11.終幕
「
「お前な……そうひょいひょい来なくていいんだぞ」
「
「さすがにそろそろ動かんと、体がなまる」
溜息を吐いて頭をかいた俺に、
「……土産は?」
「あ、かすてら!」
「でかした」
気が済むまでは好きにさせてやろう。
「やっぱ甘い物は染みるな」
「良かった」
ほっとしたように笑って、
「あの箱、変わりない?」
「ああ、大丈夫だ。薬草倉に置いてあるが、特に変化はない。親父の施した封印だし、そう簡単には解けないだろうよ。まぁいざという時のために、引き続き調べてはみるが」
親父は法力が強かった。怪病の治療法だけでなく、怪異を捻じ伏せる方法にも精通していた。だがその記録はほとんど残されていない。じいちゃんの意向だったのかもしれないし、親父の意志だったのかもしれない。
寺を出て行ってから習得したことなら、尚更。俺に知る術はない。クリスの言葉を信じるなら、何らかの手段で封印・解除の方法を残している可能性はある。
だが俺はそんなものはないと思っている。あの親父が、誰かを当てにして何かを残したとは考えにくい。自分の施した封印が解かれることはないと踏んで、あの箱が未来永劫あのままであると想定している方が納得できる。
実際、
だが、もし。もしクリスが、この先もあの箱に執着して、いつか解除の方法を編み出してしまったら。俺が、あの箱を奪われてしまったら。
その時は、俺が封じるしかないだろう。
そんな最悪は想像したくもないが、絶対にないと言い切れない以上、俺も放っておくわけにはいかないのだ。
苦い気分になったので、中和しようとかすてらを頬張る。優しい甘味が口に広がって、気持ちが解れる。
さて、あっちの気分も解れてくれればいいのだが、と正面に座る
「食わないのか?」
「へっ? あ、ああ。
「そうか、なら遠慮なく」
俺は
「躊躇ないなぁ」
「お前の言うことは言葉通りにしか受け取らん」
俺は黙って咀嚼して、飲み込んで、茶をすすった。
「……
「聞いてほしいのか」
そう問えば、
「言いたいなら聞く。そうでないなら、聞かん」
沈黙が流れる。
あれから、俺は一度も
だが
「……
「そうか」
「俺が消えれば、全部
「そうか」
「……
びきっと青筋が浮かんだ。空にした湯呑を投げつける。
「あだっ!?」
見事に額にぶつかったそれに、
「ちょ、
「うるっせえ! 肝心なところで日和るんじゃねえ!! お前、今まで何聞いてたんだ!」
俺の剣幕に
「俺がいつ法力のことなんか気にした! 一人にしないって、ありゃ嘘か!」
「違う、あの時は、本気で。けど、今の
「ああ!?」
「
腸が煮えくり返る思いで、俺は
「んなこた聞いてねえ! お前はどうしたいんだよ!」
至近距離で見開かれた瞳に、俺の姿が映っている。
「お前は俺といたいのか、いたくないのか、どっちだ!」
「……っそれは……」
「俺を理由にすんな! お前の望みを口にしろ! 俺はその言葉だけを信じるから!」
くしゃりと、
「っいたいさ!
「よし」
ぱっと掴んでいた手を離すと、
「二度とくだらんことを口にするな」
「
「あ?」
「俺にばっか言わせてさ。
「俺はずっと同じことしか言ってない」
ふん、と鼻を鳴らして、
「お前は、俺の、相棒だ」
「今後もしっかりこき使ってやるからな。覚悟しとけよ」
「はーい」
横濱の山奥にある寺、正怪寺。
そこには、奇妙な二人組がいるという。
散切り頭の僧侶と、異国人風の和裁士。
彼らの元には、医者も匙を投げる奇病を患った者が訪れる。
僧侶は自らを、怪病治療師だと名乗った。
怪病治療師とは。
人の医療では治せない怪奇を祓う、怪異専門の治療師である。
__________________________
これにて第一部・本編完結となります。
読んでいただきありがとうございました。
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