第4話 代金の謎



翌日、カマラルは商人ナスリに連れられ、彼の雇用主がいるタヒーク商会へ訪れた。

 タヒーク商会はこの町で一番大きな商会であり、その力を誇示するかのような立派な白い建造物は、地方の町に収まるにしては些か目立ちすぎる程である。

 タヒーク商会を運営するタヒーク家は、代々続く商家であり、昔から香辛料や茶葉の貿易で財を成した。王都にもタヒーク商会は進出していたが、ローズメドウ教国の支配下になってからというもの、貿易が制限され、数多の商人や貴族が大打撃を受けこの国の経済は低迷し、タヒーク商会もその被害を免れなかった。

 今は王都から撤退し、本拠地があるこの町を中心に商売をしている。


 カマラルが商会の中へ入ると、広い中庭に面した廊下を通って応接室へ通された。下がっていくナスリと引き換えに現れたのは、質の良い衣を纏った身綺麗な壮年の男だ。


「これはこれは、ナスリを助けていただいた恩人様。私はタヒーク商会の会長をしている、ムスアブ・タヒークです。礼を申し上げますぞ」

「カマラル・ザマーンだ、麦の穂という商会を取り仕切っている。王都へ戻る途中、ナスリ殿と縁がありこの町に寄ったのだ。突然にも関わらず、このような場を設けて貰い恐縮至極である」


 カマラルは恭しい口調で手を差し出し二人は握手をした。タヒークは、にこにこと笑みを携えたまま、客人を椅子に座らせた。

 タヒークと違いカマラルは平民が纏う質素な出立ちをしているが、彼の容姿や立ち振る舞いを一目見ただけで、高貴な身分の出自だと見抜いたようで、美辞麗句を並べる。

 

「いえいえとんでもない。あの、麦の穂の会長がこんなにもお若いとは、些か驚きましたが。お噂はこの町でも耳にしております。それに、ザマーン家といえばかの有名な『鉄火のバールード将軍』を輩出した名家ですから、我が商会にお招き出来るのは光栄でございますとも」

「お詳しいのだな、身元を証明する手間が省けたようだ」

「ええ、ええ。先日は盗賊の被害に遭われたとか、大変だった事でしょう。事情は大方お聞きしております。それで、我々に何やら商談があるとか」


 カマラルは、この応接室の内装を眺めた。グルデシェールの伝統技術の装飾を用いた豪華絢爛な部屋である。やがて視線をタヒークへ戻し、物怖じせず尋ねた。


「麦の穂商会がタヒーク商会と取引するにあたって、詳らかにしておきたい事が一点ある。単刀直入に聞かせてもらうが、ナスリ殿が運んでいたあの駱駝は一体何を運んでいたのだ」


 その問いに、タヒークが浮かべていた笑顔が消えていく。


「あれは王都から仕入れた茶葉や香油、亜麻布などの食品や日用品です。……なぜそのような事をお尋ねになるのです?」

「……いや違うな。駱駝達の積荷から茶葉や香油とは違う芳醇な甘い香りが漏れていた。砂狼に襲われた時に、積荷の梱包が少し緩んだに違いない。あれはおそらく絹や蜂蜜、果実酒……といったところだろう。どれもこの国では高級品だ。改めて聞くがタヒーク殿、あれは一体何のなのだ」


 絹、蜂蜜、果実酒などはその殆どが貿易によって手に入るものだ。特に果実酒はこの国の女神教の教えにより、酒を飲むこと、生産すること、輸入することは禁じられている。

 古くから、十国大陸の極東まで陸続きで商人達が移動する長い長い陸路、オアシスロードという街道がある。砂漠の国グルデシェールの王都イクリールはその起点であり、終点でもあった。そしてグルデシェールの南東部、沿岸都市の港を経由する海路はマリンロードと呼ばれている。そのどちらも、ローズメドウから来た執政官の特別な許可がない限り封鎖されているので、正規の交易路を通って入手できる代物ではない。

 

「ご冗談を。そのような高級品を我々が扱えるわけがないでしょう。何か勘違いをされているのでは」

「……ふむ、もし麦の穂商会であれば、日用品をたった3頭の駱駝で運ばせたりはせぬ。それだけでは到底利益が出せぬからだ。タヒーク商会は一体どうやって運営を維持しているのか」

 

 単価が安い商品で利益を出すのならば、隊商キャラバンを組んで一度に多くの量を運ばせるのが基本だ。少ない荷物で何度も往復していては、人件費を含めた採算が合わなくなる。一瞬言葉に詰まったタヒークへさらに追い討ちをかける。


「何で儲けているのか、当ててみよう。それは……人身売買だ」

「なっ……!」


 次の瞬間タヒークは怒りを露わにして椅子から立ち上がった。


「ザマーン殿、些かご冗談がすぎるのではないか。それは我々タヒーク商会への侮辱だ!商談をする気がないのであれば、早々にお帰り願いたい!」


 カマラルは椅子に座って足を組んだまま、冷ややかな視線をタヒークに浴びせた。


「タヒーク殿、余は全く根拠のない話を当てずっぽうで言いに来ているわけではない。それは貴殿が一番よく分かっているのではないか」

「何……!?まさか……!ナスリか!」


 タヒークは物凄い形相で部屋の扉の方を見た。入り口に控えていた商会の私兵は視線に気づくと、慌てて商人ナスリを探しに別の部屋へ走っていく。

 

「無駄だ。今頃、余の連れがナスリ殿を家族と共に安全な場所へ匿っている」


 商人ナスリは宿屋にカマラルを迎えに行った際、積荷を指摘され、事情を全て暴露したのである。

 

「盗賊アリババが現れてから、人身売買をする人攫いや盗賊が減ったのにも関わらず、奴隷はまだ隣国に供給され続けている問題を、余は以前から憂いていた。もともとローズメドウへの独自の交通手段を持つ、よほど力のある商人が関わらない限り、奴隷の輸出は不可能だ。疑問に思っていても、この広いグルデシェールの商会を一つひとつ調べるには骨が折れる。今回はたまたま、その証拠を掴む機会があったというわけだ」


 

□―□―□


 

 数刻前。シャムスが宿を出ようとすると、カマラルに呼び止められた。

 

「少し待ってくれ。ナスリ殿との話を聞いてから、町へ出掛けてくれぬか」


 やがて商人ナスリが汗を拭いながら二人のいる宿屋の部屋に現れた。

 

「お待たせして申し訳ありません!タヒーク様がこれからお会いになるそうです。是非お礼を申し上げたいと」

「それは良い知らせだ。だが、商会へ赴く前に幾つか確認しておかなければならない事があるのだが、構わぬか」

「ええ、勿論です」

「ナスリ殿は、あの仕事を進んで引き受けているのか」

「と、仰いますと……」

「積荷から。貴殿は駱駝が歩けなくなっても頑なに荷物を捨てようとしなかったのだから、まさか中身を知らずに運んでいたわけではあるまい」


 カマラルの意図を理解したナスリは一歩後退り、あからさまに動揺した。

 

「あ、あなた方は私の命の恩人ですが……、こればかりは守秘義務がありますのでっ」

「家族を人質に取られているのだな」

「……っ!」

「……どういう事だ」


 シャムスは、カマラルが自分を呼び止めた理由を理解し、説明を求めた。冷や汗を流しながらその場でかたまるナスリを前に、カマラルは話し始める。

 

「アサルラーハと聞けば、商人ならば真っ先にタヒーク商会を思い浮かべる。そしてこの町に一歩入れば、大方の推測はできていた」


 住民の生活水準とかけ離れている商会の建物、町を行き交う住民達の世間話、市場を独占している商会の商品。カマラルは町に入り宿へ着くまでの僅かな間に得た情報だけで、アサルラーハで起きている状況を見抜いていた。


「昨今の情勢で、貿易に頼れないはずの商会が一体何で巨万の富を得ているのか……特に目立った特産品がないこの郊外の町で輸出できるものは限られている。それは“人“だ」

「人身売買か」

「そうだ」


 とうとうナスリは怯えながらその場で膝をつき、カマラルが座っている方向ではなく少し西を向いて拝んだ。それは王都イクリールにある神殿の方角で、彼は女神に祈っているのだ。

 

「タヒーク商会は、町の土地の多くを買い占め家や店を貸す代わりに住民から高額な賃料を取っている。この町の安全と生活必需品の安定供給を保障する事で住民を黙らせているのだろう」


 奴隷として輸出されている民は主にアサルラーハに長く住んでいた者達ではなく、近隣の村々から新しくやってきた者達だ。これは人口が50人以下の村は解体され、村人は近隣の町へ移住させられるという執政官が定めた法の影響で、移住してきた村人は新しい土地と家を必要とするが、貧しい者ばかりなので金がない。だからタヒーク商会が立て替えて、彼らにはを支払わせる。

 やがて賃料が払えない者には商会が勧めた町の金貸しを頼るが、その金貸しは不当な利子をつけて返済を迫り、住民を負債の悪循環に陥らせている。

 

「大きな負債を抱え首が回らなくなった者はどうなるか……。奴隷としてローズメドウの奴隷商に売り飛ばすのだ。特に、生産職などの啓示を受けている者は高く取引され、需要が途絶えぬ」


 生産職とは、料理や鍛治、調薬、彫金や伝統工芸、家具の職人などを指す。彼らのような貴重な人材が、国外へ流れていっている。十国大陸国際法では奴隷制度を廃止して久しいが、敗戦し、ローズメドウの“保護国“となってしまったグルデシェール人に抗議する力はなく、他国はこの現状に介入せず目を瞑っている。


「違法に得た奴隷の売り上げをローズメドウの密売人と協力し金貨から高級品に変えて運ぶ際に陸路は検閲が厳しいため、海路で沿岸都市アルバフールの港に密輸している。そこから駱駝でこの町に運んでいるというわけだ」


 花の国から伝来した絹、そして永遠の国ローズメドウの特産品である蜂蜜と果実酒は金持ち相手にはよく売れる。顧客はこの国の富裕層だけではなく、ローズメドウから派遣されてきた権力者にもいるだろう。搾取による支配はどこまでも繋がっている。


「ナスリ殿の差し迫った様子を見て、元々怪しいとは思っていたのだ。商会の私兵も連れず、隊商を組む事なく一人で積荷を運んでいたからな。人を増やせばそれだけ目立つ上に経費が増えるし、着服する者も現れるのだろう。あのような高級品を何日もかけてたった一人で運ばされる圧力は相当なものだな」

 

 あの時、積荷の中身が見抜かれてしまうリスクを冒してまでもカマラル達に助けを求めたのは、積荷を失えば自分の命だけではなく家族の命も危うくなるからだ。

 観念したナスリは改めてカマラルに向き直ると深く頭を下げた。

 

「タヒーク様を裏切れば家族が奴隷として売られてしまうのです……っ!どうかこの事は見逃してください……!」


 カマラルはすかさず彼の肩に手を置いて体を起こさせる。

 

「ナスリ殿、脅迫されたまま仕事を続けていては、ナスリ殿や家族が無事で居続けられる保障はないだろう。もしタヒーク商会を止める協力をしてくれれば、家族と共に麦の穂商会で保護しよう」

「ほっ……本当ですか?!」


 ナスリは藁にも縋る思いで飛びついた。彼よりふた回りも年若いとは思えないほどのカマラルの落ち着きと貫禄は、困窮した者を不思議と安心させる力がある。

 

「余の使いの者達がアサルラーハへ来るまで安全な場所に隠れている必要があるが、その覚悟はできているか」

「家族を守れるなら覚悟は決まっています!出来る事なら何でも協力します……!我々を助けてください……!」


 ナスリは瞳を潤ませながら女神とカマラルに感謝をした。その光景を眺めていたシャムスは、小さく嘆息を漏らす。

 

「俺にも手伝わせる気だな」

「貴様は余の護衛だろう?その力をあてにするのは当然だ。別に協力せずとも構わぬが、貴様の力を借りれば事はもっと早く片付くだろう」


 ナスリをアサルラーハへ送ろうとカマラルが言い出した時から、このような事態になるのを自然と予感していたシャムスは既に腹を括っていた。乗り掛かった船である。彼はナスリに尋ねた。

 

「家族は一体どこへ囚われている」

 

 

□―□―□

 

 

「タヒーク殿、奴隷売買から手を引いて麦の穂商会へ加わり余に協力するのだ。これが今回のだ。もし従わぬなら相応の報いは受けてもらうぞ」

「これが商談だと……!?我々を脅すとはまったく無礼極まりない!お前達の手先になるなど笑止千万だ」

「……では交渉決裂だな。お望み通りお暇するとしよう」


 カマラルが立ち上がると、タヒークは焦った様子で叫んだ。

 

「おい!この男を捕らえて殺せ!」

 

 タヒーク商会の私兵達がすかさず武器を持って集まってきた。カマラルは至って冷静に相手を諭す。


「タヒーク殿、余に手を掛けるのは悪手であるぞ」

「貴方はご自分の立場を理解できていないようだが、この町は我々のだ。自ら流砂に飛び込むような愚か者がここで死んだとて、痕跡を消すことは容易い……!」


 命令を聞いた私兵達がカマラルに襲い掛かろうとする。が、突如現れたシャムスの麻痺針により動きを封じられ、一斉に呻き声をあげ床へ倒れた。魔蛇の麻痺毒を塗った針は、体に刺さると当分は動けなくなる。

 

「!?」


 タヒークと私兵達は、隠密スキルでずっと潜んでいたシャムスが姿を見せた事に驚き、どよめいた。カマラルだけは、彼が仕事を終えてから早々に自分の元へ駆けつけた事に感心している。


「もう戻ってきていたのか、流石に早いな」

「お前は、俺が間に合わなかったらどうするつもりだった」


 シャムスはカマラルを庇うように両手剣を構えた。私兵の増援が続々と駆けつけるが、シャムスの腕前には太刀打ちできず、次々と倒されていく。タヒークは地団駄を踏んだ。

 

「我々の商売の邪魔をして一体どういうつもりだ!商人のくせに正義漢のつもりかッ!」


 思い通りにいかなくなった怒りで、拳を震わせながら吐き捨てるように言った。


「我々タヒーク商会がいなければこの町は飢えた民で溢れかえり、とっくに滅びていただろう!だから民の選別を行い、生き抜く力がある者を残し、弱きものは淘汰させる。取捨選択を行わなければ生き残れぬ!力なき者は、力ある者のための礎となるのだ!」

「選別だと。女神でもないお前に命を選別する権利などない。お前達は盗賊ではないが、人をわざと陥れ、同じ国の民を敵国に売り飛ばし、命を金に変える悪徳商人だ。その卑劣さは盗賊と変わらない」

「よく言ったぞシャムス」


 カマラルが一言褒めている間に、タヒーク商会の私兵は全員無力化された。一人で盗賊団を滅ぼし続けたシャムスに、たった数十人の私兵をあしらうのは造作のない事だ。この場に唯一残されたタヒークを観念させるつもりで剣先を向ける。

 だが彼はまだ諦めていない。奥の手を持っていた。

 

「余所者のお前達に糾弾される筋合いはない!このまま生きて帰れると思うな!」


 タヒークが隣の部屋に向かって誰かの名を叫んだ。

 

「二ザール!」


 その瞬間、シャムス達目掛けて稲妻の道が走った。カマラルを突き飛ばして庇ったシャムスの体は衝撃で吹き飛び、壁に叩きつけられる。

 

「……っ!」

「シャムス!?」

「ようやく、まともな仕事をさせてもらえる日が来ましたね」

 

 そう言いながら奥の部屋から現れたのは、派手な装いの男だった。頭に布を被り、体に沢山の装飾品を身につけ、歩くたびにジャラジャラと音が鳴っている。

 シャムスはすぐに立ち上がったが、不意を突かれた魔法の攻撃に少しダメージを追った。ひとまず彼が生きている事に安堵したカマラルは、魔法を放った男の装飾品を見てその正体に気がつく。


「貴様は……"元"宮廷魔法士か……」



 

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