第2話 二人の旅路
砂漠の国グルデシェールの国土は、90%以上が砂、土、石、岩からなる砂漠と岩山が続く荒野である。南部と北部では気候が大きく変わり、隣国との国境がある北部の山岳地帯は冬に雪が降る事もあるが、南部は年間を通して乾燥し、雨は少なく昼間は暑い。特に夏は過酷だ。
南の砦街サターラから、王都イクリールがある南西部までの道のりも、やはり砂漠が続いている。馬を休み休み走らせなければ、人も馬も気温で早々にバテてしまう。
馬を並足で歩かせていると、カマラルが言った。
「盗賊アリババの噂は、余とて知っているぞ」
サターラを出てから半日ぶりの会話であった。カマラルは隣で並進してる盗賊アリババを見る。彼は沈黙を好んでいたので、カマラルが痺れを切らしたのだ。
「『聖典戦争』の後、国内に蔓延っている盗賊団をたった一人で滅ぼしているのだったな。噂の通り、貴様に仲間はいないのか」
少しの沈黙の後、盗賊アリババは一言だけ返事をした。
「必要ない」
「なぜだ?」
すかさず聞き返してくるカマラルに対し、盗賊アリババは会話に答えるのが面倒といった様子である。
「無駄話を続けるようなら、置いていくぞ」
「まあ待て。貴様の体力に合わせていてはこちらがもたぬ。……盗賊アリババよ、貴様は先を急いでいるのか?」
カマラルは盗賊アリババ相手に怯える素振りは見せず、それどころか興味津々である。これまで盗賊アリババの正体を探ろうと躍起になっていたのは、敵対している盗賊達ばかりで、大抵の民は彼に近づこうとしてこなかった。なぜなら盗賊アリババが凄惨に殺した盗賊達の死体の影響で、余計な詮索をした者は「返り討ちにあう」という噂が流れているからだ。
「かの英雄"盗賊アリババ"と行動を共にできる機会などそうないのだから、多少は余の好奇心に付き合ってくれてもよかろう」
飄々と喋り続けるカマラルに、盗賊アリババはピシャリと言い放った。
「……お前は、根掘り葉掘り俺に探りを入れてどうするつもりだ。もし衛兵やローズメドウの騎士団に情報を漏らすつもりならば、無駄だ。俺は誰にも捕まらない」
「ほう、随分な自信だな。……確かに、国が本気で貴様を捕まえるつもりならば、今頃こうしてのんびりと街道を移動できているはずがない」
盗賊アリババが活躍し始めてから8年の間、州も国も、何の対処もしていない。
女神教の教義に反する犯罪者は本来、厳罰に処されるが、あまりに数が増え過ぎたため資金と人員不足で対応しきれず、南の砦街サターラの様に、地方権力者が好き勝手をする無法地帯が国内に幾つも存在する。
11年前、『聖典戦争』で隣国、
この国は大きく10の州に分けられており、それぞれの州を
だから盗賊は本来、州王が対処すべき問題にも関わらず、操り人形である彼等が率先して動く事はない。
「安心するが良い。余を無事に送り届けてくれるのならば、誰にも貴様の情報を漏らさぬと、女神に誓おう」
カマラルは胸に手を当てながら言った。
女神に誓う程であるから、彼に凄んで脅してみたところできっと効果がないのだろうと諦め、盗賊アリババは結局、彼の好きにさせることにした。
「サターラの街の解放を合わせたら、これまで一体幾つの盗賊団を滅ぼしたのだ」
「39だ」
「確か、グルデシェールには悪名の知れ渡った40の盗賊団が存在しているのだったな。その殆どを滅ぼすとは、さぞ民に感謝された事だろう」
「……俺のやっていることは、砂漠に水を撒くようなものだ。例え大地が潤ったとして、瞬く間に干上がっていく」
豪族の過酷な支配から解放されたサターラの街は、ひとまずの間、脅威から解放されて暮らせるが、次の支配者が現れるまで時間の問題だ。それに盗賊を狩り続けたとして、新たに啓示を授かる者がいる限り、盗賊がいなくなる事はない。盗賊とはつまるところ、女神から直々に罪人と認められたような存在なのだ。だから盗賊達は信仰心が薄く、平気で悪行を為す。
「……ふむ。噂で聞いていた評判だと、盗賊アリババとはもっと、英雄気取りの無頼漢だと思っていたぞ。どうしてお前は盗賊になったのだ」
「女神の啓示があったからだ」
「そうではない、盗賊狩りをしている理由を聞いている」
「どうせ何かを奪って生きなければならないのなら、盗賊から奪ったほうが得る者が多い。この神馬を呼び出す"魔宝具"も、これまで滅ぼした盗賊団が持っていた宝だ」
「……なるほど」
盗賊アリババが跨っている"白馬サビク"は魔宝具によって呼び出された特別な神馬だ。この馬は普通の馬と違ってどれ程走っても疲れ知らずで、その気になれば天をも翔ける。
魔宝具というものは、この十国大陸の東の果てにある、400年ほど前に滅亡した国家、
大昔、死の国と国交があった国に献上品として流通していたものが今でも僅かに残っており、殆どが国によって管理されている。その貴重さ故に、市場に出回れば大豪邸が幾つも建てられる程の金が動くが、盗賊によって奪われた魔宝具は数知れない。
「では、あの街でも何かを盗ったのか」
「目ぼしい物は何もなかった。面倒な貴人を拾ってしまったぐらいだ」
「……ふふふ」
笑っていたカマラルより先に前へでた盗賊アリババは何かに気づくと、急に彼の馬を止めさせた。
「止まれ、ここから先で砂狼の気配がする」
気配察知スキルにより、人を襲う動物の気配を感じ取ったのだ。移動中は常にこのスキルを使いながら周囲を警戒している。
砂狼とは夜に活動し始め、2〜3匹の少ない群れで狩りをする肉食獣だ。家畜や人間の食料にも興味を持ち、一度狙われるとしつこく付いて回るので旅人や商人の天敵でもある。日が傾き始めてから彼らの縄張りを通過するのは得策ではない。
「迂回して夜を明かすぞ」
「良かろう」
進路を逸れて少し歩くとちょうど良い岩場があったので、岩を背に野営をする事にした。
盗賊アリババはマントの中をまさぐるような仕草をして、どこからともなく毛布を取り出すと、カマラルの方へ投げた。毛布を取り出す様子を不思議そうに見ていたカマラルは、案の定、疑問を口に出す。
「今、どこから出したのだ」
「盗賊には[
「なんと、便利なものだな」
砂漠の夜は昼間と打って変わって随分と冷え込むので、野宿に慣れていなければ寒暖差で体調を崩す。1つしか所持していない毛布を、啓示を持たない貴人カマラルに渡したのは、盗賊アリババなりの気遣いである。
野営に必要な薪や食事も異次元収納から次々と出てくるので、カマラルは感心した様子で施しを受けた。
「貴様の次の目的は『
「……知っているのか」
毛布を被り、薪を焚べながらカマラルは言った。ちらりと向かい側に座る相手の反応を見て不敵に笑む。
「貴様が討伐を目標にしている最後の盗賊団……それは王都イクリールがあるワヒドゥ州を縄張りにしている『黄金の砂』しかあるまい。余を送り届けるついでに王都で情報を集めるつもりなのだろう?」
「ずっと前から探してはいた。奴らは最も規模が大きい盗賊団と言われているにも関わらず、この数年は噂を全く聞かない。お前は一体何を知っている」
「……余はサターラで、商談の帰りに捕まったと言ったであろう。商会を持っているのだ。だから色々と情報は入ってくる」
「知っていることがあるなら話せ」
仮面のせいで盗賊アリババの表情は見えないが、彼が話に食いついてきたのが分かるとカマラルは勿体ぶった。
「そう急くな。興味があるのなら王都についてから報酬の一つとして話してやる。貴様は奴らについてどこまで知っている」
「……昔、国の要人と関係があったとか、体に揃いの刺青をいれているとか、その程度だ」
「なら、それ以上の事は教えてやれるだろう」
盗賊アリババが、急に顔を上げた。
「おかしい……」
「何がだ?」
次の瞬間、砂狼の遠吠えが砂漠に響き渡った。二人は警戒して立ち上がる。
「まさか、砂狼の鼻がいいのは知っているが、ここまで嗅ぎつけたのか?」
「そのようだ。……馬に近づけさせないように周囲を見てくる。お前はここにいろ」
カマラルを焚き火の側へ残し、盗賊アリババは武器を構えながら遠吠えのした方角に走って向かった。気配察知スキルで位置を特定する。真っ暗闇の中を、物凄い速さでこちらに駆けてくる砂狼を見つけた。
「……!」
予想通り、ただの砂狼ではない。魔物化した砂狼、
魔砂狼は通常の砂狼の3倍はある巨体だ。襲われればひとたまりもないだろう。
足止めをするために、盗賊アリババは毒針を放ったが、4匹いる魔砂狼達は素速く避けた。そしてあろうことか、攻撃した者を素通りして、真っ先にカマラルの方へ向かっていく。弱い者をから狙うつもりなのか、予想外の動きで一出遅れた盗賊アリババは急いでカマラルの元へ引き返した。
「おい!逃げろ!」
「?!」
危険を知らせる声で魔砂狼に気づいたカマラルは、背中を向けてその場から逃げ出そうとしたが、魔砂狼の速さは通常の人間の比ではない。追いついた一匹の魔砂狼が、カマラルの体に噛みつこうと牙を剥く。
しかしそれを守る剣が先に獣の喉元を突き刺した。すると別の魔砂狼が横から盗賊アリババに襲いかかり、その衝撃で顔を隠していた仮面が吹き飛んだ。
瞬時に体勢を変え、冷静に剣術スキルを発動する。
《スキル:暗殺――
素早い回転攻撃を受けた二匹の魔砂狼は倒れ、残りの二匹は毒傷を負いながらも逃げていった。
過剰な魔力に侵され、魔物になった生き物の死骸は大地に吸収され、放っておいても黒砂となって消えていく。
「助かったぞ……礼を言う」
命拾いをしたカマラルは胸を撫で下ろすと、近くに落ちていた黒い翁の仮面を拾い上げた。それを目の前で剣を仕舞っている相手に差し出すが、振り返った盗賊アリババの顔を見て驚いた。
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