11.終幕

きよー! 来たぞー!」


 庫裏くりの方に顔を出したさねを、俺は気だるげに迎えた。


「お前な……そうひょいひょい来なくていいんだぞ」

きよ。起きて大丈夫なのか?」

「さすがにそろそろ動かんと、体がなまる」


 溜息を吐いて頭をかいた俺に、さねは心配そうな目を向けている。過保護め。


「……土産は?」

「あ、かすてら!」

「でかした」


 気が済むまでは好きにさせてやろう。


 さねの淹れた茶と、さねの持ってきた土産のかすてらをちゃぶ台に並べて、俺は腰を下ろした。向かいにさねも座る。


「やっぱ甘い物は染みるな」

「良かった」


 ほっとしたように笑って、さねは茶をすすった。


「あの箱、変わりない?」

「ああ、大丈夫だ。薬草倉に置いてあるが、特に変化はない。親父の施した封印だし、そう簡単には解けないだろうよ。まぁいざという時のために、引き続き調べてはみるが」


 親父は法力が強かった。怪病の治療法だけでなく、怪異を捻じ伏せる方法にも精通していた。だがその記録はほとんど残されていない。じいちゃんの意向だったのかもしれないし、親父の意志だったのかもしれない。

 寺を出て行ってから習得したことなら、尚更。俺に知る術はない。クリスの言葉を信じるなら、何らかの手段で封印・解除の方法を残している可能性はある。

 だが俺はそんなものはないと思っている。あの親父が、誰かを当てにして何かを残したとは考えにくい。自分の施した封印が解かれることはないと踏んで、あの箱が未来永劫あのままであると想定している方が納得できる。

 実際、悪魔祓いエクソシストとして有能なクリスにも解けなかったのだし、同じ怪病治療師である俺にもわからない。この先、解かれる可能性は限りなく低い。

 だが、もし。もしクリスが、この先もあの箱に執着して、いつか解除の方法を編み出してしまったら。俺が、あの箱を奪われてしまったら。

 その時は、俺が封じるしかないだろう。

 そんな最悪は想像したくもないが、絶対にないと言い切れない以上、俺も放っておくわけにはいかないのだ。

 苦い気分になったので、中和しようとかすてらを頬張る。優しい甘味が口に広がって、気持ちが解れる。

 さて、あっちの気分も解れてくれればいいのだが、と正面に座るさねの顔を見る。


「食わないのか?」

「へっ? あ、ああ。きよの見舞いだし、食べちゃっていいよ」

「そうか、なら遠慮なく」


 俺はさねの分も奪って口に放り込む。


「躊躇ないなぁ」

「お前の言うことは言葉通りにしか受け取らん」


 さねが一瞬息を詰めた。

 俺は黙って咀嚼して、飲み込んで、茶をすすった。

 さねは視線を彷徨わせて、ずっと何かを迷っていた。


「……きよは、さ。何も、聞かないのか」

「聞いてほしいのか」


 そう問えば、さねは複雑そうな顔で黙った。


「言いたいなら聞く。そうでないなら、聞かん」


 沈黙が流れる。

 あれから、俺は一度もさねに何かを問うことはしていない。さねの正体も、俺の法力についても、何故さねが俺の前に現れたのかも。聞く必要がないと思っていたからだ。

 だがさねの方は、ずっと気にしている素振りを見せていた。さねが話したいというなら、それを受け止める気はある。俺はずっと、さねが切り出すのを待っていた。心の準備が必要なのは、さねの方だろうから。


「……きよの力の半分は、俺がいる限り戻らない」

「そうか」

「俺が消えれば、全部きよに返る」

「そうか」

「……きよは、どうしてほしい?」


 びきっと青筋が浮かんだ。空にした湯呑を投げつける。


「あだっ!?」


 見事に額にぶつかったそれに、さねが仰け反った。


「ちょ、きよ! 湯呑は洒落にならない!」

「うるっせえ! 肝心なところで日和るんじゃねえ!! お前、今まで何聞いてたんだ!」


 俺の剣幕にさねが怯む。この、馬鹿が。


「俺がいつ法力のことなんか気にした! 一人にしないって、ありゃ嘘か!」

「違う、あの時は、本気で。けど、今のきよには、もしかしたら、俺はもう必要ないんじゃないかって」

「ああ!?」

きよはもう、自分でも戦える。力が戻れば、一人でもやっていけるんだ。それを俺が、邪魔してるんじゃないかって」


 腸が煮えくり返る思いで、俺はさねの胸倉を掴んで怒鳴りつけた。


「んなこた聞いてねえ! お前はどうしたいんだよ!」


 至近距離で見開かれた瞳に、俺の姿が映っている。

 さね、お前には、俺がどう見えてるんだよ。ちゃんと見てんのか。今目の前にいる俺を。


「お前は俺といたいのか、いたくないのか、どっちだ!」

「……っそれは……」

「俺を理由にすんな! お前の望みを口にしろ! 俺はその言葉だけを信じるから!」


 くしゃりと、さねの顔が歪んだ。


「っいたいさ! きよと一緒にいたいに決まってる!」

「よし」


 ぱっと掴んでいた手を離すと、さねが体勢を崩して手をついた。


「二度とくだらんことを口にするな」


 憤懣ふんまんやるかたないといった様子の俺に、さねがおそるおそる口を開く。


きよの方はどうなんだよ」

「あ?」

「俺にばっか言わせてさ。きよの望みは、どうなんだよ」

「俺はずっと同じことしか言ってない」


 ふん、と鼻を鳴らして、さねを指さす。


「お前は、俺の、相棒だ」


 さねは目を丸くして、やがてゆるゆると相好を崩した。


「今後もしっかりこき使ってやるからな。覚悟しとけよ」

「はーい」



 横濱の山奥にある寺、正怪寺。

 そこには、奇妙な二人組がいるという。

 散切り頭の僧侶と、異国人風の和裁士。

 彼らの元には、医者も匙を投げる奇病を患った者が訪れる。

 僧侶は自らを、怪病治療師だと名乗った。

 怪病治療師とは。

 人の医療では治せない怪奇を祓う、怪異専門の治療師である。



__________________________

これにて第一部・本編完結となります。

読んでいただきありがとうございました。

こちらの小説は「カクヨムコン9」に参加しています。

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