【番外編SS】Merry Merry Christmas


 バイバーイと手を振ってどんどん教室から出ていくクラスメイトたち。

その行き先は友人や恋人のもとだったり、家やバイトだったりとそれぞれ。

 今日はクリスマス。過ごし方は様々だけれど、特別な空気感がただようこの日。

それなのに、今はもう放課後。


「はぁ……」


思わずため息が出る。


(こんなに時間あったのに、なんでまだ渡せてないの私……)


鞄の中、淋しそうな赤い包みを見つめた。


「あ〜もうめんどくさい!」


コートのポケットに包みを入れて投げやりに言った。

雅也にあげるクリスマスプレゼント。

ほんとはもっと早く渡すつもりだったのに、朝は二人そろって寝坊したから遅刻ギリギリでそれどころじゃなかったし、休み時間は雅也の周りに友達が群がっているのを見て断念。

お昼休みこそはと意気込んでいたら、「さっき彼氏と別れた〜!」と友人が泣きついてきたためこれまた断念した。



 そんな具合にタイミングを逃してずるずると時間は過ぎていき、とうとう放課後。

家に帰ってしまうとなんとなく……なんとなく、渡しづらい。

ということは、残るチャンスはあと一度。

一人決意を固めていると、不意に後ろから肩を叩かれ、驚いて振り返った。


「うわー、引っ掛かっちゃったね?」


振り返った瞬間、後ろに立っていた雅也の指が頬に刺さった。


「……地味にムカつくんですけど」


雅也は不機嫌になった私を見て、指を刺したまま満足気に笑った。


「ハハッ、おまえの王子た……王子様が迎えに来ましたよ〜。帰りましょ」

「噛んだからイヤ」

「そこはつっこむなよ」


軽口を叩き合いながらそのまま教室を出て階段を下りて校庭を横切って。

そこまではよかった。でも校門を出た瞬間、


「……………………」

「……………………」


 急な沈黙。いつもなら気にならないのに、今日は変に緊張してしまう。


「ちょっと、いきなり黙んないでよ」

「はあ? おまえこそ突然静かになるなよ」

「雅也と違って私は元々静かじゃん」

「そんなことないだろ」

「そんなことあるもん」

「なん、急に。怒ってんの?」

「いや、別に怒ってないけど……」


自分でも言動がおかしいのはわかっている。何しろ私は雅也にプレゼントを渡すのに慣れていない。

私たちが付き合い始めたのはつい最近のことで、それまでは二人とも家族のように接していたから、クリスマスに改まってプレゼントなんてあげたこともなかった。

つまり、これが初めて。

どうしよう。無駄に緊張する。


「あき」


隣に並んで歩いていたはずの雅也はいつの間にか後ろにいた。けっこうな距離がひらいている。


「え、何?」


尋ねると雅也は手招きをして私に近くに来るよう促した。

駆け寄ってもう一度尋ねる。


「何?」

「あっち向いて、ちょっと目つぶって」

「は?」

「いいから、ほら。早くつぶれ」

「えぇー?」


不審に思いながらも私は言われた通りに指を差された方を向いて目を閉じた。


「いいって言うまで開けんなよ?」

「うん……変顔とかやめてよね」

「いいからじっとしてろって」


不意に背中に温もりを感じた。雅也の腕が私の両肩にゆっくり伸びてきて、思わず強張る。


「ちょっと、何?」


抱きしめられるのかと焦ったそのとき、


「はい、おわり!」

「痛っ!」


雅也はいきなりそう言って私の肩を叩いた。


「ちょ……は? 意味わかんない、どういうこと?」


わけがわからずあたふたと振り返った私を見て雅也は「あ、まだだった」と呟くと、肩下まで伸びた私の髪に手を伸ばして、丁寧な手つきですくい上げた。

途端に気が付いた感触。


──首に何かある……。


 思わず触れようとした私の手を制して、どこから出したのか雅也が私の前に手鏡を差し出した。


「うそ……」

「何が嘘なんだよ」

「どうしたの、これ」

「おまえのために買ったに決まってんだろ。どーよ、気に入った?」


雅也は照れ隠しをするように、得意げに笑った。

気に入るも何も、首元でキラキラ揺れるそれは、ずっと前から欲しかったネックレスだった。


「なんで?」

「なんでって、クリスマスだし。ずっと欲しがってたじゃん、それ」

「えっ、なんで知ってるの? 言ったことないのに」

「そりゃおまえ、あんだけ店の前でガン見してたら誰だって気付くだろ」

「うそ! そんなことしてた!?」

「してた。店の前通るたびめっちゃ見てた」


 全然気付かなかった。うわ恥ずかしい……。


「あ、ごめん。やっぱ今の無し」

「は?」

「おまえのことならなんでもお見通し……」

「そういうのいいから」


反射的に返すと雅也は吹き出すように笑って、「ほら、泣くなって」と私の頬を今度は制服の袖でぬぐった。


「ありがとう」

「おう」

「ほんとに」

「おう」


(まさか雅也からのプレゼントなんて期待してなかったのに、嬉しすぎてどうしたらいいか……)


「あのさ」


内心テンパる私から少し離れ、雅也が口を開いた。

なんだろうと顔を上げると、


「それ、いつくれんの?」

「え?」


雅也が指差したのは、私のコートのポケットから少し飛び出して見えてしまっている赤い包みだった。


「あっ! いや、これは……」

「え、俺のじゃねえの?」

「いや、あの、えっと……、あ〜〜〜〜もう、そうだよ! ハイ、あげる!」


少しヤケクソ気味に渡したにも関わらず、雅也はそれをそっと受け取った。


「開けていい?」

「どうぞ」


包みを開ける音が聞こえてくる。

すごく気になるけど、なんだか反応が怖くて顔を上げられない。喜んでくれなかったらどうしよう。


「おまえ……」


雅也が小さく呟いた。


「はい……」


不安が増して私も小さく返す。


「すごいな! 俺これすっげえ欲しかったんだけど!」


顔を上げると雅也は黒い革の財布と私を交互に見比べて、満面の笑みを浮かべていた。


「え、待って! なんでわかった? 俺ガン見とかしてないけど!」


興奮気味に雅也が言う。どうやら相当驚いたらしい。


「ずっと前に雑誌見て欲しいって言ってたじゃん」

「そうだっけ? ヤバい、すっげぇ嬉しい! ありがとう!」


雅也は子どもみたいにはしゃいで私に抱きついた。道を歩く人の視線が一気に集まる。


「ちょっと! 見られてるじゃん、やめて!」


慌てて止めると、「見せつけとけ!」なんて雅也が嬉しそうに笑うから、つい私も笑ってしまった。







──すごく幸せだった数年前のクリスマスの出来事。


ねえ、雅也。

あなたは私にたくさんのプレゼントをくれたね。

それは物だけじゃない。

私はあなたから、本当にたくさんの「幸せ」というプレゼントをもらったよ。


「あきちゃん、探せた?」


おばさんが部屋を覗いて言った。


「うん、ほら」


私はおばさんに見えるようにゴールドに光るネックレスを掲げた。

指先から真っ直ぐ伸びてキラキラ揺れるその輝きは、あの日と変わらないようでいて、なんだか懐かしくもあった。


「あら綺麗ね~、見つかってよかった。ご飯出来たから早く下りてきなさいね。今日はクリスマスだから頑張ったのよ!」

「ありがとう、すっごい楽しみ! すぐ行くから待ってて」


そう言うとおばさんは微笑んで一階へ下りて行った。


私は今日、久しぶりにこの家に帰ってきた。

雅也と一緒に暮らしたこの家。

私の部屋は家を出たときと同じまま残されていて、なんだかじんときた。


「ほんと、きれい」


ネックレスをそっと着けてみると、ひんやりとした感触が肌に当たった。


『お、似合ってるじゃん』


どこからともなく、雅也の声が聞こえた気がした。


「当たり前じゃん」


私は見えない雅也に笑って答えた。

雅也から初めてもらった大切なプレゼント。

辛くて見ることも出来ずに、ずっとしまったままだった。


「今までごめんね……」


鎖骨の辺りで揺れる小さな白い石をそっとなでる。ひんやりとした感覚はすでに肌の温度に馴染んで消えていた。


「よしっ!」


勢いよく立ち上がってドアを開けた。


「おばさーん! お土産持って帰りたいから、お料理少し分けといて!」


大声で言って、私は階段へ向かった。


『ありがとうな、あき』


雅也が笑った気がした。




>>>end.

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コスモス 白雪ちゃん @munaita_atsuo

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