2-8.守銭奴の陰陽師(2)

 靖文の気配が完全に消えて、さねがゆっくり振り返った。

 俺は何も悪いことはしていないはずなのに、怒られる寸前のような気持ちで身構えた。


きよ。あいつに何された?」

「い……いや、別に、なんかされたわけじゃ」

きよ


 ひい、と思わず悲鳴が上がりかける。

 なんだって俺がこんな思いをせにゃならんのだ。俺悪くないのに。

 

「本当に何もねぇって。その箱のこと聞かれてただけだ」

「それでなんであんな体勢になるんだよ」

「あいつ俺で遊んでるんだよ……」


 人をおちょくるのが好きな奴だ。あれの相手を真面目にする方が馬鹿馬鹿しい。

 呆れたように口にした俺を睨むように見て、さねが俺を抱え込んだ。


「っおい! なんだいきなり!」


 腕の中に閉じ込めたまま、さねが俺の体をまさぐる。ぞわぞわと全身に鳥肌が立って、思わず殴ろうかと手が拳の形を作った。


「……うん、怪我はなさそうだな」

「口で聞け口で!」

「聞いても素直に答えないだろ」

「こんなんされるくらいなら答えるわ!」


 あと少しで本当に殴るところだった。いや殴ってしまえば良かったか。

 息巻く俺とは逆に、さねは力が抜けたように、俺の肩に頭を預けた。

 その様子に、俺も勢いが削がれる。


きよ。頼むからもうあいつと二人きりになるな」

「いや無茶言うな。陰陽師の訪問を断るわけにはいかないだろ」

「だったら俺がいる時だけにして」

「靖文がちゃんと事前に連絡をくれりゃな……」


 陰陽師と怪病治療師は切っても切れない間柄にある。

 基本的には互いに独立しているが、専門分野は異なる。

 治療師は患者を診るのが主な仕事だ。親父みたいな何でも祓える万能型もいるが、そうでなければ強力な怪異を相手にする場合など、陰陽師を頼ることになる。

 陰陽師は、自身で薬を煎じることも快癒のまじないも行える。しかし特殊な事例においては治療師の知恵や薬を借りることもあるし、薬の用意は単純に分けてもらった方が早いと割り切って分業にしている者もいる。

 そんな風に持ちつ持たれつでやっているのが、陰陽師と怪病治療師だ。特定の相手と協力関係を結んでいる場合もあれば、その土地で頼れそうな相手を都度探すこともある。

 靖文とは、一応は協力関係にあると言っていい。だがああいう奴なので、俺は正直なところ靖文が嫌いだ。だから積極的には頼らない。しかし客として薬を求めてくるなら、断るわけにもいかない。陰陽師の靖文が必要と判断したのなら、その薬は絶対に必要としている人間がいるからだ。


 縋るように俺を抱きしめるさねの背を、軽く叩いて宥める。

 心配性め、と言いたいところだが。靖文に限っては俺も常に何をされるかわからない恐怖を感じているので、なんとも言えない。

 ただ俺とさねのどちらの方が危ないかといえば、圧倒的に怪異であるさねの方が危ない。なるべくならさねにはあまり靖文と関わってほしくない。


さね、大丈夫だって。あんなんでも陰陽師なんだから、基本的には人間の味方だぞ。多分きっと恐らく根は善人だ」

「善人は遊びで人を泣かせたりしない」

「いやだから泣かされてねえっつの。あのな、あいつの口にする言葉は全面的に信用するな。陰陽師は京都出身の方が箔が付くなんてふざけた理由で適当な上方かみかた訛りを喋ってるような奴だぞ」

「あれそんな理由なんだ……本当はどこ出身なの」

「正確なところは知らんが、確か西側ですらない」


 本当に適当なんだあいつは。気分で行動しているようなところがある。

 陰陽師になった理由も、貴族から大金をふんだくれるからとかそんなんだった気がする。

 そう考えると人間の味方であるかどうかも怪しいな。黙っておこう。


「ところでお前、庄吉さんはどうした。ちゃんと送ってきたのか?」

「途中までね。そこからは一人で大丈夫だから、きよの側にいてやれって。俺が気もそぞろだったから、気をつかわれたかな」

「……そうか。今度ちゃんと礼をしないとな」


 庄吉には本当に悪いことをした。さよへの説明もしなければならないし、改めて手土産でも用意して訪問しないといけない。

 その時は、ゆめの話をしよう。さよは少しばかり気分を害するかもしれないが、ゆめがいたという証拠は、もう俺たちの記憶の中にしかないのだから。


さね、もういいだろ。離せ。そろそろ庭を片付けないと」

「……俺も手伝う」

「おう、そのつもりだ」

「それから……今日は、泊まってく」

「……仕方ねぇな」


 今日ばかりは、この甘えたも許そう。

 俺の方も、一人で眠るのは少しばかりしんどい。

 雪はきっと、朝までやまないだろうから。


 しんしんと。しんしんと。

 全てを白く染め上げて、跡形もなく消していく。

 いずれ全てが曝け出されるとしても。

 今はまだ。その美しさだけを、目に焼きつけていたい。

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