第17話 騎士団入団



□―□―□

 

 ……大盗賊アリババの予告状が出る9ヶ月前。

 

 ローズメドウの王都ローズウッドは美しい街だ。石レンガで舗装された道や色鮮やかな建物の様式、人々の服装はグルデシェールとは異なり独自の文化をもつ。

 王都は賑やかで富んでいる。広場は老若男女が行き交い、騎士に鞭打たれるような親子はおらず、明るく、国民は『聖典戦争』の勝利に酔いしれている。先祖代々からの悲願である女神の聖典を取り戻し、人々はこれから先、永遠とわに、未来永劫続くであろう平和に安息している。


 それとは対照的に、市中の片隅で暗く、貧しい格好をしたグルデシェール人の奴隷がちらほらと見受けられた。

 街を歩いていたシャムスは、彼らと視線を合わせることが出来なかった。国防警備の要である国家騎士団に入団する為、タリーフから譲り受けた魔法具の指輪を使って変装し、試験会場に向かっているからだ。

 奴隷にされた者たちは近いうちに、タリーフ達に助け出されるだろう。その為にも、確実に聖典を盗み出さなければならない。シャムスは決意している。

 

 ローズメドウの国家騎士団は身分を問わず、戦闘職に関する女神の啓示があった者は強制徴兵される。グルデシェールで出会ったジュリアンがそうだ。

 啓示がなくとも希望者は志願し、一般入団試験を通過できれば兵士となれる。そこから昇格すれば晴れて国家騎士だ。主に裕福な貴族や商家の子息は、貴族学校を経て直接文官や士官、騎士として登用されるので、一般入団試験を受けるのは啓示の無い平民が殆どである。


 入団試験には、個人情報を開示しステータス鑑定の魔宝具で審査をする過程がある。

 志願者に不審な点がないかどうか、国家鑑定士と国宝級魔宝具による二重審査が行われるのだ。国家鑑定士はスキルの殆どを鑑定と真贋精査スキルに割り振っているので、並大抵の隠蔽工作スキルでは太刀打ちできない。

 国宝級魔宝具『真実の目』は、黄金の円盤の上に隻眼の男のような顔が彫られており、この円盤の上に手を乗せると魔宝具の有無を問わず、あらゆる偽装や変装、ステータスの隠蔽工作などを見ぬく力がある。これも相当に効果が強いものだ。

 この厳しい審査でステータス偽装が発覚すれば、間違いなく聖典を盗む機会を失う。

 

 シャムスは、王都ローズウッドにある四大聖堂の1つ、“東の大聖堂”と呼ばれる場所に到着した。騎士団の審査会場になっている。

 大聖堂の前には騎士を志す若者が集まっていた。シャムスは“偽名“を名乗って受付を済ませ、聖堂で女神に身の潔白を宣誓する。その後で一人ずつ部屋に呼ばれ、審査を行うという流れだ。

 大聖堂のベンチに腰掛けて待っていると、名を呼ばれて部屋に入る。中には老齢の鑑定士と大聖堂の司祭達が並んでいた。

 まずは国家鑑定士の審査から始まる。シャムスは躊躇うことなく鑑定士の前に立った。

 

『逆さまの愚者』という魔宝具の特性は、変装や偽装工作スキルの効果を増幅させ、経験値が高く強い相手ほど騙される。シャムスが見抜けなかったのだから、彼より高い真贋精査スキルを持つ国家鑑定士は魔宝具の効果がより強く作用する。

 国家鑑定士の目には、啓示を持たない平凡な青年として映っているだろう。


 <へディー>

 16歳

 男性

 職業:なし

 経験値レベル:16

 出身地:永遠の国ローズメドウ教国 デングズリー辺境伯爵領 コーズリー村出身


 国家鑑定士は頷いて、シャムスを次の部屋へ通した。

 

「よろしい。次の者を呼べ」


 移動すると、隣の部屋では随分威圧感のある壮年の騎士と、魔宝具を守る為の警備の騎士が多く並んでいる。シャムスが入室した瞬間、室内にいる全員と目が合った。

 その瞬間、シャムスが耳につけていた猫目石のピアスが微かに揺れる。魔宝具には、魔宝具を用いて対抗するしかないのだ。

 魔宝具"猫鼠同眠びょうそどうみん"は、一定時間、相手を思い通りに洗脳する効果があるが、使用者よりも経験値レベルが低い相手にしか通用しない。


 壮年の騎士の前には、例の魔宝具が置かれている。

 シャムスは『真実の目』という国宝級魔宝具に対抗できる魔宝具を所持していないので、魔宝具を確認する人間の方にをする事にした。

 

 手をかざす前に、壮年の騎士に小声で話しかける。


「俺のステータスに異常はない、入団を許可しろ」

「許可する……」


 魔宝具『真実の目』にはシャムスの本当のステータスが映ってしまっているが、それを確認する騎士達の目は曇っている。

 現在のシャムスの経験値レベルはこれまで奪ってきた盗賊達の命の積み重ねにより、200レベルにまで到達している。並大抵の人間には到達しきれない域だ。猫鼠同眠の有効範囲は広い。

 

「行ってよし……」

 

 洗脳を解除し、早足で部屋を出る。正気を取り戻した騎士達は一瞬、シャムスの方を向いたが、すぐに次の入団希望者を呼んだ。こうして、無事に審査を終えた。


 ステータス審査、身体検査などの入団試験を通過したのはおよそ15歳〜20歳の男子200名程で、全員が新兵として登用される。今は戦時下では無い為、登用人数が大幅に削減されている。

 正式な国家騎士として叙勲されるには戦争で成果をあげたり、任務で魔物を討伐したりなど、一定の功績が必要だ。

 新兵は10ヶ月間の訓練を兼ねて都市勤務し、その後正式な配属先が決定する。よって、10ヶ月以内に準備を終わらせ、生贄の日に間に合わせなければならない。


 入団した新兵たちは、教王が住まうローズウッド城のすぐ側にある騎士団兵舎に住まう。そこで日々訓練をし、寝食を共にする。

 広い訓練場での入団式を終えて一通りの説明を受けた後、シャムスが兵舎へ戻るつもりで歩いていると、突然何者かに背中を押され、前によろけた。

 振り返ると3人の男達がシャムスを見下ろしながらニヤニヤと含み笑いをして並んでいる。その中で一番背が高く体格のいいローズブロンド髪の男が声をかけた。


「おい、お前どこから来たんだよ」

「……コーズリー村だ」


 今のシャムスはローズメドウ人の青年“ヘディー“として変装している。怪しまれないようバールードにメドウ語を教わったが、極力他人と関わりたくないという元々の性格は変わっていない。しかし、無視をするわけにもいかないので、仕方なく応えた。

 

「コーズリー村ぁ?」

「王都じゃねえな。どこの領地の村だよ!」

 

 シャムスの返答にわざとらしく聞き返した男達は顔を見合わせ、嘲笑った。

 

「ド田舎からのおのぼり野郎か!」

「ひょろっちい奴」


 入団した新兵達の中でもシャムスは小柄な方だ。変装は肌の色や顔の造形、髪の色以外は身長も体重も本来の姿と同じにしている。元の体との乖離性が少ないほど変装がバレにくく、動きやすいからだが、騎士として長剣を持つには心許ない体格をしている。それを揶揄われているのだ。

 周囲にいた者たちはそさくさとこの場を去っていく。入団初日で素行の悪い貴族に絡まれている見ず知らずの同僚を助ける者はいない。

 

「貧しい田舎では家畜以外の肉も食うんだろ?何だっけなあ」

ハウンドか?ケットシーだったかぁ??」

「ギャハハハハッ」


ワイルドボアだ。ジュリアンならそう返答するだろう、とシャムスは思い返していた。

 初めて会った時、彼の故郷の話を散々聞かされていたのでまだ覚えている。猪は畑を荒らすので狩猟し、臭みをとって鍋で煮込むと美味いという話であった。

 

(あの男も出身地で馬鹿にされるような目にあったのだろうか)

 

 黙ったまま反応の薄いシャムスに向かって、中央にいるローズブロンドの男が名乗りをあげてふんぞり返った。

 

「俺はアンリカイン男爵家ダライ・アンリカインだ。お前を俺のにしてやる」


 その名を聞いてシャムスの纏う空気が変わった。急に鋭い視線を向けてきた相手に、ダライは一瞬動揺したがすぐに持ち直した。


「何だその目は。生意気だぞ!せいぜい俺様に付き従っていろよ土かぶりの農民!」

 

 ダライが足元の土を大きく蹴り上げた。勢いよく飛び散って、砂がシャムスの顔や体にかかる。

 

「……。」

 

 汚れたシャムスを見て3人は飽きもせずゲラゲラと笑い飛ばす。

 農民出身は貴族出身に差別される、この格差はグルデシェールもローズメドウも変わらない。

 "猫鼠同眠"で黙らせたくなったが、入団の際に怪しまれないようタリーフから譲り受けた魔宝具以外は全て異次元収納に隠してある。これから長い共同生活が始まるので、いちいち魔宝具を使っていられない。


(同じ人間だというのに、人は自分の優位性を周囲に誇示して差別化する事をやめられないらしい)

 

 人を見下し、虐げ、見返りもなく、搾取しかしない権力者は盗賊のように奪うだけの犯罪者と何が違うというのだろうか。

 シャムスは脳裏にタリーフの姿を思い浮かべた。命令でなければ、こんな所はすぐにでも離脱してしまいたい。そう思った時、兵舎に向かう廊下から歩いて来る二人組の新兵達の会話が耳に届いた。

 

「ここにいるってことは貴族学校にも入れず、しかも家督を継がない次男以降の男子ってことだろ?俺達と同じ新兵だってのに、何であんな偉そうにしていられんのかねー」

「シッ、おい聞こえてるぞ」


 二人はシャムスに絡んでいるダライ達に気付き青ざめると一目散に引き返していった。ダライの方は、真っ赤な顔で逃げていった二人組を睨んでいる。

 なるほど、とシャムスは彼らの会話で理解した。ダライという男の傲慢で幼稚な態度は、自分の境遇の引け目から来ているのだ。従わずとも脅威は無いと判断し、ダライ達を無視して、兵舎にある自分の部屋へ戻ろうとする。

 シャムスが歯牙にも掛けない態度とったことに恥をかかされたダライは掴みかかった。


「お前……ッ!」


 しかしシャムスはそれを難なく躱し、体術スキルで一気に距離を取ってその場を離れる。彼らが呆然としてる隙に、自分の部屋へ戻った。

 

 新兵の兵舎では一部屋を2人で共有して使う決まりになっている。牢屋とさして変わらないほど狭い室内は、2組のベッドとテーブルが1つしかなく、中には既に相部屋の男がいた。

 青みがかった灰色の短髪で、やはりシャムスより格段に体格が良く、床の上に手をつき上裸で筋肉トレーニングをしている最中であった。


「……、」

「…………」


 互いに数秒間ほど見つめ合っていたが、向こうが先に名乗った。

 

「ケインだ、よろしく」

「よろしく。へディーだ」


 それ以降の会話はなかった。シャムスがダライのせいで土被りになっていても、ケインは気づかないまま自分のトレーニングに戻る。彼もまた、大人しく非常にマイペースな男なのだ。

 口下手なシャムスは自分から友好関係を築こうとはしない。計画の為にも余計な接触はない方がいいと考えているので、この部屋は他のどの新兵達の部屋よりも静寂だった。

 こうしてシャムスの、新兵としての波乱な生活が始まった。

 

 

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