第19話 タイパと小説

『ゴブリン森のヘルパーさん』という作品を全22回で集中連載して、一昨日完結させましたが、その間にまたひとつ考えたことがあったので、創作論エッセィに書こうと思います。

「タイパ」つまり「タイムパフォーマンス」と小説について。


 今の若い人たちはタイパ重視だと言われています。

 何事も時間効率重視で、ひとつの作業にかける時間を短くするのが賢いという考え方。

 その代表的な行動が、動画の倍速視聴や、作品を短くまとめたショートコンテンツの利用です。


 その行動そのものの是非は、ここでは論じません。

 アニメの録画を倍速で流して観たいところだけをゆっくり再生する──なんだったらコマ送りにして観る、なんていうのは、アニメ好きなら昔からやっていたことだし、忙しいビジネスマンが短時間に多くの本を読むために「速読法」なんてものがブームになった時代もありますので。

 何でもかんでも「Z世代の若者は」とか「世代の格差が」みたいな話にしてしまうのは、物事の本質を見えにくくする、と思うのです。


 だいたい、いつの時代だって、若者は上の世代から「今の若い連中は昔と違って」と文句を言われ続けてきました。

「Z世代は…」なんてぶつぶつ言っているおじさん・おばさんたち、おじいさん・おばあさんたちだって、若い頃にはやっぱり上から言われていたんです。

 三千数千年前のヒッタイト王国時代の粘土板にも、「今の若い者はまったく」と老人が嘆く文章が刻まれていたとか。

 人間のすることなんて、実はどの時代もほとんど変わっていないんですよね。


 ただ、今多くの人が利用している「倍速視聴」や映画や小説を短くまとめた「要約サイト」が、作品を作る側の人間に嬉しくないことは確かです。

『カクヨム』で小説を発表している方たちなら、全員共感できるのではないでしょうか。

 みんな自分の時間を費やして、ああでもないこうでもないとストーリーを練って、場面やキャラクターを考えて、文章にするときにも、こうしたらいいだろうか、こんな風に書いたほうがいいだろうか、と悩んで必死に書いているのに、それをほんの数分で読めてしまう「あらすじ」にまとめられてしまう。

 読者はその「あらすじ」を読んだだけで作品そのものを読んだつもりになって、さっさと別の作者の作品に移っていく。

 書き手としては、たまったものじゃありませんよね。


 主人公たちは作品の中で悩んだり葛藤したり、憧れたり恋い焦がれたりするのだけれど、あらすじを読んで、その気持ちに共感できる?

 登場人物たちが衝突したり協力したりしながら、関係を深めていく様子はわかる?

 舞台になっている場所の景色や空気感を想像して感じることはできる?

 ストーリーの中に秘められた謎が徐々に解き明かされていく過程は楽しめる?

 どれも、作者が一生懸命考えて生み出してきたものなのだけれど──。


 まあ、そうやって要約から自分が読みたい作品を見つけて、改めてじっくり読むのなら、それはそれでひとつの読書スタイルですが。

 あらすじだけを読んでわかったつもりになることを繰り返す人には、作品の本当の醍醐味だいごみは伝わっていかないだろう、と思っています。

 それって、本当の意味で読書なのかな……?


 小説に限らず、ドラマや映画などでも倍速視聴や要約サイトを常用する人たちは、結局、作品ではなく情報を取りに行っているんだろうな、と思います。

 情報が欲しいから、できるだけ要領よく、短い時間ではっきりすっぱり内容が理解したい。

 作品が見たいわけではないのでしょうね。


 『カクヨム』では。

 小説を書くことと読むことを愛する人たちが集まっている『カクヨム』では。

 タイパにとらわれたりしないで、作品を味わいながら小説を読んでほしい、と願っています。


【お知らせ】

『ゴブリン森のヘルパーさん』(全21話・完結済)

 https://kakuyomu.jp/works/16818093076147774520


『フルート物語・3 謎の海の戦い』近日連載開始








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20年間書き続けた私は小説家になれただろうか? 朝倉玲 @ley_asakura

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