第8話 復讐と宿命



 盗賊達は、盗品をおろした後に何か話し合いながら再び馬に乗ってどこか次の村へ向かった。1つの村を襲っただけでは、大した食料が得られなかったのだ。

 シャムスは人の気配がしなくなってから、そっと蓋の隙間から様子を窺った。

 盗賊達の根城はどこかの廃坑の中のようで、薄暗くてよく見渡すことができない。この地域では、戦時中に放棄された坑道跡がいくつもある。

 恐る恐る水瓶の中から外へ出た。出口を探そうと壁伝いに歩いていると、近くで鎖の音がしたので警戒して足を止める。

 盗賊の仲間がまだ残っているのだろうか、と音がした方向へ慎重に進む。そこには、近隣の村から連れてこられた女達が3人ほど鎖に繋がれたまま、力なく横たわっていた。かろうじて生きているようだが、服が破かれ、ほとんど裸だ。


「……っ……」


 シャムスの脳裏に、盗賊に連れ去られていく母の記憶が蘇った。母もここで、同じ目に合っていたのだろうか、そう思うと怒りが沸々と込み上げてくる。

 

(――許せない。)

 

 今すぐ助け出したかったが、弱った彼女達を連れて逃げている途中で、また盗賊達に見つかったら元も子もない。そう思い直して踏みとどまった。


(どうにかして、戻ってきた盗賊達を倒さないと。)


 彼らは食い扶持に困っているくせに助け合わず、弱いものを虐げ搾取していくだけの存在だ。

 盗賊行為は重罪であるにも関わらず、国や州は彼らを裁けずにいる。今の状態を維持するだけで精一杯で、盗賊を討伐する為の資金が無いのだ。無償で民の為に命を張れる程の正義感と力のある者は皆、先の聖典戦争で命を落とした。だから、戦争が終わってからずっと、盗賊達は野放しなのである。誰かが命を賭してでも食い止めない限り、永遠に同じ事が繰り返されるだろう。

 積年の恨みを晴らしたいという復讐心が、どろどろとシャムスの胸を曇らせた。

 盗賊のせいでどれだけ苦しい思いをしてきたか。必死で育て集めてきた食料を奪われなければ、命を繋げた村人がどれだけいたことか。


(奴らさえいなければ、母さんは今でも俺たちと暮らしていた。じいちゃんも傷つかずに済んだ。ルジアーナは母さんを知らないまま育つ事は無かった)

 

 シャムスは腰に差していた形見の短剣を握った。


(母さんの、みんなの仇のためなら、父さんだってきっと認めてくれるはずだ。)


 シャムスは盗賊を倒すために役立つ物がないかどうかを調べ始めた。

 彼らが生活拠点にしている坑道の中を歩いていると、つま先に何かが当たって立ち止まる。袋から飛び出た芋だ。

 食料として持ち込まれたようだが、全ての芋から芽がでてしまっている。成長して芽が出た芋には毒があルので食べる事はできない。シャムスは以前、芽が出た芋を飢えのあまりどうにか工夫して食べようとして、祖父に止められたことがある。

 

 (……これなら使える)

 

 すぐに思い立って、幾つかの芋を短剣で刻んで潰した。そして服を脱ぎ、切り裂いて布を作る。その上に潰したものと重石を一緒に入れて包んだ。完成した物を、持ち運ばれてきた全ての水瓶の中に落としていく。この芋の毒は水に溶け、加熱しても毒性は殆ど消えない。

 坑道内は薄暗いので、多少水が濁っていても気づかずに飲んでくれる可能性は大いにあるだろう。例え毒が弱くて死に至る事はなくても、弱ってくれれば女達を逃す時間が稼げる。

 一通り作業を終えた所で、シャムスは横たわっている女達に声をかけて起こした。

 

「あ、あんたは……」

「シッ……あいつらの水瓶に毒を入れたから、今夜は食事を出されても絶対に食うな。これは毒を入れる前に取っておいた水だ、飲んで」


 女達はただならぬ気配を察知して体を奮いたたせると、シャムスが皿に避けておいた水を飲んで頷いた。

 水を得て少し気力が戻った一人の女が、見るからに痩せ細っている少年に尋ねた。

 

「あんたは、一人で来たのかい……?一体どうやって……」

「盗品に紛れて付いてきた。必ず助けるから、バレないようにじっとしてて」

「坊や……あたし達の事はいいから、お前だけでも逃げな……!」

「駄目だッ……あの野郎どもが戻ってきたらここで絶対に殺す。俺の母さんも辱められて殺されたんだッ!」


 栄養が足りず痩せ細っているシャムスは実年齢よりも幼く見える。少年に憐れみを向けていた彼女達は、彼の気迫に驚いて口を閉じ、そのまま俯いて大人しくなった。

 それぞれの境遇を思い、涙を流す静かな嗚咽を聞き、シャムスは悲しみにつられないように距離をとって身を隠せる場所を探す。

 岩石が崩れてこない様に建てられた坑木の天井に、ちょうど子どもが隠れられそうな大きさの隙間があったので、そこまでよじ登って身を隠し、その時を待った。


 やがて夜になり、ぞろぞろと帰ってきた盗賊達は奪ってきた獲物を奥に運び込んだ後、鍋を囲って酒盛りを始めた。酒はこの国で殆ど手に入る事がない貴重なものだ。それを手に入れた盗賊達はみな上機嫌で、少しでも長く楽しむために、酒をで薄めた。

 夕食の鍋にも、仕込んでおいたが使われている。疑いもせず、警戒もせず、談笑する数十人の盗賊達はやがて異変に気づき始める。

 酒を飲んでいた1人の男が突然吐き出した。


「おい、もう酔っ払ったのか!汚ねえな!」

「おえ……う、違……なんか、気持ち悪ぃ……」

「俺も……腹が……」

「何だ……?!」


 男達は呻き、苦しみ、バタバタと倒れ、ある者は泡を吹いて気絶した。彼らが帰ってくるまで数時間はあったので、毒はしっかりと滲み出ていたようだ。


「クソッ!毒だ!食うな!」


 盗賊の頭領が皿を投げ捨てて呼びかけるが時既に遅し、酒盛りを始めてかなり時間が経っているので全員が酒と料理を口にしている。頭領も自分の体の差し迫る異変に堪えられず膝をついた。


 (――今が好機だ。)


 坑木の隙間から飛び降りて一目散に頭領の元へ駆け寄り、短剣を振り翳すと、背後から腰のあたりを突き刺した。


「ぐうぅうううぁあ!!!」

「村の……!みんなの……!母さんの……!仇だッ!」


 シャムスの力が弱かったせいか、あまり深く刺さらなかった。一度剣を引き抜くと、頭領の男は膝をついて座り込み、シャムスの方を見て動揺した。


「クソッ!……こんな小せぇガキが……ッ」

「はぁッ……ハァッ……」


 頭領が剣を握ろうとしたので、すかさず、今度は力一杯振りかぶってとどめをさした。胸を貫いた短剣から血がとめどなく溢れ出す。


「うぐぅ……ッ!……く!……」

「はぁっ……、は……、っ」

 

 盗賊を仕留めた達成感と、夥しい血と己の罪、冷静になりつつある頭が急に冷えてきて手足が恐怖で震えた。

 頭領の男は苦しみながらも、倒れている仲間達を一瞥した。


「……小僧、お前が……やったのか」

「……、……」


 黙っていると、男は胸にささったままの剣の柄をシャムスの手ごと掴んで不気味に笑った。シャムスは情けない悲鳴をあげ、咄嗟に振り払って飛び退いた。

 

「お前は……さぞ大物に、……なるだろうよ」


 頭領は皮肉を言い残した後、息絶えた。

 次の瞬間、シャムスの頭の中に得体の知れない声が響きわたる。


『称号:盗賊団頭領殺しを獲得』

『スキル系統:隠密を獲得』

『スキル系統:暗殺を獲得』

『スキル系統:奪取を獲得』


《ジョブ:盗賊を体得》


「!?」

 

 シャムスは自分の体に不思議な力が満ちたのが分かった。

 これこそが、言い伝えられてきた"女神の啓示"である。


 人によって授かる状況や種類は異なるが、この世界では然るべき時が来れば女神によって啓示を与えられる。啓示を授かった者は職業に則った役割と宿命を果たして生きなければならない。

 けれど、その宿命はシャムスが望んだものではなかった。


 (どうして俺が、どうして俺が。盗賊なんかに。)


 シャムスの視界には古代神話語によって書かれた自分自身の"ステータス"が光る文字になって現れて見える。これは、啓示を受けた者のみが自然と解読できるようになる言語だ。ステータスには名前と"盗賊"の文字がハッキリと見て取れる。


  "盗賊シーフ"

 

 血で真っ赤になった手で振り払うと光の文字は砂のようにサラサラと消えていった。

 盗賊の事をあれほど憎んでいたシャムスは、復讐を遂げた途端に己自身が盗賊になってしまったのだ。


 (……自業自得だ。)


 盗賊達の隠れ家に着いた時、見つからずに運び込まれた事を好機だと感じていた。憎悪で目が曇り、毒を盛るのになんの躊躇いも感じなかった。それよりも、盗賊達が毒に当たった事に達成感や高揚感があった。

 頭領の命を奪った時、復讐を遂げられたと思ったのだ。

 

 祖父のように、鍛治士になるものだと信じて疑わなかったシャムスには、大き過ぎる衝撃だった。盗賊の啓示を受けたことで、鍛治士になる道は閉ざされてしまった。

 女神に認められるほどの、盗賊としてのがあったのだと、いやでも自覚せざるを得ないのだ。

 

「坊や!」

 

 茫然自失の状態で地面に座り込んでいたシャムスに向かって、拘束されている女の一人が叫んだ。その声でハッと我にかえり、倒れている盗賊達の中から鎖を外す鍵を見つけ出すと、女達を解放した。


「終わったんだね……」


 周りに倒れていた盗賊達はいつの間にか全員息絶えており、死体とシャムスの血だらけの手をみて、彼女は涙を流しながら抱き締めた。


「本当に、すまなかったね、すまなかった……」


 腕の中で、シャムスは再び母のことを思い出した。そっと離れると、彼女達にここを去るように促す。

 

「早く逃げろ、他の仲間がいたら戻ってくるかもしれない」

「坊やは……?」

「俺は……一人で帰れる」

「……、助けてくれてありがとうね。坊やに、女神様のご加護がありますように」

「…………、」


 彼女達はシャムスに礼を言い、連れ立って坑道の外へ出た。外には盗賊達の馬があったので、それぞれ馬を連れて去っていく。シャムスは、繋がれていた残りの馬達も魔物に食われないよう解放した。近隣の村の誰かが拾うだろう。

 そして盗賊達が集めた盗品の中から、使えそうな荷物を持てるだけまとめると、死体に油を撒き、火を放った。死体をそのままにしておくと魔物が死肉をあさりに居着いてしまうからだ。

 シャムスは彼らに墓を立ててやるつもりはなかった。心はもう、少しも動かなかった。

 

 周囲が少しずつ明るくなり、昇ってくる朝日を見て、土煙の村の方角は分かった。しかしシャムスは、このまま村に帰ることを躊躇う。盗賊になった事が村人達に知られたら、村を追い出されるかもしれないからだ。村人達とはこれまで支え合って生きてきたが、それは被害者同士であったからだ。盗賊の啓示を受けたという事は人を殺し、搾取した加害者としての証明になる。盗賊の被害に遭い続けた村は盗賊を決して許さない。

 シャムスだけではなく、祖父と妹も村人から疎まれて、責苦を受けるだろう。家族を思えばこそ、戻ることができないのだ。

 一度刻まれた女神の啓示は一生消える事がない。この先もずっと、誰かから何かを奪わなければ生きていけない。

 シャムスは決心した。

 どうせ盗賊という宿命から逃れられないのならば、奪い続ける者から奪えばいいのだと。この国にいる盗賊団を1つ残らず潰して回れば、平和に生きられるのだと。

 

 (何を奪うのかは自分で決められる。俺は決して弱者からは奪わない。弱者を虐げる者から奪うんだ)

 

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