っていないという。本来の住所を聞いて訪ねてみることにした。

電車を乗り継いで地方の小都市の一画。ごく普通の一軒家で表札をみつけた。

インターホンを何度か押してもなかなか返事がない。留守かと思って帰ろうとするとドアが開いた。

髪はぐしゃぐしゃ、キャミソールにセーターを羽織っただけのあられもない姿。目の下に隈ができてる。

あたしをじーっと見たまま何も言わない。酒臭い。昼間っから飲んでるのか。

「あれからどうしてるのかと思って。元気・・・じゃないですね」

「ふふん。笑いに来たの?」

「まさか、心配してたんですよ。えー、あんな事の後ですからね」

秦野先生、あたしの手土産の酒瓶をちらっと見て頭をぐしゃぐしゃ掻いた。

「まあ、良いわ。上がって」

居間に通されるとひどいことになっていた。ソファや床には衣類や空き缶、空き瓶などが散らかっている。テーブルの上はカップ麺の空容器なんかが山のよう。独身男でもここまでじゃないよね。

部屋に入るなり、秦野先生、酒瓶をひったくってそのままごくごく飲み出した。

「飲み過ぎじゃないんですか、先生」

「望月クン、あなた死んだことある?」突然そんなこと言い出した。

「それもひどい死に方。熱くて熱くてちぎれるように痛くて、苦しくて、叫んでももがいても逃げられない。意識をこっちに持って来ても流れ込んで来るの。恐ろしくて絶望的で耐えられないあの気持ちが」

先生は両手で肩を抱きしめ体を揺すり出す。あの体験がトラウマになってるんだ。

「思い出すと気が狂いそうになる。寝てもあの夢を見て目が覚める。どうしてなの?どうして私がこんな目に遭うの?どうして望月クンは何ともないの?私はあの世界を救おうとしたのよ。それがどうして悪いの?何なのよ、もう」秦野先生は泣きながらあたしの胸ぐらを掴んで揺すりだした。

あたしは失敗したかもしれない。秦野先生が探りを入れてきたとき、正直に打ち明けていればあの世界に持ち込んじゃいけない物を伝えられたかもしれない。こんな結果にならずに済んだかもしれない。

そう思うと何となく放っておくのは悪い気がした。

秦野先生はしばらく泣きじゃくっていたが、そのうち静かになって眠りだした。

あたしは彼女を寝室に運んで寝かせ、書斎らしき部屋のパソコンで親戚の連絡先を探し当てた。

状況を説明すると、夜には来ると言ってくれた。

それまでの間、居間や台所を片付けることにした。冷蔵庫は見事に空だった。一応水を冷やしておく。近くのコンビニに寄って適当に食べるものを買ってくる。何だかんだで夕方になってしまった。

台所でコンビニ弁当を食べていると、秦野先生がよろよろ入ってきた。とりあえず冷えた水を汲んでやる。

「何だか迷惑かけたみたいね」と、水を飲む。お、正気に戻ったな。ちゃんとガウンを羽織っている。

「まあね。飲み過ぎはだめですよ。何か食べられますか?」

秦野先生、首を横に振る。まあそうだろう。二日酔いの真っ最中の筈だ。そのまま寝室に戻って行った。


三日後、もう一度訪ねた。もう随分と落ち着いた様子だった。夜は睡眠薬を処方してもらってるらしい。

「俺が向こうと繋がってるっていつ気が付いたんですか」

「ブログを見たとき。だってあの世界のまんまだもの。でもまだ半信半疑だったわ。キミが“ミクルの里”って口を滑らせたとき、確信したんだけどね。だけどどうしてあんなに隠していたの?」

「“山向こうのシムリの森”って言ったでしょ。だから“狩る者達”に違いないって思ったんです。ずっと“狩る者達”を警戒してました。山向こうから難民や盗賊が来てましたから」

あたしはミクルと翔太が繋がってからの出来事を話し、先生からは山向こうの話を聞いた。

「私が繋がったのは夫と二人で自動車事故に遭った時よ。本当は死んでたはずが神ニーヴァのおかげで私だけ助かった。繋がった相手はランカという下女。奥地の北西のはずれの神殿だった。大火災で森林の三分の一が焼けちゃって深刻な獲物不足になったのは知ってるわね?」

「鬼人達を焼き殺そうとして火を付けたらしいですね」

「馬鹿な連中よね。で、神ニーヴァは“強き者”を大勢亡くしてしまう事を恐れて、異世界の知識で何とかしようとしたわけ。でも、ニーヴァ神殿の連中は私の言うことに耳を貸さなかった。お互い争うばかりで信者の事なんか考えない。人がどんどん死んでいくのにね。それで腹をくくったの。一年ほどして、私は巫女と神官達全員に服従の呪をかけた。それから山側やシムリの神殿に援助するよう頼んだんだけど、どこも言うことを聞いてくれない。ニーヴァの神殿は神殿同士でも仲が悪かったのよね」

「今でも揉めてますよ」

「で、神殿に頼るのは諦めたの。根本的な問題は“狩る者達”が狩猟だけに頼ってる事なのよね。彼らに農耕をさせるのは文化的に難しいので、牧畜を普及させるのが現実的だと思った。でも人はどんどん死んでいく。時間的な余裕は無いから強硬手段を取るしか無かったわ」

「それが“覇者”ですか」

「それはかなり経ってから。最初は神殿周りの四部族に呪を掛けて家畜を育てさせた。呪を掛けないと家畜を全部食べてしまうから仕方なくだけどね。軌道に乗るまで十年もかかったわ。それから周りの部族ひとつずつ攻め落として家畜の飼育を教え込んだの。“覇者”は呪をかけないで従わせる手段だった。その間、神殿を通して家畜を飼うよう、呼びかけたんだけどね」

「効果はありましたよ。かなりの部族が家畜を飼うようになったみたいですね」

「そうね。そこで止めておけば良かったのかしら。あの時は全部の部族をまとめたかったのと、ニーヴァ神殿を何とかしたかった。シムリ地方の神殿も含めてね。大火災のようなアクシデントに対応できるような社会体制を作らなきゃって思ったの。そのためにも文化的な底上げが必要だって」

「多分、今はシムリがその役を果たせますよ。ルシュ神殿もそうですが、ニーヴァ神殿も今回シムリ側に付いた所は頼りになります。山向こうはまだまだ時間がかかりそうですが」

「ミクルの里も一役買うわけでしょ?」

「アドバイザー的な立場でね」

「ふふ、望月クンらしいわね。でも、こうやって向こうの話が出来て良かった。何だか色々溜まってたみたい。泣いて気持ちが落ち着いたわ。まだ怖いけど。来てくれて助かった」

「俺も向こうの話できるの先生しか居ないですから。時々来て下さいよ」

「そうね。でも私はもうあの世界を見ることはないんだわ」

「俺が見聞きしたことで良ければお話しますよ」

秦野先生は遠い目をして微笑んだ。


――――


春頃になるとシムリ地方はすっかり落ち着いて種まきの支度に入っていた。山向こうは“覇者”が居なくなってしばらく混乱状態だったが少しずつ収まってきたらしい。家畜の飼育で食糧事情が改善された事もあるだろう。山向こうからの盗賊などの侵入は今のところ無い。ニーヴァの神殿は相変わらず内輪もめが続いているそうだ。シンロイは里に残って良かったと苦笑いしている。

カガンとアムネさんは新居で仲良く暮らしている。アムネさんがあまり長くあたしの所に居るとカガンが呼びに来る。カガン、意外に愛妻家。ハタとあたしおれの前で口論してると夫婦漫才みたいで面白い。


あたしおれは俺の世界の記録に戻る事にした。しばらく中断していたからね。でも、なんかなあ、集中できない。体調があまり良くないみたいだ。時々ふらつくし食欲も落ちたようだ。気持ち悪くなって吐きそうになることもある。過労って事無いよね、あたしおれに限って。深夜アニメの見過ぎ?それとも飲みすぎかな。

筆写をしているとき気持ちが悪くなって突っ伏してしまった。うっ、うっ・・・

ハタがものすごく心配してシンロイを呼んでくれた。

シンロイはしばらくあたしおれの体を探って、聞いた。

「ミクル様、生理はありますか?」

「ん?・・・そう言えばこの所無いかな・・・」

「ふふ、悪阻つわりですよ。しばらく続きますが心配要りません」シンロイ、満面の笑顔。

悪阻つわり?悪阻つわりってつまりその――えーっ?

「俺達の赤ちゃんが出来たんだよ。やったな、ミクル」

ぽかんとしているあたしおれの頭をでハタが両手でくしゃくしゃした。


胸が一杯になって何も言えなかった。


八年もできなかったのに。

鬼人のあたしおれにはもう出来ないかと思っていたのに。

里の皆がねたましかったのに。


急に涙が溢れてハタの顔が滲んで見える。

あたしおれとハタの赤ちゃん?嬉しい・・・嬉しい!


ハタがあたしおれの涙を拭って抱きしめてくれた。

それだけで、もやもやした気分が一気に吹き飛ぶ。


「おめでとうございます、ミクル様」そういうアムネさんも涙流してる。

「激しい運動は避けて下さいね。それから体を冷やさないように」シンロイの優しい声が身に染みる。

そこへカガンがやって来た。

「アムネ、またここで長居してんのか、って何泣いてんだ?」

「ミクル様にお子ができたんです」

「なにっ?――じゃ俺達にも出来るって事か!」カガンが手を打つ。

「人前で何言ってるんですか。おめでとうの一言ぐらいおっしゃいよ」アムネさん、カガンを小突く。

「だってよ、人と鬼人の間じゃ子供は出来ないんじゃないかと思ってたからさ」

カガンはいきなりアムネさんを抱き上げ

「よーし、俺達も頑張る!」にぱって笑ったぞ。

「馬鹿あーっ!」アムネさん、真っ赤になってカガンの頭をぽかぽか殴った。

「みんなあー!ミクル様がお目出ただよー」シンロイが入り口で叫ぶ。軽いとこあるんだよね、この人。


それを聞きつけて里の皆が集まりだした。

あー、宴会になるな、今夜は。既視感デジャビューあたしおれ、食べられるかなあ。お酒は止めといた方が良いよね。

思わずお腹に手が行く。出来たんだ、赤ちゃん。あたしおれにも。じわじわ実感が湧いてきた。


そうすると俺も出産を経験するわけか。

そうよ、怖い?ショータ。まあちょっとな。でも楽しみでもある。

秦野先生に良い土産話ができるね。お祝いしてくれるかな。男のくせに、とか大笑いするんだろうな。


あたしおれは筆写に戻るのを止め、ハタにもたれてしばらく物思いにふける。

大虐殺から生き延びて。

奴隷から神使になって。

里を作って、皆で暮らしを良くして。

ハタと再会して、結ばれて。

敵を撃退して。

そして赤ちゃん。

色々あったな。本当に幸運だったな――――


ハタがあたしおれの頭を抱いて軽くとんとんしてくれる。気持ちの良いリズム。優しいな。

目をつむる。ああ。幸せ。凄く幸せ。泣きたいくらい。実際泣いてるかも。笑いながら。


ふふ、ショータも幸せ?

ああ、当然だろ、ミクル。あたしはもうあたしおれなんだから。


あたしおれはいつの間にかとても気持ちの良いまどろみにふんわり溶けていった。

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パラレル ― 異世界の鬼っ娘と繋がった俺 G.G @hharikawa

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