1話 ① 『パステルライド』

 『パステルライド』という漫画がある。簡単に説明すると、仕事に疲れた残業帰りのサラリーマンが過去と未来を行き来できるタクシーに乗車してしまったことから始まる冒険物語であり、主人公が自分の歩んできた人生と歩むであろう人生の中を旅しながら、自分自身をみつめるという大人気の漫画。俺はこの漫画が好きだ。コメディ要素、恋愛要素もあり、泣けてしまう最高の物語で多くの読者を魅了している。しかし、この作品を好きな人は俺の周りにはいないから、感想を語り合える人がいなくて少し残念に思う。


 今日は、この漫画の発売日。だから、放課後、学校近くの本屋に寄ることにした。部活を引退した今、発売日に大好きな漫画が購入できることに心躍らせている。新刊コーナーの所に置いてあるはずだからと探していると…。

「あった!」

 心の声が零れる。その途端、明らかに誰かと声が被さった。その正体を確認するために、横を向く。すると見知った顔がそこにいたのである。

「えっ!!! 水島… 」

 驚きで大きな声を出してしまい、他のお客さんの視線が俺に注がれる。その正体とは、同じクラスの水島花凛である。

「 あっ 、私の名前 … 」

 少し驚いた表情を浮かべていた花凛。

「水島花凛だろ」

 休み時間、教室で一人勉強している真面目な女子である。なぜ、驚いたのだろうとふと思ったが、気のせいかと思い掻き消すことにした。

「 …う ん 」

 花凛は、嬉しそうに頷く。水島と目が合う。鼓動が少し早くなるのを感じる。

「何か奇遇だよね…水島もこの漫画好きなの?」

「 う ん 」

「 来年、アニメ化されるよな 」

「うん、私の一番の楽しみなんだ。でも、受験が終わるまで見ないと決めているから、受験が終わってからまとめてみる予定!」

 花凛の目は徐々に輝きを見せていた。

「 そうなんだ! この作品って確かノベライズもされているよな?」

「うん! 私、小説持っているよ! 良かったら貸そうか…?」

 少し間が空く。匠は驚きが喉に引っかかり、反応が少し遅れてしまったせいもあって、花凛は少し調子に乗りすぎてしまったかもしれないとスンと冷静になってしまう。

「えっ⁉ 読みたい! いいの?」

 予想だにしなかったことに、俺は今年一、テンションが上がったかもしれない。

「うん! じゃあ、来週持ってくる…ね」

 そんな匠の様子を見て、微笑みを零す花凛。

「サンキュー 」

 ガッツポーズを小さくする匠。


会計をそれぞれ済ませた後、本屋の出口で解散する二人。

「じゃあな。また来週!」

 手を振る匠。

「バイバイ」

 それに笑顔で答える花凛。


 水島花凛が屋上から飛び降りる約三か月前に、本屋で偶然出会ったことによって、学校でも話すようになった二人。そして、新刊が出る度に一緒に買いに行き、感想を交換する日々が始まった。『パステルライド』を通して、二人の仲が次第に近くなっていった。匠はこの感情が何なのか薄々気づいていたが、二人とも受験生と言うのもあって、溢れ出て迷惑をかけぬように蓋をしていた。もし、溢れてしまったら、この時間が止まってしまい、もう動かなくなるかもしれないから。


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