クリスマス、恋に溺れないように

アールケイ

バイトのミスで恋に落ちる

 コンビニで死んだ目をしながら、手だけは作業を進めていた。

 簡単なことだった。今日はクリスマスイブだというのに、バイトに来いと、唐突に呼ばれてしまったのだ。断ればよかった話ではあるが、お相手があの先輩ということで、ついつい二つ返事で返してしまった。

 つまるところは、店長にいいように利用されただけだ。


悠真ゆうまくん、ちょっとの間レジお願いしていい?」


「はい」


 もうそろそろバイトを初めて半年になる。少なくとも、一通りの業務はできるようになった。

 さっきまでは商品の補充をしていたのでこの死んだ目でもよかったのだが、レジとなれば少しはシャキッとすべきだろう。頬を両手で叩き気合を入れる。その音に先輩も「気合入れてるねー」なんて茶化してくれた。


「いらっしゃいませー」


 とりあえず、元気よくそう言ってレジに立つ。視界にイチャつくカップルが見えると呪いの文字が脳裏をよぎりながら、淡々と作業を進める。

 しばらくそうしていると、先輩がレジに戻ってくる。


「代わってくれてありがとね。いやー、大変でしょ?」


「そっすね。クリスマスイブになんでバイトなんすかね」


「いいじゃん。私と一緒だし?」


「そっすねー」


「もっと喜びなさい」


 口ではそう言うが、内心では喜んでいる。というか、童貞の高校二年生とか、そんな言葉でも俺に気でもあるんじゃないかと思ってしまう。純情な男心を弄ぶのはやめて欲しい。

 まあ、弄んではないんだろうけど。一人で盛り上がって、一人で萎えるだけ。


「あ、お客さん来ちゃった。ほら、仕事してきて」


「はい」


 そんなわけで、また死んだ目に逆戻りした俺は、手だけを黙々と動かすことにした。


 作業もあらかた終わり、一休みするために椅子に座ると、疲れがどっと押し寄せてきた。


「はぁー」


 思わずそんなため息が漏れる。

 どうやらずっと動きっぱなしで疲れていたらしい。


「あー、サボってるね」


「違います。これは休憩です」


「はいはい、そういうことにしておくよ」


「そういう先輩こそ、今日は少しイライラし過ぎでは?」


「ほんとにそう思う?」


「えっ?」


 唐突な低音ボイスに、戸惑いが隠せない。いつもの先輩は明るく元気で弱音なんて吐かない、まさに優等生な人だ。それだけに、バイト入ってから一年そこそこなのに店長からも信頼されている。そして俺も、そんな先輩を尊敬している。それ以上に、好きでもある。

 好きになった理由はもう単純で、バイト初めてすぐの頃、開封してはいけない商品を開封してしまうというミスをしたとき、先輩に助けてもらったからだ。

 当時の俺は不安で、どうしていいのかわからず、ただただあわあわしていた。けど、先輩に「大丈夫だよ」って言ってもらえただけで安心できた。ただそれだけ。

 優しくされただけで好きになるとかちょろいのかもしれない。それでも俺は好きになってしまった。その事実は変わらない。恋とはそういうものだから。


「なーんてね。それじゃもう少しでバイトも終わりだし、最後まで頑張って」


 最期にウインクをぶちかました先輩に、俺はすでに心まで打ち抜かれているが、さらに打ち抜かれてしまった。いわゆる尊死であった。

 それからバイト終わりまでの一時間、テキパキと、それまで死んだ目で作業していたのがウソであるかのように仕事を終わらせた。


「おつかれー。あとは夜勤に任せよっか」


「すいませんでした!」


「いや、いいって」


「ちょっと気が抜けてました。商品の陳列棚倒すとは思ってなくて」


「大丈夫だって。それより、ケガしてない?」


 ああ、ほんとに優しい。内心ではどう思ってるのかはわからない。けど、彼女の声も、表情も、そのどれもがもう慈愛に満ちている。


「大丈夫です」


「そっか。それならよかった」


「今日はこれ失礼します。お疲れ様です」


「はい、お疲れ」


 そう言って先輩と別れ、店の外に出る。冬の厳しい寒さが体を襲う。

 ああ、クソ。やっぱこれしかないのかな。店先から少し出たその場所で、俺は待っている。彼女が出てくるそのときを。

 なにか購入でもしてるのか、少しして彼女は出てきた。


「あれ、悠真ゆうまくん。どうしたの? こんなところで」


「ちょっと先輩に用事がありまして」


「そっか。それじゃ、お先にどうぞ」


「お先に……?」


「ああ、私も用事がありましてね」


 えへへ、なんていう笑顔を見せる彼女。ああ、かわいい。そんなことを心の中で呟く。


「あ、それなら先輩からどうぞ」


「? なんで?」


「ちょっと長くなるかもなんで」


「そうなの? それなら」


 そう言うと、先輩は一本の缶コーヒーを俺に投げてくる。俺はそれをあわててキャッチする。


「せっかくのクリスマスイブだしさ、ちょっと付き合って欲しいなって」


 缶コーヒーのあたたかな感触を冷えた手に感じ、少し熱いかもななんて思う。

 俺はここしかないと思った。このタイミングしかないと。


「先輩、好きです!」


「ごめん」


 俺はその瞬間、なにを言われたのか理解できなかった。だって、その言葉は一瞬だたから。食い気味と言っても差し支えないほどだ。

 だから、俺はその言葉を理解するのに、少し時間が掛かった。けど、その言葉の意味を理解したとき、腹の内から苦い感情がこみ上げてくるのが分かった。そして、否応なく漏れ出る雫も。


「別に嫌いってわけじゃないよ。でも、悠真ゆうまくんと今は付き合えない」


「理由を、聞いても?」


「私が悠真ゆうまくんのことを好き過ぎるから」


 その言葉にまた、俺の頭は混乱する。そりゃそうだ。さっき、瞬でフラれているのだから。それなのに好きだなんて信じろって言う方が無理だ。


「ごめんね。たぶん、混乱してるよね?」


「そりゃ、まあ」


 けど、さっきよりましだった。まだ希望がある。感情は全く整理し切れていない。けど、それでもよかった。今このときは、そんなことよりも先輩の言葉が大事だ。


「私、今三年生なのね?」


「知ってます」


「受験生なんだ」


「それも、知ってます」


悠真ゆうまくんと今付き合ったら私、大学落ちちゃうと思うんだよ。だって、毎日会いたいし」


「……っ!」


 嬉しさのあまり、言葉にならなかった。けど、それはつまり、そういうことだ。


「来年のクリスマスイブ、また告白します」


「うーん、じゃあ私は再来年にその告白を受けようかな。来年は悠真ゆうまくんの家庭教師だからね。教師と生徒の恋はご法度、でしょ?」


 そう言ってはにかんで見せた先輩の表情は、とても可愛かった。それから、俺は今日だけなのでと言って、先輩と手を重ねるのだった。

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