大盗賊アリババと女神の聖典

黄丹風来

第1話 盗賊アリババ



 "盗賊"はこの世界で最も忌み嫌われている職業だ。

 十国大陸じゅっこくたいりくという世界に住む人々は、女神から"啓示けいじ"という名の職業ジョブを与えられる。啓示を与えられた者は、その一生を啓示に従って生きなければならない。

 それが彼らの常識であり、宿命である。


 ……女神歴1123年。十国大陸の最南端にある砂漠の国グルデシェール、ハムサ州南の砦街とりでまちサターラ。そこでは近年、世間を騒がせている"盗賊アリババ"の出現により、街は混乱していた。

 

「盗賊アリババを捕まえろ!」

「おい!こっちだ!」

「生きて返すな!殺せ!」


 夜半に半月刀と松明を手に持った盗賊の男達が、怒声をあげながら街中を走り回っている。彼らはその日突然、盗賊アリババに襲撃され、仲間を殺された事に激怒しているのだ。この街に住む民は皆、屋内に閉じ籠り、怯えながら外の喧騒が過ぎ去るのを待った。


 南の砦街サターラは、この地を支配する豪族と盗賊団が手を組み、盗賊の街と化している。

 豪族シャブワ家は、サターラの民に重税を強い、強制労働をさせた挙句、盗賊行為で他の街からも財産や食料を奪い、私腹を肥やしていた。傍若無人な彼らに対し、賄賂で生活している街の警備兵は動けず、多額の納税で懐が潤っている州王は、知らぬふりをしていた。


 この生き地獄から民を解放するため、“盗賊アリババ“はサターラに訪れたのである。

 

 "盗賊アリババ"は義賊ぎぞくだ。

 8年ほど前から盗賊を狩る盗賊として、盗賊に奪われた食料や商品、金品を民衆に還元し、盗賊団の拠点を根壊滅させ、砂漠の国グルデシェールの民衆から喝采を贈られている。

 彼の活動により、国内から盗賊団がみるみるうちに減った。おかげで多少の治安が戻り、商人達の往来が復活し、多くの街や村々が交易の息を吹き返した。

 虐げられてきた民にとって、彼はまさしくなのだ。


 盗賊アリババはいつも、太陽が完全に沈んで暫く経った頃、闇夜に紛れ、悪行を働く盗賊団の元に音もなく現れる。

 全身を覆う黒いフードマントと、翁の顔が彫られた黒い面を被った姿はいかにも不気味で、一度得物えものを携えると空気が張り詰める。

 盗賊が敵襲を認識する前に、容赦なく斬り刻んくるのだ。両手短剣、半月刀ジャンビーヤの剣技は美しい程に卓越しており、まるで踊っているかのようだが、振り下ろされる刃には一片の慈悲も無く、数多の盗賊達の命を狩り尽くしてきたのだと理解させられる。

 

 サターラの街の盗賊達を幾人か始末したところで、盗賊アリババは逃げ出すふりをして、街中の屋根の上を、わざと目立つように走り回った。そうして必死に追いかけてくる盗賊達を一箇所へ集めると、彼らに隠し武器の毒針を放つ。

 針を受けて体に毒が回った男達は、やがて呼吸ができなくなり、苦しみながらバタバタと倒れ生き絶えていった。 毒針を免れた者にも、彼らが攻撃する隙を与えず、素早く順番に斬りつけて倒していく。


「ひいっ……!ひィィ!」

「逃げろッ!あいつぁやべぇ!」

 

 圧倒的な力の差を前に、情けない声をあげて逃げ出す盗賊の周りを、怪しい白煙が立ち込めた。


 《スキル:暗殺――煙分身ズィッル アルドゥッハーン


 白煙の中から何人もの盗賊アリババの幻影が現れた。幻影は逃げ惑う盗賊達に襲いかかり、惑わせ、その隙に本体が一人残らず始末していく。煙分身は、煙を元に分身を増やし、例え攻撃されて分身が消えても、その場に煙がある限り、無限に分身が生まれ続けるという“スキル“だ。

 これは盗賊アリババが、たった一人で盗賊団を壊滅させる程の力を持つことを証明する、彼の代名詞とも言える“スキル”の内の1つである。女神から職業の啓示を受けた者は皆、職業に沿った様々なスキルが使えるようになる。


 スキルが及ぼす力というのは、使う者がこれまでどれほどの研鑽を積み、人生経験値を獲得し、熟練度を上げたかで効果や能力が大きく異なる。盗賊団に属する盗賊達が、盗賊アリババに太刀打ちが出来なかったのは、このスキルの“差“によるものだった。


 こうして盗賊アリババの力により、サターラの街に500人近く居た盗賊達は、たった一晩で一人残らず地に伏せた。


 盗賊アリババは、ひと息ついてから両手剣に付いた血を払うと、この街の盗賊達が根城にしていた建物へ戻った。そこは元々、グルデシェール軍の施設があった小さな砦である。

 盗賊に、慰み者にされた女達が捕まっていないかどうかを確認するために、砦の地下牢へ訪れた。これまで盗賊アリババが狩ってきた盗賊団の根城にはよく、女達が囚われていることが多かったが、幸いここには誰もいないようだ。牢屋の鍵が空いていたから、誰かが助けた後なのだろう。


「おい、そこの貴様」


 不意に、遠くの牢屋から声がした。松明の光が届かない程の暗い奥へ、盗賊アリババが近づくと、一人の男が牢屋の中に囚われているのを見つけた。

 黒い髪に黒い瞳、意志の強そうな整った眉、見るからに育ちの良さそうな顔つきだ。トーブは薄汚れていたが、長く捕まっていた様子はなく、盗賊アリババの姿を見ても物怖じせず、腕を組んでおり、堂々としている。


「助けてくれ」


 囚われの身にも関わらず、懇願というよりはまるで、指示をするかのような声色だった。慰み者にされていた女達は逃げ出せていたのに、なぜこの男だけが逃げ遅れているのかを不審に思い、盗賊アリババは返答に少し躊躇った。


「余はカマラル・ザマーンという。"元"貴族だ。貴様が盗賊アリババか」

「……」

「外での喧騒がここまで響いてきていた。今更隠すこともあるまい」


 盗賊アリババは、“元貴族”という身分を聞いて男の偉そうな口調に少し合点がいったようだが、身分を偽って逃げ出そうとする盗賊はいくらでもいる。彼は用心深く鑑定スキルを使用して、男の“ステータス“を確認した。

 “ステータス“とは鑑定スキルを持つ者や、それに準じた能力を持つ者のみが確認できる個人情報だ。

 盗賊アリババの視界に、鑑定スキルを用いた情報が黄金の文字になって現れた。

 

 <カマラル・ザマーン>

 18歳

 男性

 職業:なし

 経験値レベル:18

 出身地:砂漠の国グルデシェール王国 ワヒドゥ州 王都イクリール出身

 

 ステータスには不審な点が見当たらない。職業が無いということは、まだ啓示を授かっていない“元貴族“と考えてもおかしくはないだろう、と盗賊アリババは結論づけた。

 他人から鑑定されるステータスの偽造や隠蔽は“偽装工作スキル”を用いれば可能だが、隠蔽工作を見破るには“真贋精査スキル“が必要だ。盗賊アリババはどちらのスキルも所持している。

 隠す側と見る側のスキルのうち、どちらがより強く発動するかは、それぞれの経験値レベルやスキルレベルの熟練度が総合的に高い方に有利に働く。他のスキルの効果判定もそれに依存する。

 盗賊アリババはひとまず、自分の目に映し出された結果を信じたのである。彼は男か女か判別がつかない、モヤのかかったような声で尋ねた。

 

「貴族様がどうしてこんな所に捕まっている」

 

 カマラルという男は、相手からの警戒が少し和らいだのを感じ取り、鉄格子へ一歩近づく。壁にもたれかかっていた上に、暗くて分かりづらかったが、男はすらりとした長身で、かなり目立つ容姿である。


「商談を終えてサブーア州から帰る途中、盗賊達に襲われたのだ。部下は皆殺され、余は身代金目当てで捕まっている」

 

 納得がいく答えだったので、盗賊アリババは鉄格子の鍵を剣で壊した。優れた剣術スキルは鉄の錠をも破壊する。

 やれやれ、とカマラルは窮屈な檻から出た。そして彼は、自身より少し背の低い盗賊アリババを見下ろしてこう言った。

 

「頼む、余を王都イクリールまで送ってくはくれぬか。腕が立つのだろう?」


 いくら高貴な身分の出自だとしてもそこまでする義理はない、と考えて盗賊アリババは断った。

 

「護送なら傭兵を頼めばいい」

「傭兵は先払いが基本だが、今は金がないのだ。見ての通り全て奪われた」

 

 カマラルは続ける。

 

「貴様は金品が目当てで盗賊をしているのではあるまい。人助けの延長だと思ってどうか引き受けてくれ。無事に送り届けてくれれば、それなりの礼をする」


 盗賊アリババは黙った。昔、師であった者に『覚悟のない人助けは無責任だ』と言われた事を思い出したのだ。それに加えて、ちょうど王都イクリールへ向かう用事があったので、少し悩んだ末に、渋々了承した。

 

「……良いだろう」

「恩に着るぞ」


 カマラルは満足そうに笑み、優雅に歩いて出口の方へと向かった。

 2人は砦を出たが、盗賊アリババは砦の門を指差してカマラルに伝えた。


「俺はまだやる事がある、そこで待っていろ」


 盗賊アリババはカマラルをその場に残し、豪族シャブワ家の当主が隠れている屋敷へ駆けて行った。この街で民を苦しめていたのは盗賊だけではない。盗賊を手先としてこの街に取り込んだ元凶を絶たねばならないのだ。

 気配探知スキルを使えば、人がどこに、どれだけ潜んでいるのか離れていても分かる。他のスキルと組み合わせれば、個人の特定まで可能である。

 

 シャブワ家の屋敷には、一家に支える使用人達が怯えながら隠れていたが、当主以外には目もくれず、やがて地下室の貯蔵庫に身を潜めていた一家を見つけ出した。

 盗賊アリババの姿を見るなり、悲鳴を上げた当主はその場で嘆願し、情に訴えかけた。


「家族を養う為だったんだ!分かるだろうッ!」


 盗賊アリババは後ろで縮こまっている当主の妻と二人の子どもを見た。子どもはどちらも成人している。皆、贅沢に着飾り、体は健康そのもので、サターラの民の血税と屍の上で裕福な暮らしをしていたことが一目瞭然である。

 盗賊アリババはこの街を襲う数日前から、念入りな下見を行なっていた。この家族は、誰一人として民に情けをかけていなかった事を把握している。特に息子の一人に至っては父親の権力を振り翳し、民を不当に甚振る趣味まである。

 

「助けて欲しければ、女神とこの街の民に赦しを請うてみるのだな」

 

 盗賊アリババは問答無用で当主を縛り上げ、市中に引きずり出した。

 

「金なら!金なら!いくらでもやる!やめてくれ!うわぁぁッ」


 サターラの支配と権力の象徴であった当主が引きずられていくのを、街の民達は家の中からそっと覗き、見守っていた。盗賊アリババは、当主の男をこの街で一番高い見張り台から吊るした。その様子は街中からでもよく見える。


「助けてくれー!誰かッ!助けろーー!」


 悲痛な叫び声が街中に響き渡る。

 盗賊アリババは、見張り台のすぐ側の地面を剣先で傷をつけて、いつものように、通り名を大きく掘った。

 見張り台に吊るされた豪族の当主は必死に助けを求めているが、民達は誰一人として助けない。それどころか、石を投げる者さえいる。あの男がこのまま赦されなければ、昼の暑さに焼かれ、夜の寒さに凍え、ひどい飢えに苦しみながら干からびて死ぬだろう。そして、シャブワ家がこれまで不当に搾取し続けていた蓄えは、民に解放される。

 事が全て済んだ盗賊アリババは、ようやく砦の門へと戻った。そこにはカマラルが、馬を二匹連れて待っていた。


「盗賊達の馬を見つけたのだ」


 片方の手綱を渡されたが、盗賊アリババは受け取らずに一匹を解放した。


「自分の馬がいる」


 そう言って、首から下げていた黄金の笛を吹いた。ピィーと甲高い音が響いたかと思うと、どこからともなく一匹の白馬が現れ、盗賊アリババの背を押した。明らかに普通の馬とは違い、白く美しい立髪は輝いて見える。


「ほう、……神馬を従えているとは、流石だな」


 二人がそれぞれの馬に跨った頃にはサターラの街に朝日が昇り始めていた。家から出てきた民達が続々と騒ぎ始め、吊るされた男を見るなり歓声を上げる。街の外まで響くその声は、やがてシャブワ家の屋敷を呑み込むだろう。


 暫しその様子を眺めていたカマラルは砦に背を向け、馬を歩かせた。


「行こう」



 

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