第12話 聖地イクリール
「女神の聖典とは、まさかあの聖典のことか」
「そうだ。聖典戦争で隣国、ローズメドウに奪われた
王子の家臣になった以上は何を命令されても驚くまいと思っていたが、シャムスはやはり度肝を抜かれた。
「……本気で言っているのか」
「冗談でこのような事は言わぬ」
「奪ったとして、どうするつもりだ。また戦争でも起こすつもりか」
「逆だ、戦争を起こさせないために奪うのだ」
タリーフがシャムスを仲間に引き入れたかった一番の理由はこれかと、今しがた握らされた指輪を見る。計画が先か、盗賊アリババの存在を知ってからこの計画を思い付いたのか、それはどちらでも良い事である。
「このまま余達が何もせずにいればグルデシェールは近いうちに、永遠の国ローズメドウ教国と海の国シーレギアにより完全に属領化して国土が分断され、最悪グルデシェール人は国から追放させられるだろう」
「……何だと?」
タリーフは話を中断すると、待たせてあるブドゥールを呼んだ。
「ここから先は王都で説明する。余とブドゥールは
「問題ない、俺の神馬は空も走れる」
「誠に素晴らしい馬だな。南の砦街サターラから移動する時に余も乗せてくれれば良かったのではないか」
「神馬であっても二人分の体重を嫌う。機会があれば乗せてやる」
ブドゥールとタリーフが乗った魔大鷹とシャムスの神馬サビクは上空を移動し、まずは王都の近くにある『麦の穂商会の村』へ向かった。
この国の空を翔けるのは、太古の昔に生きていたという竜種か、魔物や鳥類のような生物のみで、例外はシャムスが持つような魔宝具を使う事だ。魔法士や魔術士は研鑽を積めば可能だと言われていても、その域に到達した物はこれまで歴史に存在していない。
陸路では
やがて村についた3人は、麦の穂商会の荷馬車に乗り換えた。麦の穂商会の村は、その名の通り商会の物流の中継地点であり、各地から集まったタリーフ達の支持者が多く住んでいる。3人は目立たぬようにマントを被り、麦の穂商会の物資の輸送に紛れて王都イクリールへ入るのだ。直接空から王都に入ると、ローズメドウの騎士達に見つかってしまう恐れがある。グルデシェールの三大都市には隣国から派遣されたローズメドウ騎士団の部隊が都市警備で常に目を光らせている。
現在シャムス達が向かっている王都イクリールは、別名“聖地イクリール”と呼ばれていた。
地下水が湧き出たオアシスを中心に都市が築かれており、大規模な神殿を中心に国王が住んでいた白亜の宮殿が並んで聳え、そこから石と泥煉瓦造りの街並みが広がった美しい都だ。王都イクリールは、女神歴が始まった1000年以上前、創世紀元に女神が降り立った伝承が残る。
それはグルデシェール王国の建国神話『運命の鍵とアリババ』に由来している。
【土の国の青年アリババは長い長い冒険の果てに5つの運命の鍵を手に入れた。『黄金の鍵』『白銀の鍵』『鉄の鍵』『鉛の鍵』『青銅の鍵』である。
するとアリババの前に美しい女神“薔薇の蕾“が現れてこう言った。
「鍵を私に返してください。けれど、集めてくださったお礼にこの中からひとつだけお好きな鍵をさしあげましょう」
アリババは最初、様々な鍵に目が眩んだが、悩んだ末に『鉛の鍵』を選んだ。女神の指さす方向には扉があり、鍵穴に鍵を通すと扉の先には伝説都市イルムが現れた。イルムは様々な女神達が住む都である。
イルムの中央には黄金の城があり、女神“薔薇の蕾”は城から
「この本には世界の理と平和が記されています。どうか本を持ち帰り、世界に平和を説いてください」
正義と勇敢な心を女神に認められた英雄アリババは言いつけを守り、女神が降り立った地に神殿を建て、聖典を祀り、平和を説いた。これが聖地イクリールである。】
王都イクリールの神殿には、建国当時から終戦の日まで聖典が祀られていた。しかし隣国、
そもそも『聖典戦争』とは女神歴111年に砂漠の国グルデシェール王国と
女神の聖典と聖地は両国の建国に根深く関係しており、それぞれの首都こそが『聖地』であると主張してきた。
ローズメドウ教国は建国時に「砂漠の国に聖典を奪われた」宣言している。彼らは"英雄アリババ"を"大盗賊アリババ"と呼び、女神の聖典は大盗賊アリババにより“奪われた“とされ、アリババの血を引くグルデシェールの王家を『大盗賊の一族』と蔑称していた。
互いの主張は相反し、一歩も譲らず、戦争と休戦を何度も繰り返し、そして女神歴1112年に『聖典戦争』はローズメドウの勝利により何世代にも続いた戦いに幕を閉じた。
これによりグルデシェールはローズメドウの支配下となり、一定の自治を認められた保護国という名目ではあったが、当時のグルデシェール国王オマール・アル・シャルフーブを始め、7歳であった唯一の王子タリーフと残された全ての血族及び、十州の州王達は王位を剥奪され、彼らの親族を含む全員が処刑された。
その規模は1000名以上にのぼり、ローズメドウからは『盗賊の血の清算』と呼ばれ、グルデシェール人はこの出来事について一切口にすることができなくなった。けれど民は今でもイクリールこそが本来の聖地であると信じており、建国神話を疑う者は誰一人としていない。
現在のグルデシェールの国政はローズメドウから派遣された執政官達と残されたグルデシェール人の宰相と大臣らによって執り行われ、今に至る。
シャムス達の乗る荷馬車が王都にある麦の穂商会の本部に到着したのは、すっかり日が暮れた頃だった。麦の穂商会は遠くに神殿と王宮がかろうじて見える距離にあり、その建物はアサルラーハにあるタヒーク商会の3分の1ほどの大きさしか無いが、中は商品の搬入出をする商人達でごった返していた。
「あまり建物を大きくすると目立ってしまうからな。今はまだこのままなのだ。……余の部屋へ行くぞ」
商会で働く人々を避けながら奥の部屋へ着くと待ち構えていたかのように扉が先に開き、中から立派な髭を生やした大男がタリーフ達を出迎えた。
「殿下、お待ちしておりましたぞ」
「おおバールードよ、早かったな。よくぞ戻った」
タリーフが大男を労い、ブドゥールは人数分の茶を用意するために奥へ下がった。バールードという男は額に刺青があり、体の至る所に古傷があり、筋骨隆々で、いかにも初老の戦士という風貌だ。腰には剣を、背には大斧を携えている。彼の鋭い眼光がシャムスに向くと、その迫力から逃げるようにタリーフの影に隠れた。
「紹介がまだだったな。盗賊のシャムスだ、余の家臣になったぞ」
「……ほう、彼がですか」
タリーフは得意気にシャムスを前に出した。バールードは大きな背を丸めてフードマントを被るシャムスを吟味するかのように覗き込む。バールードには、タリーフと違った威厳がある。正道を行く歴戦の戦士と正面から対峙したことがないシャムスは後ろめたさから更に小さくなった。
「この者は戦士のバールード・ザマーンだ。余の父王に仕えていた。かつてはグルデシェール軍の将軍を勤め"『鉄火のバールード』とは呼ばれていたのだぞ。知っているか?」
シャムスは首を振った。
「仕方あるまい、戦争が終わったのはシャムスが生まれて間もない頃の話だしな」
「随分とお若いのですな。……お若くとも豹のように爪を研いでおられるようだ」
バールードは満足したのか、姿勢を元に戻した。やがてブドゥールが茶を運んできたので、4人はようやく腰を落ち着けた。
「さてと、新しい仲間が増えた故、改めて計画の話をせねばなるまい」
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