第3話 邪道と王道



「まさか、この面も魔宝具であったか。どうりで、貴様が男か女か、年寄りか若者か判別がつかなかったわけだ」


 仮面を受け取った盗賊アリババは、カマラルよりも幼さが残る年若い風貌をしていた。黒い髪と眠た気に伏せられた紫目には生気はなく、焚き火に照らされた表情は“無“と言っていいほど人間味がない。素顔を見られた以上は再び面を被る気が起きないのか、懐に仕舞った。

 

「『隠者の面』という魔宝具だ。隠密スキルを持たない物に同等の効果を与え、隠密スキルを発動した状態で重ねて使うと、さらに効果が増幅され、存在の認識を阻害できる」

 

 これまでは盗賊アリババの声をどこか霞がかったような状態で認識していたカマラルであったが、今では落ち着いた青年の声にハッキリと聞き取れている。


「魔物の気配は去った。今晩はもう襲われることはないだろう」

「……あ、ああ」


 護衛として一仕事終えた盗賊アリババは、焚き火の前に胡座をかくと、フードマントをすっぽりと被り直した。

 

「スキルを使い続けると消耗が激しい。俺は先に休むぞ」


 そう言い残し、彼は座ったまま動かなくなった。カマラルは話しかける隙を与えられず、やむなく毛布を被り直し、夜が更けた。



 翌朝、砂狼達の縄張りを抜けて進んだ先の砂漠で、二人は駱駝ラクダを連れたまま、何やら立ち往生をしている商人を前方に見つけた。

 このまま進めば、商人の前を通る事になる。流石に無視はできないだろうと、カマラルは隣にいる男に話しかけた。


「盗賊アリババよ」

「人前でその名を呼ぶな。……シャムスだ」


 カマラルが言おうとしている事を瞬時に理解した盗賊アリババは、人目を気にして先に制した。

 

「……それは本名か?日陰者には似つかわしくない良い名前だ。余に教えてもよかったのか」

「別に構わない。この国に同じ名前の男は何人もいる……それに、俺を捕まえられる奴はいないと言っただろう」

「本当に大した自信だ」

「ああ……!そこのお歴々……!」


 カマラルが面白がっていると、二人に気づいた商人がなりふり構わず走って近づいてくる。

 

「どうか手をお貸しください……!」


 その必死な様子に、二人は馬を降りて彼の話を聞いた。


「私は商人のナスリといいます。明け方、魔砂狼に襲われまして……魔物避けの香を持っていたおかげでなんとか、追い払えたのは良かったのですが……駱駝の一匹がその時に怪我をしてしまって、立ち上がらないのです。お二方は旅人ですか?回復薬はお持ちではありませんか……?」


 見れば、大荷物を背負った三匹の駱駝のうち、一匹が膝を折って座ったまま動けないようだ。駱駝は荷運びできる動物の中で、最も多くの荷物を積載できるのだが、三匹とも限界まで積んでいる。商人は積荷を捨てる気はないらしい。

 カマラルはじっと、盗賊アリババ……こと、青年シャムスを見つめた。

 シャムスは溜息をつくと、仕方なく手持ちの回復薬を1つ商人に手渡した。この国では回復薬の材料が希少な上に、調薬士や錬金術士などの啓示を受けた一部の者にしか作れない、貴重な万能薬だ。

 

「ああ……!よかった、ぜひ買い取らせてください!といっても、手持ちはこれだけなのですが……」


 商人は金袋から有り金を出して見せた。相場より幾らか足りないが、シャムスは受け取った。

 商人が怪我をした駱駝の手当てをしているなか、残りの駱駝の状態を眺めていたカマラルが首を傾げた。


「この二匹も随分と疲弊している。一体どこへ向かうつもりなのだ」

「アサルラーハですよ!早くこの荷物を届けないと、私が殺されます……!だから積荷は捨てられないのです!」


 商人の焦った顔色を見れば、冗談を言っているようには見えない。何か事情がありそうだが、そこまで関わるつもりはないと、シャムスは自分の馬に戻ろうとした。

 

 「アサルラーハか……、魔砂狼が集まったのは余のせいかもしれぬからな」


 ぽつりとカマラルが溢した独り言をシャムスは聞き逃さなかった。

 

「どういう意味だ」

「昨夜、我々を襲った魔砂狼達の生き残りが、腹いせにこの駱駝を襲っていたのであれば申し訳が立たんと言ったのだ」

「……」


 次にカマラルという男が何を言い出すか予測ができたシャムスは眉根を寄せた。その些細な表情の変化に気づいていても、カマラルは商人にもよく聞こえるくらいの声量で話す。


「なぁ、シャムスよ。王都イクリールはから少し逸れるが、この者をアサルラーハの町まで送ってやるのはどうだ。せっかく助けた駱駝も、また襲われてしまっては意味がない」

「ええ……!?それはありがたいですが、流石にお返しできるものがありません……アサルラーハはここからですと、駱駝で2日の距離ですし……」

「あの町は確かタヒーク商会が牛耳っているのだろう?余も商会を持っているのだが、前々からそこで商談をしたいと考えていたのだ。その口利きをお願いできれば対価として十分だ」

「そっ、それなら可能ですが……」


 商人はカマラルとシャムスの顔を交互に見て困惑している。彼からすれば願ってもない申し出だが、この場で実際に腕が立つのはシャムスだけなので、決めるのは彼だ。

 カマラルは仏頂面をしている男の肩を叩き、そっと囁いた。


「アサルラーハで商談が成功すれば、貴様への謝礼も弾む事ができる。それに、あの"異次元収納"とやらを使えば、駱駝の荷を軽くして早くアサルラーハへ辿り着く事ができるぞ」

「俺は別に謝礼に興味があるわけではない、」

「分かっている。黄金の砂の手掛かりが欲しいのだろう」

「……引き換えというわけか。大した情報もなくタダ働きをさせれば、承知しないぞ」

「フッ……後悔はさせまい」


 こうして、駱駝を連れた商人ナスリに付き添ってシャムスとカマラルはアサルラーハの町へ寄り道をする事になった。


 

 アサルラーハは王都へ続く街道から逸れた、ワヒドゥ州の郊外にある小規模の町だ。

 町中では人々が行き交い、露店も並び、一見して活気付いているようだが彼らの表情は暗く、どこか重々しい。

 積み荷をおろしに行った商人ナスリと一旦別れて町の宿に入った二人は、部屋の小さな窓から外の通りを観察した。


「気づいたか、あの街とよく似ているな」

「……ああ」


 豪族と盗賊に支配されていた南の砦街サターラとよく似ている。サターラと違ってあからさまな強制労働を強いられているようには見えないが、民はよそよそしく、何かに怯えている。


「明日ナスリ殿が戻ってきたら、余は商談に行くが、貴様もついてくるか?」

「いや、俺は町の様子を見る」


 そうか、とカマラルは頷いた。

 

「そういえば、お前はどんな商売をしているんだ」


 シャムスの何気ない一言に、彼は得意気な顔になった。今までその質問をされるのを待っていたかのようだ。

 

「やれやれ。ようやく余に興味が湧いたか」

「……。」

「どんな商売をしているかで言えば"何でも"だ。衣類、食料、薬、嗜好品……生活に必要なものは大体取り扱っている。今のこの国には全てが不足しているからな。貴様が盗賊を倒す事で民に還元しているのであれば、余は金を持っている者と取引をし、商会が得た利益で新たに商売をして雇用を生み出し、市井に還元している。余は、余のやり方でこの国の為に出来ることをしている」

「俺が邪道ならば、お前は王道というわけか」

「……まあ、そうとも言えるだろうな。だが、貴様は貴様が出来るやり方で民を救っている。そうだろう、盗賊アリババよ」


カマラルの一貫した堂々たる態度は、成功者故の自信なのだろうと、シャムスは彼に対する評価を少し改める気になった。

 

「カマラル、お前の商会の名は何という」

「『麦の穂』という商会だ。名前くらいは聞いたことがあるか」

「……あの駱駝に施した回復薬は、お前の商会で買ったものだぞ」


 

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