第19話 模擬試合


 

「明日は模擬試合だ。試合の結果が今後の評価にも繋がる。心して挑むように」


 午後の訓練の後、教官騎士が話した予定に新兵達は胸を高鳴らせ、気合を入れた。

 模擬試合の結果次第で、今後の配属先の部隊が決まるのだ。成績上位者には希望する配属先へ推薦状を書いてもらえる。逆に部隊長の方から勧誘される場合もあるが、それは名の知れた貴族階級の子息の特権コネなので、平民には縁がないと言われている。

 

 ……模擬試合当日。

 

「へディー、ダライ、お前達は準決勝から参加するのだ」


 教官騎士は彼ら2人を訓練場の隅に追いやった。他の新兵達との差が大きいので公平を期すためだ。日頃の訓練を鑑みれば模擬試合の結果は自ずと見えてくる。

 ダライだけは、模擬試合で堂々とシャムスと戦える機会を得て鼻息を荒くしていた。

 模擬戦はトーナメント式の訓練で、相手より先に3回攻撃を当てるか、降参を宣言するかで勝敗が決まる。この模擬戦は新兵達にとって出世に繋がる第一歩だ。

 

 準決勝まで勝ち上がってきたシャムスの相手は同室のケインだった。彼が真面目に訓練を欠かさない性格なのを知っていたのでシャムスは驚かなかった。

 

 二人は向かい合い、剣を構える。審判の合図ですぐに試合が始まった。

 ケインが先に仕掛けたが、型通りの攻撃を繰り出すので、簡単に動きを読む事ができた。盗賊として生きて来たシャムスは基本的に、不必要な撃ち合いを避けて体力を温存する癖がついている。攻撃を躱しながら、シャムスは考えていた。

 この試合でわざと負けてケインに勝利を譲る事もできるが、ケインはシャムスの実力をよく知っている。手を抜けば見抜かれるだろうし、おだてあげられるのは彼の性格からして良い気はしないだろう。

 シャムスは真面目に戦ってケインの前へ立ちはだかる事にした。

 

 一瞬の隙を見て間合に入り、少ない手数で仕留めにいく。

 体格差のある相手には、向こうから見え辛い足元を集中的に攻撃をするのが効果的だという実戦経験がある。ケインの膝や脛に2回打撃を入れて注目を誘い、3回目も足元を狙うと見せかけ、油断した頭の上にコツンと剣を乗せた。

 

 シャムスとケインの戦いは僅か2分程で決着がついた。


「……すごいな、お前」


 ケインはもう少し戦えると自負していたのか、苦笑すると己の敗北を自覚し静かに去っていく。

 ついに決勝となり、ダライとの試合が始まった。

 新兵達や教官らが見守る中、ダライは大きな動作で肩の骨を鳴らして入場してくる。


「ようやくお前を叩きのめせるぜッ!」


 殺気に満ちた相手の顔を見て、シャムスの気持ちは萎えていた。試合を理由に痛めつけてやろうという気が、あからさまに見てとれたからだ。

 号令がかかり、ダライが剣を振りながら飛びかかってくる。風を切る音がブオンブオンと鼻先で響くが、シャムスはいつものように避けるだけで剣を握ったまま手は出さない。


「来いよ!いつまでも逃げやがって!下民がぁッ!」

「お前が俺に攻撃を当てられないだけだろう、それとも勝たせて欲しいのか」


 挑発をするだけして、シャムスは構えを解くと剣を床に捨てようと力を抜きかけた。次の瞬間。

 

「手を抜くなッ!」


 教官の強烈な喝が訓練場内にビリビリと響いた。シャムスとダライは驚いて一旦距離を取り合う。


「そのような試合放棄は神聖な試合への侮辱ともとれるぞ、へディー」

「……、」


 教官が睨んでいる。気になって周囲を一瞥すると観戦している新兵達の不満そうな顔が見えた。ついにはヤジまで飛んでくる。日頃からダライにやつ当たりをされている者達だ。


「お前がそんなだからいつも俺たちが割をくうんだぞ!」

「そうだ!真面目にやれ!」

「試合放棄なんて許さねえッ!」


 ダライが怒りに満ちた凄みを効かせるとヤジは静まった。あからさまに手を抜いて降参するのは正道を重んじる騎士として恥ずべき行為である。ケインとの試合を真面目にやっただけに、手の抜き方が極端すぎたのだ。周囲はシャムスとダライの決着がつく事を強く望んでいる。

 仕方なく深呼吸をすると、シャムスはダライの渾身の一撃を打ち返して、剣を遠くまで弾き飛ばした。ダライの剣が地面に転がっていく。

 たった一振りで、二人の明確な実力差を感じさせた。


「っ!?」

「勝者、」


 審判役が手を上げようとしたのをシャムスは先に制して止めた。

 

「まだだ。こいつは武器を落としただけで俺はあいつの体に一度も攻撃していない。それとも降参するのか?」

「っ……!だれがぁ!」


 恥をかいて赤くなったダライは剣を拾いに行き、強く握りしめて剣撃を繰り出すが、それを打ち返してまた武器を払った。木剣はカランカランと音を立てて嘲笑うかのように落ちていく。


「?!」

「しっかり握れよ、ダライ」

 

 ダライが剣を握り立ち向かってくる度にシャムスは容赦なく振り落としていく。力が加わる方向を的確に受け止めながら、滑らせるように押し返すと、ダライの持ち手が反動の大きさに耐えきれずすっぽ抜ける。筋力の差ではなく剣技の差だ。ダライは、自分が込めた力の分だけ弾き返されている事に気付いていなかった。


「武器がないと戦えないのか?拾え」

「っ!〜〜〜死ね!死ねしね!……っ」

「拾え」

「〜〜!お前はッ一体何がしたいんだよ!」


 何回か同じ事を繰り返していると、ついにダライは、床に膝をついたまま剣を拾うのをやめた。その鼻先に剣先を向ける。

 

「謝れ。お前の憂さ晴らしで殴られ、蹴られ、鼻や腕の骨を折られた連中に謝れ。そして二度と俺に付き纏うのをやめろ」

「誰が!謝るかッ!」


 シャムスは剣を振りかぶり、ダライの顔を殴った。バキッと異音がしたが、勿論手加減をしている。唇を切って口から血を流したダライは呆然とぶたれた頬を押さえた。バカにしていた相手に、ここまで圧倒的に打ちのめされるとは思ってもみなかったのだ。


「今のが一度目だ。俺は後2回、お前に攻撃を当てられる」


 試合のルールは3回体に攻撃を当てるか、降参するかで勝敗が決まる。ダライはまるで拷問を受けているような顔になった。


「この程度か、ダライ。降参か?」

「ううぅぉおおおおおッッッくそっ!くそくそくそ!なんなんだよぉッ!」


 ヤケクソになってもはや剣すら拾わず、シャムスを殴ろうと襲いかかったが勿論当たらない。ふらふらとその場にしゃがみ込んで行き場のないもどかしさに今度は床を殴り始めた。

 

「戦う気がないなら謝れ」

「謝るわけねえだっ……グハッ!」


 先程とは反対側の頬を吹っ飛ばすと衝撃で歯が抜けた。暫くは食事が困難になるだろうが、兵舎の飯を家畜の餌だと言ってひっくり返していた奴にはいい薬になる。そう考えているシャムスの表情は全く動かない。

 

「謝罪をしろ、ダライ。謝罪しないまま金で騎士になるつもりか。本当にいいご身分だな」


 ダライの顔と唇はぱんぱんに腫れて、元の顔から見る影もない。

 

「俺を……こんな目に合わせてッ……父上が……黙って……ないぞッ」

「ああ、父親に泣いてすがるといい。お前が普段足蹴にしている農民に試合で無様に負けたのだと」

「……っ!!!」


 今のは大きく堪えたようで、ダライは完全に戦意喪失した。意地でも謝ろうとしない上に、負けを認めない相手にこれ以上は付き合っていられないと判断して、シャムスは3発目をもう一度頬へお見舞いしてやった。

 

 

 ……試合後、教官室。

 優勝したシャムスは絞られていた。

 

「やりすぎだ、へディー」

「手を抜くなと仰ったのは教官です」


 試合を管理していた教官騎士、ヴァルターは口ごたえをしたシャムスをじろりと鋭く睨んだ。シャムスは反省の意を示すつもりですぐに口を閉じて敬礼する。

 

「最初、なぜ試合を放棄しようとした」

「それは……ダライが貴族だからです」


 シャムスの返答に彼は深くため息をついた。


「普段の訓練の様子や立ち振る舞いを見ていれば、お前が手加減をして自ら降参を選びそうなことぐらい読めていた。だから檄を……」

「教官の意図は理解しております」

 

 ヴァルター教官は評判が悪いダライよりも、素直に訓練を受けていたシャムスに花を持たせて問題が起きる前に模擬試合を終わらせるつもりであった。しかしそれを意に介さずシャムスは、ダライの自尊心を徹底的に砕いてしまったのだ。


「騎士団に入れば血筋ではなく実力のあるものが上に立つのだ。貴族だから、平民だからという立場で決めつけられるものではない。……そう言いつつも、現状はお前が思っている通りだ。だから気持ちはよく分かるが、上手く立ち回らなければならない事もある。夢々忘れぬことだ、へディー」

「……はい」

「ところで、お前はどこであのような剣術を覚えた。それほどの腕なら啓示があってもおかしくないだろうに」

「亡き父に……教わりました。父には啓示がありました」


 入団試験の身辺調査の際に考えた嘘八百の"生い立ち"である。もし、父という存在にいろいろと教わる事ができたのなら、どんなに良かった事か。そんな願望をあった事のように話すのに躊躇いは無かった。


「そうか……」


 教官はシャムスの肩に力強く手を置いた。


「お前には才能がある。女神の啓示は産まれたばかりの赤子にも、老いた晩年の老人にも現れることがあるのだ。諦めずにしっかりと励んでいれば、良い啓示を授かるだろう」

「はい」



□―□―□


 

「いかがですか、ハディア隊長。お眼鏡に叶う新兵はおられましたか?」

「うむ!そうだなぁ」


 訓練場を見下ろしていた重騎士装備の2人組の男女は新兵達の模擬試合を吟味していた。良い人材を探しているのである。


「体格でいうとやはりアンリカイン男爵の御子息でしょうか?」

「う〜む体格と実力は申し分ないが性格に難がありそうだ。重騎士は忍耐力がなくては務まらないよ」


 重騎士ハディア・ヌスタン。

 ローズメドウ国家騎士団重騎士隊隊長である。重騎士隊初の平民出身の女性隊長として、国内ではこの名を知らぬ者はいない。隣に立つ副隊長も優秀で実力に申し分なく、恵まれた体格と鍛え抜かれた筋肉の持ち主である。


「だとしたら、やはり彼でしょうか?」

「そうなんだ!私はあの子の類稀なる才能に感動したんだが、う〜む……しかし、重騎士にもっとも必要な要素が欠けている……」

「彼、小柄ですよねぇ」

「そうなのだ!う〜む……」


 遠くで2人の熱い視線を浴び、シャムスは教官室を出るなりゾクリと身震いをした。


 

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