第6話 執筆は私の精神安定剤

 唐突ですが、私には発達障害を持つ息子がいます。

 小さい頃は他動で落ち着きがなくて、一瞬目を離しただけでどこかにいなくなってしまう。そんな子どもでした。


 そして、私は非常に難しいしゅうとと同居していました。

 短気で頑固がんこで口うるさくて気分屋。

 暴力こそふるいませんでしたが、パワハラとモラハラが服を着て歩いているような人で、家族全員がしゅうとの機嫌を見極めながら行動しなくてはなりませんでした。


 それでも、息子は小学校に入ってから少しずつ落ち着きが出てきました。

 そこで私は学習塾でアルバイトを始め、次第に任される生徒の数も増えて、所長からは「もっと夜遅くまで働けない?」と声をかけられるようになりました。

 ところが、しゅうとが「俺には○○(息子の名前)はとても見られない! おまえか△△(しゅうとめの名前)のどっちかが仕事を辞めて面倒を見ろ!」と言い出したのです。

 ワンマンなしゅうとには、息子が学童から帰ってからしゅうとめが帰宅するまでのほんの1、2時間であっても、面倒を見るのは困難だったようです。


 私は学習塾のアルバイト。しゅうとめは病院の看護師。

 仕事の重要さから言っても、収入の面から言っても、私としゅうとめのどちらが辞めるかなんて、決まり切っている話でした。

 私は専業主婦に戻りました。


 私の女友達はほとんどが働いていました。

 近所の同年代の女性もほとんど仕事をしています。

 私は社会に出ることができないんだろうか、と悲しくなりました。


 障害があっても息子は可愛かったし、子育てもやりがいはあります。

 それでも、子どもや家族のためではなく、私自身のために、社会に向けて何かをしたかったのです。

 だから、「この状況で自分にできることはなんだろう?」と考えました。

 そして「小説を社会に発表していこう」と思いついたのです。


『勇者フルート』の物語はもうネットで連載していましたが、その時からさらに熱が入るようになりました。

 大勢が読んでくれるわけではないけれど、読んでくれた人が少しでも面白いと思って楽しんでくれたら、私も嬉しい。

 そう思って書き続けました。


 そして、小説を書くことで、私自身が気持ち的に救われていったのです。

 息子が学校でトラブルを起こして呼び出しを受けても、しゅうとから理不尽な叱責を受けても、収入が減って欲しいものが買えなくても……

 小説を書いている間は、そんなことは忘れられます。

 キャラクターたちと物語の世界を冒険して、一緒に戦って、一緒に笑って泣いて。


 家事はこなさなくてはいけないし、息子が帰ってくれば手を取られてしまうので、息子が学校に行っている間の時間、しゅうとの目を盗みながら書き続けました。

 しゅうとめは良い人でしたが、うっかりしゅうとに伝わって執筆を禁止されては大変なので、しゅうとめにも小説を書いていることは内緒にしていました。

 連載は長い間続いたので、しゅうとめもうすうす気づいていたかもしれませんが。


 小説を書くことは、私の精神安定剤でした。

 書くことでその日その日を生き延びてきた。そう言ってもいい時期もありました。

 実際、どんなにつらいことがあっても、私は心のどこかでこう考えていました。

「この経験は将来小説に生かせるかもしれない」

 すると、つらい経験も貴重な体験に変わるのです。


 ただ、そんな状況で書いていたので、他の作家さんたちと交流することはできませんでした。

『なろう』や『カクヨム』の存在は知っていましたが、関われなかったのです。

 コミケも自身で参加してみたかったのですが、どうがんばっても不可能でした。

 いつも執筆の時間を確保するので精一杯。

 睡眠時間を削って、午前3時半に起きて、家族が起き出す明け方まで書いていた時期もありましたが、これは体が持たなくなってやめました。


 そんなしゅうとしゅうとめも、病気で次々と世を去り、一緒に暮らしてきた家も処分して、今は主人と私と息子だけの気楽な3人暮らしです。

 小説を書くのにも、こうしてエッセィを書くのにも、なんの気兼ねもなくなりました。

 ありがたいなぁ、幸せだなぁ、と心から思います。


 私が苦しかったとき、小説はいつも隣にいて慰めてくれました。

 その作品が、読んだ人にも喜びや慰めになってくれたら嬉しいな、と思うのですが……。

 こればかりは、読んだ方の受け取り方次第なので、どうしようもありませんね。(苦笑)



 次回は「異世界転生」というテンプレについて考えたことを書いてみます。



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