第2話 解けない金縛り

「金縛りが解けないんです、助けてください。」



朽木探偵事務所に響いた一本の電話。


助けを求める電話の声に朽木探偵はため息をついた。


朽木「電話にまで心霊心霊、この調子じゃ…」

どうも彼は心霊以外の「普通の」依頼が欲しいらしい。


助手の岡田は朽木こだわりの探偵鞄を持ち、

意気揚々に現場へ向かおうとする。

しかし朽木は今日彼女の同行を断った。


朽木「桜子ちゃんにはしかるべき事をやっておいて欲しいんだ。」


岡田はいついかなる時も朽木の傍にひっついていたい性分だが

「先生のお願いなら」と少し残念そうに頷いた。



マンションの一室、朽木は電話の主の元に向かう。

扉を開けるとベッドに横たわる男の姿があった。


男「先生来て下さりありがとうございます。

昨晩からずっと金縛りが解けなくて、

先生ならきっと助けてくれると思って…」


金縛りが始まりもう10時間が経とうとしている。

男の顔色は悪く、ギョロギョロとした瞳を朽木に向ける。

体はまるで人形のよう。指一本動けないようだ。


朽木「…僕は霊能者ではないので

霊を祓ったり清めたりする事はできません。すみません。」

いつになく力なく情けない様相。

依頼者は望みが叶わぬと知り焦りを見せた。


男「そこをなんとか…!

霊感があるなら例えば霊に語り掛けるとか、説得するとかできませんか!?

もう何時間もこの調子で、身動き取れないんです。

このままじゃ嫌だ!先生だけが頼りなんです!!」


朽木はいつもの情けない顔とは少し違う、

どこか悲しげな表情でまっすぐ男を見た。



朽木「あなたは金縛りにはあっていません。」


サイレンの音が近づいてくる。

岡田は手際よく自分の注文にこたえてくれたようだ。



○○市マンションに住む伊藤一馬さん(35)が

今朝自宅寝室で死亡していると通報がありました。


遺体には目立った外傷もなく、

警察は事件性は低いと判断しー…


探偵事務所の室内はいつも薄暗く日が当たらない。

ずっとここでいては体に悪そうな気さえする。


岡田「でも先生。どうして今回私を同行してくれなかったんですか?」


朽木の前に熱いお茶を差し出す岡田。

その口調は少々残念そうながら

朽木と一緒にいるひと時に表情は明るかった。


朽木「…うん、だって桜子ちゃんに見せたくなかったから」

岡田「え?」


朽木が「見える」世界と、他の人が見る世界は違う。

改めてそう思った一件だった。


彼女にはマンションの一室で横たわる死体なんか見せたくない。

まして、自分が死体と普通に話している様子なんて。


金縛りと依頼者が言い張った肉体は

もはやこの世のものではなかった…

金縛りではなく、依頼者は既に死んでおり

身動きが取れなかっただけ。

時間と共に固くなる身体は死後硬直で

肉体が死んでもその霊魂は彼の肉体に宿ったまま

自分が死んだ事さえ気が付かなかった…




岡田「…つまり、私の事心配してくれたって事ですか?」


はっとして朽木は彼女の方を見た。

岡田は変わらず優しい笑みを浮かべている。


気味悪がられるかとも思ったが、彼女はそうではなかった。

熱いお茶が喉を通るようなホッとした気持ち。


朽木は助手の事をもっと信じようと思った。



つづく

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怪奇探偵 天知ハルカ @amatiharuka

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