第7話 土煙の村で



 □―□―□

 

 2歳下の幼い妹と共に鍛治士の祖父に引き取られたシャムスは、鍛治仕事を手伝いながらサマーニャ州にある、鉱山地域の貧しい村で過酷な日々をなんとか凌いで暮らしていた。

 シャムスの家は女神の啓示により鍛治士の家系で、この頃8歳になっていたシャムスはまだ啓示を授かっていなかったが、祖父と同じ鍛治士になるつもりであった。

 父の形見である短剣ジャンビーヤは、刃が半月の形に湾曲しており、柄にはシャムスと同じ瞳の色をした紫の魔石が嵌め込まれている。これは、祖父の先祖が打った逸品である。

 シャムスはこの形見の剣に並ぶ、対になるような素晴らしい剣を作り出すことが夢であった。女神歴1115年の事だ。


「盗賊だッ!盗賊が来たぞーーッッ!」


 それはある日の午後、見張り番の村人が大声で叫んで警鐘を鳴らした時から始まった。村人達は知らせを聞くや否や仕事を放り出して一斉に同じ場所に向かって走り出す。

 盗賊が襲撃に来たら、村の近くにある採掘坑へ避難して隠れてやり過ごすのが村人達の間で徹底されているのだ。


「シャムス!ルジアーナ!」


 シャムスの祖父が2人の孫を呼び、孫娘の方を抱えると、採掘坑に向かって走り出した。シャムスは祖父の後について行くが、今し方作っていた試作の剣の隣に、お手本として父親の形見の短剣を置いてきたのを思い出す。

 あれだけは絶対に盗られるわけにはいかないと、慌てて今来た道を引き返した。


「じいちゃん!先行ってて!」

「シャムス!?おい!戻れ!」

「大丈夫だ!すぐ戻る」


 祖父が呼び止める声を背に受けながら、シャムスは全力疾走をして剣を取りに戻った。足の速さには自信があったのだ。

 

「シャムス!」


 シャムスの祖父は昔、足を怪我してから速く走ることができなくなったので孫娘を抱えたまま追いかけることができない。そのような事情を知っていたので、周りの村人達はシャムスの祖父とルジアーナを採掘坑の中に連れ戻していく。

 一瞬だけ振り返って様子を確かめたシャムスは安心し、鍛冶屋の扉を開けて奥の工房に向かった。


「あった……」


 父の形見の剣を腰にさした時、沢山の蹄の音と砂煙がすぐ近くまで来て、やがて盗賊達が乗り込んできた。

 今、工房の外へ出たら捕まるかもしれない事はシャムスにも分かっていた。急いで水瓶の中へ隠れて蓋をする。幸い水は半分しか残っていなかったので呼吸は問題なく、息を潜めて嵐が過ぎ去るのを待った。

 

 獲物を探す盗賊達の汚らしい声が外から聞こえてくる。


「おーいもぬけの殻だぜ」

「まあいいさ、めぼしい物を盗ったらさっさとズラかるぞ」

「ケッ、どこもしけてんなあ」

「お頭〜新しい女が生まれてねえか見に行ってもいいかぁ?」

「やめとけ、女はこの間奪い尽くしたばかりだろうが。村人はもう殺すな、俺たちの食い扶持も作ってもらわなきゃいけねえ」

「ギャハハッ」


 シャムスは会話を聴き、強い怒りを押し殺して歯を食いしばった。彼らの声を聞けば、母を奪った盗賊達であるとすぐに分かる。

 この村は、彼らのような無法者の盗賊達に、何度も何度も村を蹂躙されているのだ。特にこの盗賊団はこの地域を縄張りとしており、近隣の村の多くが被害に遭っている。シャムスは憎しみのあまり、彼らの一人一人の顔を思い出せる程である。

 

 シャムスの母や村の女達が彼らに奪われたのは、聖典戦争に行った父や村の若い男達が死んで戻ってこないと分かった、その半年後の事だ。

 

『ガキの命が惜しけりゃついて来い!』


 下賤な笑い声の中、シャムスの母は幼い娘を抱く息子に泣いて謝りながら盗賊達に連れていかれた。攫われた女は慰み者にされ、寡婦であれば無理やり妻にされ、子を孕ませられることもある。母親が攫われてしまえば二度と戻ってこない事は、グルデシェールの子ども達はみな知っていた。


 シャムスの母親は祖父の娘である。孫の為に娘を取り戻そうとした祖父はその場で脚や背中を斬りつけられた。

 盗賊達が去っていた後、シャムスは悲しみに暮れて泣く暇もなく、取り残された幼い妹と、大怪我をした祖父を死なせないように村人達の手を借りながら必死で世話をした。

 当時たった6歳であるシャムスは絶望の中で、自分はもう子どもでいられないのだと頭に刻み込むしかなかった。家族を守るために早く大人にならなければという焦り、2人を失えば天涯孤独になるという恐怖と戦うには、盗賊達への強い恨みと復讐で己を奮い立たせる他なかった。

 

 この時代、弱者から搾取し、奪い、蹂躙する極悪非道な盗賊団はこの国に幾つも存在していた。

 砂漠の国グルデシェールは、戦争に負けてからというもの、国は貧しくなり、脱走兵や傭兵達の多くが盗賊となった。

 元々砂漠や荒野ばかりの厳しい土地であるため、資源は奪い合いになり、村々の多くは被害に遭い続け、それでも国の管理は行き届かず、税は減らず荒廃し、腐敗している。奪う側にならなければ、無慈悲に奪われ続けるのがこの国の現状だ。

 

 シャムスが住む村は、奪われ続ける者たちが寄せ集まってできている。昔は鉱業が盛んで賑わい、採掘坑を行き来する荷車や鉄を打つ音が響く"土煙の村"と呼ばれていたが、今では寂れて見る影もない。

 この土地を離れていった所で、結局どこへ逃げても盗賊が現れる。安全な都市部は富裕層が集まり、貧民は入ることすら叶わない。


 地方に住む村人達は弱く、だからこそ皆で助け合い、どんなに苦しい状況でもなんとか生きている。

 奪われても、殺されても、どんなに悔しくても子どもであるシャムスの力には限界があった。だからこうして盗賊達が現れると、隠れてやり過ごすしかないのだ。

 

 村を荒らしていた盗賊の何人かが、乱暴に扉を蹴破って工房に入ってきた。鍛治士であるシャムスの祖父の工房は、かつては立派な武器を生産して戦争のために国へ卸していたが、今では武器を作っても盗賊達に奪われるだけなので、些細な日用品しか作っていない。


「チッ……何もねぇ」

「この辺の村はもうダメだな」

「おい……あれ」


 盗賊の1人が、シャムスのいる水瓶に近づいてきた。少しでも動けば水の音で見つかってしまうので、必死で息を止めて気配を殺す。

 運良く盗賊は、手前にあった水瓶の蓋をとった。


「水いるかぁ?」

「持っていこうぜ、酒なんて殆ど飲めねぇだろ」


 盗賊達は迷う事なくシャムスが隠れている水瓶も一緒に運び出した。逃げ出すこともできずに、そのまま荷車の上に乗せられてしまう。

 一通り目ぼしい物を集め終わったのか、暫くして盗賊達は隠れ家へ帰って行った。


 

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