【カクヨムコン短編】濁点゛と半濁音゜が分からない

拗ねちゃま

ぱから始まる素敵な言葉

「キミはホントーにパカだな」


 僕の友達はよく誤字る。

 もっとゆっくり打てばいいのに、もっとゆっくり確かめればいいのに。

 これじゃあ、まるでどっちがか分からないじゃないか。

 でも、彼女は言うんだ。

 そっちの方が、アルパカみたいで可愛いって。



 🌸

 中学2年生の春、彼女と僕は出会った。

 小学生から友達のいなかった僕は、中学生デビューも見事に失敗した。

 1年の頃に友達は0、だから僕はもう開き直ることにした。


 僕に友達はいらない。


 どうせ人気になんてなれない、面白い人でもない、カッコよくもない。

 いじめられないだけマシだと思い、僕は2年生になって殻に閉じこもった。

 誰がなんと言おうと、出てやるもんか。

 意気込んだばかりなのに、彼女は簡単に現れた。


「うぃっす!」


 彼女は机で突っ伏す僕をいきなり覗き込む。

 当然、僕は声を上げながら後ろに倒れる。

 彼女は隣の席の女の子、同じクラスになるまで知ることもなかった人だ。

 あまりクラスの中心的人物では無い彼女だが、僕から見れば野に咲く花だ。

 僕以外の人間、全員がそう見える。


「……」


 僕の顔は今真っ赤に燃え上がってるに違いない。

 大声を上げ、クラス中の注目を一瞬でも集めたのは、舞台にでも立ってるような気分だ。


 声が出ないなんて気にしない。

 顔が赤いだけで、僕は今すぐにでも逃げ出したいんだから。

 倒れた椅子を起こしながら、僕もゆっくり立ち上がる。


「バカだなー、君は」


 なんともムカつく倒置法だ。

 相まって、必然的な上から目線も鼻につく。

 下から見た彼女だって、可愛い顔が台無しで馬鹿面だ。

 それに、何だって僕をバカ呼ばわりするんだ。

 残す授業もあと1つ、何も問題は……。


「今日は5時間だけって聞いてなかったのか?」


 どうやら本当に、バカのようだ僕は。

 朝礼の時に先生の話なんていちいち聞くわけがない。


 クラスも残る人は僕と彼女だけ。

 呆れ顔でカバンを背負う彼女の後を、気づかれないように遅れて僕も教室を後にする。

 といっても、最後に教室を出る僕には重大な使命があった。


 カギ、職員室に返しに行かなきゃ……。


 僕の学校では、教室を最後に出る人がカギを閉め、そのカギを職員室に返却しに行かなければならない。

 僕のような陰キャには、ヘビーなミッションである。


 とりあえずカギを閉めたが、僕はその場から動けないでいる。

 やったこともないミッションに、僕のハートはオーバーヒート寸前だ。


 そんな時、視線を感じた。

 廊下の奥からひょこっと顔を出す、例の彼女だ。

 ニヤニヤしている様子から察するに、僕の方も察せられているようだ。


「もーしーかーしーてー……」


 何か言いながらカサカサ近づいてくる。

 なんとも奇妙で、なんとも素早い。


「ひーとーりーでー……」


 ほとんど至近距離だ。

 手を伸ばせば届く距離、殴りたい。


「かーえーせーなーいーのー?」


 かなり痛いところを突かれてしまった。

 抑える衝動をひた隠し、僕は顔を赤くするだけで何も出来ないでいる。

 本当に、情けないったらありゃしない。


 しばらくすると、彼女は深くため息をついた。


「それ、私が返してあげようか?」


 思ってもいない施しに、僕はちょっとした感嘆詞と共に彼女の方を向く。

 そこに映るのは、ただの優しい女の子だ。

 手を後ろに組み、体を斜めにして問いかける彼女は、天使のように微笑んで語りかけてくる。

 と思えたが、表情は一変する。


「やっぱどうしようかなーーー???」


 訂正する、彼女は悪魔だ。


 結局、2人でカギを返す羽目になった。

 ミッションの内容がさらにヘビーになるとは思わなかった。

 こんな事になると知っていれば、さっさとカギを返しておけばよかった。


 並ぶ必要は決してない。

 何故か彼女は僕の横に並び、同じ歩幅で併走してくる。

 何度か歩幅と速さを変えても、卓越した反射神経で食らいついてくる。


 彼女はいったい、僕に何の用だ……。


「君、帰りはバス?」


 いきなり口を開いたと思えば、内容は大したことは無い。

 それに、バス停で20分も立ち止まって、目的がバスじゃなかったら何なんだ。

 少し考えれば分かるだろう。

 やはり、僕より彼女の方がバカなのだ。


 目の前に停まるバスに、なぜか彼女も乗ってくる。

 1年もバスを使ってるけど、彼女がバスに乗ってるところを見たことがない。

 つまり、彼女は意図的に着いてきている。


「よっと」


 当たり前のように僕の隣に彼女は座る。

 教室では隣の席にいた彼女だが、ここまで近くに並んだことは無い。

 服同士が擦れ合い、それに伝って彼女の感覚が僕の中に走る。

 何とも、むず痒い。


「わぁ海だ!」


 僕の学校は山奥にある。

 全校生徒数もそんなにいない。

 その帰り道、1箇所だけ海の見える道がある。

 僕からすれば珍しくもなんともない光景だが、彼女は小学生のようにはしゃぐ。


 だが、窓際にいるのは僕だ。

 彼女は僕にお構い無しに窓から顔を出す。

 目の前が彼女の制服で真っ白、少し透けて見える色。

 僕は、湯気を出して気絶した。


 バスを降りるや否や、彼女は徐にスマホを取り出す。

 カツカツと操作し、唐突に僕にスマホを差し出した。


「友達になろ!」


 本物の笑顔で僕を見る彼女に、僕は目を合わせられない。

 ただ指示に従い、僕は震える手で彼女とになった。


 僕は小さく手を振り彼女を見送ったが、いったい彼女はどうやって帰ったのだろうか。

 そもそも、彼女の家はどこなのか。

 疑問に思うが、何故か別に心配にはならなかった。


 彼女とになった夜、彼女からメッセージが届いた。


「キミカバンはみたー?」


 いったい何かと思い、当然僕はカバンを見る。


 僕は何度も確認した。

 底に眠るクシャクシャのプリントまで取り出し、何度もカバンを逆さにした。


 教科書が1つない。


 風呂から出たばかりなのに、嫌な汗が背中に滲む。

 すると、彼女からタイミングよくメッセージが追加される。


「キミはホントーにパカだなぁ」


 何の事か分からないが、僕は続きを見る。


「バスで教科書とられたのにきずかないんだー」


 あの女、絶対許さん。


「あしたがっこーで私ねー」


 僕はいったいどこから突っ込めばいいのか……。

 誤字が多すぎで、続きのメッセージが来るかどうかも分からないじゃないか。

 とりあえず、明日学校で渡してくれるようだから安心したいが、明日は土曜日、休みだ。

 まったく、パカは彼女の方だ。




 🌸

 土曜日と日曜日、彼女からのメッセージは1時間度に送られてくる。

 どれもしょーもないものばかりだ。

 一応目は通してあるが、僕はきっぱり無視を決め込む。


「ねぇー、何で無視すんのー?」


 月曜日の朝、彼女は当然の質問をしてくる。

 僕は学校でも無視を貫くと決めている。


 彼女は何度も突っ伏す僕を覗き込む。

 その度に顔の角度を変えるが、しつこく食らいついてくる。


「あ、教科書返すね」


 すっかり忘れていた。

 ちょうど次の授業に使うから、彼女の方から言ってくれて助かった、ありがとう。

 いや、そもそも取ったのは彼女の方だから礼を言うのは違う気がする。


 隣でカバンをひっくり返す彼女。

 僕の頭に嫌な予感が先行する。

 その予感を顔で表すのが上手いこと上手いこと。


 彼女はそっと僕の方を見る。


「ごめん、忘れちゃった!」


 今一度、本当に殴ろうか迷う僕であった。


 結局、僕は彼女の教科書を見せてもらうことになった。

 何も悪くない僕はただ怒られ、それを脇で笑う彼女はなぜか憎めない。

 僕は、単純なやつだ。


 机を合わせて彼女との距離が縮まる。

 バスの中での距離感と、ほとんど同じである。

 僕と彼女は1番後ろの1番端の席。

 それ故か、彼女は僕を何度も笑わせようとしてくる。

 腹が立つが、不思議と楽しい一瞬だった。


 学校が終わり、僕と彼女はバスに乗る。

 横に並ぶ彼女は、海が見えるとすかさず窓を開ける。

 目をつけられてしまった以上、この一連の流れに慣れるしかないようだ。

 でも、透ける色が違う度に、それはそれでいい気がしていた。


 その日の夜も、彼女からのメッセージは何度もやってくる。


「キミはホントーにパカだなー」


 お馴染みのセリフに、僕は少々笑みを零す。

 画面の奥で、今彼女がどんな顔で、何を思っているのか、想像するのが僕の楽しみになった。


 メッセージ、返した方がいいよな……。


 僕はずっと無視を決め込んでいたが、1回くらい返そうか本気で迷っていた。

 ただ恥ずかしい、それに間違いは無い。

 それが悔しくて、どんどん自分に自信がなくなっていく。


「あーまんげつだー!」


 彼女からのメッセージを見て空を見る。

 雲ひとつ無い夜空に浮かぶ確かな満月。

 人は悩みがある時、空や海を見ると気分が晴れるという。

 それは、自分の悩みがそれら以下の大きさだと知るからだ。


 僕は自分を奮い立たせた。

 次、次来たメッセージに返答しよう。

 僕はスマホを両手でしっかり持ち、メッセージが来るのをひたすら待った。


 メッセージは、お馴染みのセリフを残し、その日来ることはなかった。


 次の日、彼女は学校に来なかった。


 その次の日も。


 その次の日も。


 いよいよ、僕はメッセージを打つ決心をした。

 ただ、何て言おうかかなり悩んだ。

 病気で休んでいるとは聞いているが、励ましの言葉が僕の小さな脳ミソでは思いつかない。

 僕があーだこーだ悩んでいると、僕のスマホがメッセージを知らせる。


 彼女からだ。


「パカなキミへ」


 改まって、いったい何なのか。

 僕は宙を一瞬見て、視線を戻す。


「ともだちになつてくれねありがと)」


 いつもより酷い誤字に、思わず笑ってしまった。


 僕は、メッセージを送ろうとして、いつも送信を押さずに消してしまう。

 だが今回は、思わず笑ってしまった反動で送信を押してしまった。

 変な声で焦る僕だが、ここが家の中でよかったと心の底から安堵した。


 そして、今一度、僕のメッセージに目を通す。


「ぱなそう、明日」


 僕が最初に発した、唯一の皮肉だった。



 彼女は死んだ。



 重い病気だったのだ。



 僕の願いは。



 どこかに消えた。




 🌸

 後から聞いた話を、10年後の今思い出す羽目になった。

 彼女は重い病気で、1年の間全く通学出来ていなかったそうだ。

 本人の強い希望で、彼女は2年生になってから学校に通い初め、僕に最初に声をかけたそうだ。


 僕にとっても、彼女にとっても、初めての友達。


 今思えば、彼女の一つ一つの言動が意味を持っていた気がする。


 もう思い出すこともほとんど出来ないが、僕のスマホに残る、彼女の最後のメッセージはいつまでも残っている。

 それを見る度に、僕はどうしても、あの言葉が滲んで分からなくなる。


 僕は本当に、バカなやつだ。



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