第2話 解けない金縛り
「金縛りが解けないんです、助けてください。」
朽木探偵事務所に響いた一本の電話。
助けを求める電話の声に朽木探偵はため息をついた。
朽木「電話にまで心霊心霊、この調子じゃ…」
どうも彼は心霊以外の「普通の」依頼が欲しいらしい。
助手の岡田は朽木こだわりの探偵鞄を持ち、
意気揚々に現場へ向かおうとする。
しかし朽木は今日彼女の同行を断った。
朽木「桜子ちゃんにはしかるべき事をやっておいて欲しいんだ。」
岡田はいついかなる時も朽木の傍にひっついていたい性分だが
「先生のお願いなら」と少し残念そうに頷いた。
*
マンションの一室、朽木は電話の主の元に向かう。
扉を開けるとベッドに横たわる男の姿があった。
男「先生来て下さりありがとうございます。
昨晩からずっと金縛りが解けなくて、
先生ならきっと助けてくれると思って…」
金縛りが始まりもう10時間が経とうとしている。
男の顔色は悪く、ギョロギョロとした瞳を朽木に向ける。
体はまるで人形のよう。指一本動けないようだ。
朽木「…僕は霊能者ではないので
霊を祓ったり清めたりする事はできません。すみません。」
いつになく力なく情けない様相。
依頼者は望みが叶わぬと知り焦りを見せた。
男「そこをなんとか…!
霊感があるなら例えば霊に語り掛けるとか、説得するとかできませんか!?
もう何時間もこの調子で、身動き取れないんです。
このままじゃ嫌だ!先生だけが頼りなんです!!」
朽木はいつもの情けない顔とは少し違う、
どこか悲しげな表情でまっすぐ男を見た。
朽木「あなたは金縛りにはあっていません。」
サイレンの音が近づいてくる。
岡田は手際よく自分の注文にこたえてくれたようだ。
*
○○市マンションに住む伊藤一馬さん(35)が
今朝自宅寝室で死亡していると通報がありました。
遺体には目立った外傷もなく、
警察は事件性は低いと判断しー…
*
探偵事務所の室内はいつも薄暗く日が当たらない。
ずっとここでいては体に悪そうな気さえする。
岡田「でも先生。どうして今回私を同行してくれなかったんですか?」
朽木の前に熱いお茶を差し出す岡田。
その口調は少々残念そうながら
朽木と一緒にいるひと時に表情は明るかった。
朽木「…うん、だって桜子ちゃんに見せたくなかったから」
岡田「え?」
朽木が「見える」世界と、他の人が見る世界は違う。
改めてそう思った一件だった。
彼女にはマンションの一室で横たわる死体なんか見せたくない。
まして、自分が死体と普通に話している様子なんて。
金縛りと依頼者が言い張った肉体は
もはやこの世のものではなかった…
金縛りではなく、依頼者は既に死んでおり
身動きが取れなかっただけ。
時間と共に固くなる身体は死後硬直で
肉体が死んでもその霊魂は彼の肉体に宿ったまま
自分が死んだ事さえ気が付かなかった…
岡田「…つまり、私の事心配してくれたって事ですか?」
はっとして朽木は彼女の方を見た。
岡田は変わらず優しい笑みを浮かべている。
気味悪がられるかとも思ったが、彼女はそうではなかった。
熱いお茶が喉を通るようなホッとした気持ち。
朽木は助手の事をもっと信じようと思った。
つづく
怪奇探偵 天知ハルカ @amatiharuka
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