第9話 狩人のマタル



……女神歴1117年。

 シャムスが盗賊の啓示を受けて2年が経ち、10歳になった頃の事だ。この2年で、彼は"盗賊アリババ"として3つの盗賊団を滅ぼしいていた。

 初めて盗賊を倒したあの日、シャムスは形見の短剣で坑道の入り口に"盗賊アリババ"と大きく名前を掘った。盗賊を倒してまわっている存在を印象付け、彼らの怒りの矛先を近隣の村ではなく“誰かに“向けさせるためだ。

 

 "アリババ"とは昔、シャムスが母から聞かされた物語に出てくる英雄の名前である。英雄アリババの物語『運命の鍵とアリババ』は砂漠の国グルデシェールの建国神話であり、グルデシェールの民でこの名を知らない者はいない。英雄アリババは5つの運命の鍵を集め、伝説都市イルムに訪れると、黄金の城に到達した。という物語である。


 シャムスのように啓示を授かった人間は、職業ジョブに沿った技能、通称“スキル”を扱えるようになる。スキルは職業に属し、大きく3つのスキル系統に分けられる。3つのスキル系統の中には、樹状に細かく分岐し枝分かれした細かいスキルが存在する。これは一般的に、スキルツリーと呼称されている。

 盗賊であれば、3つのスキル系統に『隠密』『暗殺』『奪取』がある。

 そして更に細かく、隠密項目の中には[変装]や[体術][気配察知]スキルなどが含まれる。暗殺項目の中には[毒][投擲][剣術][騎乗]スキルが、奪取項目の中には[盗み][鑑定][収納]スキルなどがある。


 職業に準じた各スキル系統から細かい項目のスキルのレベルを上げていけば上達するという具合だ。スキルは人生経験値に比例してスキルポイントが生まれるので、それを任意で割り振るとスキルレベルが上がる。

 人生経験値は1年歳を取るごとに必ず1レベル上がる。これは啓示された職業があっても無くても変わらない。


 例えば、鍛治士という生産職を持つものは、作品を生み出せば人生経験値が上がりやすい。鍛治士として高みを目指すには、作品を作り続けて職業に即した経験を増やす必要がある。

 つまり戦闘職を持つものは、人や魔物を倒せば経験値が手に入りやすい。特に人の命を奪って得る経験値は大きい。無論、経験値を得る為に人の命を狩る行為は倫理に反する為、十国大陸国際法で禁止されている。


 2年の間に知恵をつけたシャムスは“スキル“を使って盗賊達を追い、隠れ家を突き止め、その近くで何日も盗賊達の出入りを見張りながら暮らし、隙ができたところで盗賊達の食料や飲水に毒を入れて一網打尽にするという方法を繰り返していた。盗賊を殺す度に経験値が身に付き、敵を倒す手段や手口が増えている。

 一人旅をする中で魔物に襲われ、危ない目に合う事は何度もあったが、盗賊を狩るのをやめようと思ったことは一度もない。啓示のせいか、憎しみか、盗賊への執着がシャムスを突き動かしている。

 

 こうして3つ目の盗賊団を滅ぼしたシャムスが、隠れ家で死体から金目のものを探っていると、突如として1人の女が飛び込んできた。

 背中に弓を背負い、狩人のような格好をした女は1つに結った銀の髪を靡かせている。この国の女は大抵、外では髪を隠す布を巻いているのだが、彼女は髪を隠すどころか動きやすい男のような服装をしている。

 女は盗賊団の死体とシャムスの姿を見つけて瞠目した。


「これは、アンタがやったのか……?」

「……だったら何だ」


 女は中に入ってきて、隠れ家の中の様子を見渡すと、慌てたようにシャムスの肩を掴んで揺さぶった。

 

「妹は?!ここに捕まっていた女達はどうした?!」

「っ、女達なら全員逃した……入れ違いになったみたいだな」


 ここの盗賊団にも、どこかの村から連れてこられた数人の女達が囚われていた。女達は先ほど解放したばかりだ。

 

「……っ!アンタも来い!」


 いきなりシャムスの胸ぐらを掴むと、物凄い力で脇に抱えて走り出した。逃れようと暴れるが、力の差でビクともしない。

 

「っ何だ!やめろ!」

「人を助けたのなら最後まで送り届けるくらいの責任を取れ!覚悟のない人助けは無責任だぞ!」


 責任。その言葉にシャムスは抵抗をするのをやめた。自分は感謝こそされど、責められる事はないと思っていたからだ。シャムスを連れた女がしばらく走っていると、前方に、盗賊団から逃れた女達が疲労で蹲っているのが見えてきた。


「ビルカ!みんな!」

 

 女は、突然砂の上にシャムスを放り投げると女達を抱きしめた。彼女達は涙を流しながら再会を喜んだ。


「逃げ出してきたはいいが、ここがどこだか……村の方角が分からなくなっちまってね。マタル、あんたがきてくれて助かったよ」

「アタシに任せときな、狩人は迷わないのさ」


 女達を安心させるため、弓を背負ったマタルという女は自分の胸を叩いた。盗賊に捕えられていたマタルの妹、ビルカがやつれた顔でシャムスを見た。


「さっきの……私たちを助けてくれた男の子だね……、ありがとう……」


 女達は幼い少年を憐れむような、怯えるような、複雑な視線を向けた。居た堪れなくなり、シャムスは逃げ出そうと走りだしたが、追いかけてきたマタルに再び捕まった。


「待ちな、アンタには聞きたいことが色々ある。妹たちを助けてくれたお礼もしたいしね」

「……!いらないッ離せ!俺といたらお前達はまた、酷い目にあうぞ……ッ」

「盗賊達の事かい。それならアンタが倒してくれたじゃ無いか。それに、そうやって脅すくらいならアタシ達を守っておくれよ"盗賊アリババ"さん」


 彼女が来るより前に、隠れ家の壁に名前を掘っていた事をシャムスは後悔した。


「……ッ!言いふらしたらお前も殺すぞ」

「できるものならやってみな」


 マタルは煽りながらシャムスの体を解放した。途端に、シャムスは形見の短剣を振って攻撃したが、彼女の体に少しも擦りはしない。やがてシャムス少年は、マタルの拳に負けて大人しくなった。

 

 マタルに後ろ襟を掴まれたシャムスは、女達と半日歩いて、ようやく彼女達の村があるという大きな岩山に辿り着いた。岩壁の割れ目にできた入り口を抜けると、中は大きな円形の洞窟になっており、天井には穴が空いていて陽の光が差し込んでいる。床にはさらさらの砂が敷き詰められ、地下水が通っているのか井戸もある。

 洞窟の壁に沿って家や建物が階段状に作られており、小規模の不思議な村だ。


 マタルがようやくシャムスを解放した。


「ようこそ、"竜の寝ぐらの村"へ」


 攫われていた女達が戻ってくると、村人や子供達が駆け寄ってきて何度も喜び合い、安堵の涙を流した。その様子を遠くで眺めながら、シャムスは思い出していた。こんな風に母が帰ってきてくれたら、どんなに良かっただろうかと。

 暗い表情に気づいたマタルは、自分の腰の高さにある少年の頭をくしゃくしゃと乱暴に撫でた。


「アンタの名前はなんて言うんだい」

「……」

「アタシは狩人のマタルだ。教えてくれないなら、みんなにはアリババって紹介するよ」

「シャムスだ……」

「よろしくシャムス」


 マタルは先導して村の中を歩きだした。


「この洞窟はね、太古の昔、ドラゴンが生きていた頃、偉大な砂竜が寝ぐらにしていた場所なんだ。その証拠に、あそこに竜の骨の一部が祀ってある。だから竜の寝ぐらの村っていうんだよ」


 彼女が指を差した先に、子ども一人分ぐらいありそうな大きな牙の形をした骨が1つだけ飾られていた。

 

「ここの村は今、女と子どもと年寄りしかいない。戦争に行ったきり帰ってこない男達を待ってるのさ」

「同じだ……俺の故郷の村と」

「どこの村もみんな同じだ。おいで、茶でも振る舞うよ」


 階段をのぼり、岩と泥を重ねて作った小さな家に着くと、マタルはシャムスを迎え入れた。

 

「ここはアタシの家だ。妹は結婚して旦那の家で暮らしてる。……といっても、あの子の旦那は帰って来ないがね」


 マタルは茶を沸かした後、厨で棗椰子を一掴み持って皿に乗せ、シャムスに振る舞った。そして堂々と胡座をかいて座る。その仕草が、まるで男のような女だとシャムスは思った。シャムスが知る女達は、一様に気が小さく、おとなしい。と言っても、この国の女は無防備でいると盗賊や暴漢に拐かされる事が多いので、一定の年齢に達すると家族以外の男とは距離を取って生活をする。だから警戒して殆ど素顔を隠しているというのが正しい。

 

「シャムス、家族はどうしたんだ」


 少年が一人で盗賊の隠れ家をうろついていたら、大人としては心配をするのが当然である。

 

「……両親は死んだ。妹とじいちゃんが村にいる」

「どうして側にいてやらない」


 叱るような視線に、シャムスは少し腹がたった。

 

「側にいれないからだ。俺は女神の啓示で盗賊になった!だから二度と家族を盗賊に奪われないために、盗賊を殺してる」

「戦争で人を殺せば英雄、それ以外は大罪人だからな」


 ため息をついたマタルは、飲み干した茶器を絨毯の上に置いた。

 

「妹達はこの先の町に刺繍織物を売りに行くんだ。ついでに夫達が帰ってきてないか、もう5年も探してる。本当にどこかで生き延びているかもしれないし、死んじまってるかもしれない。あの子達が諦められるまで……アタシは付き合ってやるつもりさ」


 マタルは家の窓から村の様子を眺めた。この村にある家の窓は、他の村に比べて大きい。村全体を岩壁が囲っているおかげで砂塵が家の中に入ってこないのだ。だからシャムスにも、村の中央で遊ぶ子ども達の姿が見えた。

 

「ビルカ達が町からの帰り道で盗賊に襲われたのが4日前だ。なんとか奴らの根城を見つけた時にはアンタが片付けた後ってわけさ。妹達を助けてくれて本当に感謝してる、シャムス」


 村の子ども達とさほど年齢が変わらない、まだあどけなさが残る目の前の少年に視線を戻したマタルは、微笑んだ。

 

「アタシはね、狩人の啓示を授かる前から男のように外で狩りをしたり力仕事をするのが好きだった。この村の女達のように料理や刺繍に専念するなんてできなくてね。だから結婚もできなかったし、村では変わり者扱いされてたよ。両親からも冷たくされて、認めてくれるのは妹のビルカだけ。アタシの居場所は殆ど無かった。けれど男達が戦争でみんな居なくなってからは、アタシがこの村を守るようになった。そしたら今では……こうして頼りにされてるってワケさ。今の生活が、女神に託されたアタシの役目だと思ってる」


 彼女は狩人として、毎日弓とナイフで獲物を仕留め、村の生活を支えている。彼女がいなければ、この村の生活は今よりずっと困窮して立ち行かなくなっていただろう。村が困難に直面してようやく、村人達は彼女に対する認識を改めたのだ。


「自分の経験から、アタシは人を見かけで判断しない、人が決めた事に口出しするような野暮な真似はしないって心に決めてたんだ。だけど……今回ばかりはお節介を焼かずにはいられない。シャムス、アンタは本当に今のままで良いのかい」

「俺があの盗賊達を殺したからお前の妹が生きて帰ってきた。間違ってると言われようが、俺はこのままで良いと思っている」

「……、覚悟のない人助けは無責任だと言った、アタシの言葉の意味がわかるか」

「……それは、分からない」


 マタルは目を閉じ、軽く息を吐いてから意を決してシャムスを真っ直ぐに見た。


「では聞くよ、アンタに命を助けられた人が村まで送ってほしい、ずっと盗賊から村を守ってほしいと懇願したらシャムスはどうする」

「……断る。ずっとは無理だ。命が助かったのなら、あとは自分で……」

「帰れなかったらどうする。幸いビルカ達は大きな怪我をしていなかったが、もし歩けないほど弱っていたら?足が斬られていたらどうする。見捨てるのか?背負って村まで運ぶか?」

「……」 

「子どものお前じゃそこまで面倒は見切れないだろう。助けたつもりが、面倒を見なければ途中で死ぬ事だってある。そうなったらアンタは本当に人助けができたと、自信をもって言えるのかい」


 シャムスは言葉に詰まった。そこまで考えていなかったからだ。

 これまでシャムスが助けた女達は、どんなに弱っていても自力で立ち上がり、帰っていった。それは鍵を開けてくれた幼い子どもに、それ以上縋る事ができないからだ。シャムスの目的はあくまで、盗賊を殺す事なのだ。

 

「助けるというのは、牢屋の鍵を開けて終わる事じゃない。責任を持たなきゃいけないんだ。それができなきゃ、助けていない事と変わらない。アンタは人助けじゃなく、盗賊を殺すことで。もちろん根本的な原因である盗賊を倒すことも大事だ。けどね、人を殺す事と人助けをする事は違う。そこを同列に考えちゃいけないんだ」

 

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