10.対決(2)

「悪いが、俺に封印を解く方法なんてわからん。見ての通り、力がないもんでね。悪魔なんてのと関わるのも初めてだよ」

「そんなはずはない。お前はあの男の直系だろう。実子に技を相伝していないわけがあるか」

「俺は親父から何も教わっちゃいない。むしろ親父が悪魔封じなんてできたことを初めて知った」

「嘘を吐くな!」

「が……っ!」


 みしりと、重圧が増す。肺が潰れて息が苦しい。骨が嫌な音を立ててるんだが、これ、折れてるんじゃなかろうな。


「封印と解除は併せて編み出すものだ。片方だけはあり得ない。あの男は死んで、もう聞き出すことはできない。お前が知らなければ、誰が知っていると言うんだ!」

「だから……誰も知らんのだろう、よ!」


 ばち、と音を立てて稲妻の光が走る。俺を踏み潰していたものも驚いたのか、その足を退かした。


「……符術? あなた、そんなもの使えたんですか」

「急場しのぎだが、やりゃできるもんだな」


 成功するかどうかは賭けだったが、何とかなって良かった。俺が一番驚いているかもしれない。ありがとう、呪符を作成しておいてくれた人。

 痛む体に鞭打って、何とか起き上がる。


「人間なんでもやってみるもんだ。こういうこともな」


 俺がさねの鋏を手に持って見せると、クリスが顔色を変えて神父服を探った。


「いつの間に……!」

「あんたが冷静さを欠いた時にちょっとな。すりの真似事なんて初めてだ。今日は初めてのことだらけで、頭がどうにかなりそうだよ」


 言いながら、力を込めるように、鋏をぎゅっと手で握りしめる。

 さね。俺の力が、お前の力になってるってんなら。

 こんなもん、いくらでもやるよ。全部やるから。


さね!!」


 叫んで、全力でさねに向かって鋏を投げつける。

 クリスはそれを阻もうとしたが、宙で鋏は大きさを変え、鋭い刃でさねを拘束していた影を切り裂いた。

 自由になったさねは鋏を手にして、精悍な目つきで構えた。


「あと頼んだ、ぜ~……」


 言いながら、俺は力尽きて倒れ込んだ。


「武器が手に戻ったから、なんだと言うのです。あなたでは、私の使い魔に勝てな」


 言い切る前に、さねに伸びていた黒い影が、粉微塵に切り刻まれていた。

 目を見開くクリスに、さねが鋏を向ける。


「元々きよは強いんだ。あんたの言う通り、親父さんと同じように、強大な悪魔を封じられるくらいの力はある。それを俺に分けていたから弱く見えただけ」


 待て、俺自身が初耳なんだが。俺強かったの? そうなの?


「今の俺は、そのきよの力を全部預けてもらってる。簡単には負けない」

「……口だけなら、なんとでも!」


 空気が揺らめいた。まずい、俺を圧し潰していたあいつだ。あれは姿が見えない。


さね! でかいのがくるぞ!」


 さねが反応して飛び退る。直後に、さねがいた場所が足型に圧し潰された。その場にあった物がべきべきと潰され壊れる。あいつ神父なのに、教会壊して大丈夫なのか。

 霊力は場所にも影響を受ける。俺なら寺の結界内の方がまだ力を発揮できる。クリスにとってはそれが教会なのだろう。だとしても、派手な立ち回りを想定していたのかどうか。

 さねが柱を足場にして、見えない塊に切りかかる。的がでかいからか、鋏は確実に相手を捉えた。血が吹き出して、空気の形が揺らめいて、悪魔が姿を現した。


「でか……っ!」


 思わず口から零れる。天井ぎりぎりじゃないか。よく中に入れたな。

 肉を適当に捏ね上げたような形のそれは、出来の悪い人形のようだった。

 巨体が振り回す腕を、さねが跳び回って器用に避ける。指を切り落とせば、痛みに呻いた悪魔が体を丸めた。

 跳び上がったさねの手にある鋏が、大きさを変える。大太刀より更に大きく、さねの体より大きく、大きく。

 その巨大化した鋏が、晒された悪魔の首を、上から切断した。


「ひぃっ!」


 絵面がえぐい。俺は悲鳴を上げながらも、目を逸らすことだけはしまいと踏みとどまった。

 さねが戦ってるんだから。

 首がもげて尚ふらふらと動く四肢を、順に切断していく。

 肉塊となったそれを、クリスは唖然とした顔で見ていた。

 さねは鋏を大太刀の大きさに戻すと、一瞬でクリスとの間合いを詰めた。


さね!!」


 思わず声を上げる。ぴたりと、さねの動きが止まった。

 鋏はクリスの首の薄皮を切り裂いていた。


「……どうしたんですか? 殺さないんですか?」

「やめろさね、殺すな!」

「ここで仕留めなければ、私は何度でも来ますよ。あなたの大切な人間を、次こそ殺してしまうかもしれません」


 食いこんだ鋏に、俺は喉が切れそうなほどの声で叫んだ。


さね!」


 殺すな。人間を殺したら、お前は。

 人に害をなす怪異になってしまったら、俺は、お前を。


「――――……」


 さねが、ゆっくり首から鋏を離した。

 それにほっとしたのも束の間、さねはその鋏を、クリスの腹に突き刺した。


さねっ!! お前、なにやって……っ!」


 痛む体でよろめきながら駆け寄ると、さねが鋏を引き抜く。


「殺してないよ。急所は外した」

「そういう問題じゃ……っ」

「霊力の流れが強いところを断っただけ。これで暫く、強い力は使えないはず」


 いやに冷静な言葉に、俺の方が動揺してしまう。

 鋏を握るさねの手に自分の手を重ねて、ぎゅっと握る。


さねさねだよな? お前、ちゃんと、実正のままだよな?」


 見上げる俺に、驚いたようにさねが目を見開いた。その色が、徐々に普段の色に戻っていって。


「当たり前だろ、きよ。俺は俺のままだよ」


 緩く微笑んださねに、俺は肩の力を抜いた。

 さねはクリスの前に屈むと、神父服を探って黒い箱を取り出した。


「この箱はこっちで預かっておく。あんたが悪用しないように」

「……は、元より、悪用……などと……」

「……教会の人間を呼んでおく。死にたくなければ、助けが来るまで大人しくしてろ」


 立ち上がったさねに、クリスが息も絶え絶えに最後の悪あがきを告げる。


「後悔……します、よ。怪異と、人間が……相容れる、わけがない……。いずれ、必ず……綻び、が、出る」


 ぎゅっと眉を寄せたさねの背中を、音を立てて叩く。


「んなもん、人間同士だって変わらん。綻んでも衝突しても、なんとかやっていくから大丈夫だ。お前に心配される謂れはない」


 言い捨てて、さっさと出口の方に歩いていく。


「帰るぞ、さね

「……うん」


 さて、格好をつけて出てきたはいいが。


さね、すまん」

「ん? 何が?」

「多分肋骨が折れてる。内臓もやったかも」

「はあ!?」

「あと痛すぎてそろそろ意識が飛ぶ……」

「ちょ、きよ!? きよ!!」


 あー、締まらん。

 つくづく情けなく思いながら、俺はさねに身を預けた。

 悪い、あとなんか色々、うまいことやってくれ。

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