2-9.終幕
柔らかい日差しが瞼に映る。
冷えた空気の中、その温もりが朝の訪れを知らせる。
――ああ、もう起きなければ。
そうは思うのに、この心地良いまどろみの中にいたいという欲求に抗えない。
ゆらゆらと、体が揺れる。母の腕に抱かれてあやされるような安心感と幸福感がある。
それに身を任せていると、耳に馴染む声が俺の名前を呼ぶ。
「
「う……わぁ……る」
「なんて?」
苦笑した
揺れた、と思ったのは、どうやら
二人くらいなら横になれるので、俺と
「相変わらず寝起き悪いなー」
「うるへ……」
のそのそと起き上がって、眼鏡をかける。まだ視界がぼやけて、ぱしぱしと瞬きをした。それからぐっと大きく伸びをして、体の強張りを解す。
「そりゃここは鐘鳴らさないけどさ。坊主が朝弱いって大丈夫なの?」
「普段はちゃんと起きてるっつの」
「え?」
「
くわ、と大口であくびをする。いかん、気が緩みまくっている。
さっさと顔でも洗うか、と立ち上がると、
「なんだよ」
「
「な、ん、だ、よ」
言いたいことがあるならはっきり言いやがれ。
いらっとして同じ言葉を繰り返したが、結局
◆◇
ざくり、ざくり。一晩の間に積もった雪を除けていく。
これがなかなかに重労働なので、こういう時は寺に人手があったら、とも思う。
ただ人と作業をするのは苦手なので、無心で雪かきをしている方が、むしろ楽かもしれない。
雪は朝方にはやんで、前日の天気が嘘のように晴れ渡った。
こちらの心中などおかまいなしに、太陽は眩しいほどに地上を照らす。
光が目に沁みて、俺は目を細めた。
門前から本堂へ続く道の雪をあらかた除けて、庭へと足を向ける。
昨日の内に多少は片付けておいたので、それほど荒れた様子はない。
けれどゆめの氷柱に破壊された箇所もあり、俺はそれを見て苦笑した。
強い妖だった。ただそれは妖としての格の話で、彼女の精神は幼かったように思う。
何がきっかけだったのか。人間に興味を持ち、人間の真似をして、人里に下りてしまった。それは過ちだったのだろうか。
目をつけたのが庄吉でなければ。庄吉が頼ったのが俺でなければ。あの時靖文が来なければ。
その仮定に意味はない。靖文の言ったことは一理ある。山で遭難者が出るのとは違い、町から突如人間が消えれば一大事だ。ゆめは納得してくれたように思えたが、後で心変わりしたら、やはり被害は出ただろう。彼女の行いは、陰陽師の耳に入れば、靖文でなくとも祓ったはずだ。
ならば俺のしたことは、無意味だったのだろうか。
「――
因縁生起。仏教の根本的な考え方だ。
全ての物事には因と縁がある。自然も。人間も。怪異も。全ては絡み合い、互いに作用して、今に繋がっている。
俺に都合の良い意味を探すのはやめよう。起こった全てが因と縁による結果だ。そしてこれから起こることも。
全て物事は移り行く。せめてこの先を、後悔しないために。
俺はその場にどかりと腰を下ろすと、数珠を取り出し、手を合わせた。
「観自在菩薩行深般若波羅蜜多時――」
妖に読経なんて、むしろ嫌がるかもしれないが。
これは俺のための経だ。灰の一粒も残らなかったゆめを弔いたいという気持ちを満たすため。この先も前を向くため。
呼吸を整え。気を整え。心を整え。
今日を生きる。
澄んだ空気を震わせて、空高く、経は響き続けた。
__________________________
これにて第二部終了、次話から第三部となります。
読んでいただきありがとうございました。
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