第四話 呪いの役割

「どうして……!」

「そもそもそこまで気にする必要がどこにある。言っただろう余程のことがない限り自分がであると自覚できないと」

「ですが呪物である限り役目はあるのでしょう!人間の意思の影響を受けると、」

「それがどうした」

 焦っている様子の武槍たちばなに、バメイは涼しい顔で向き合う。今にも立ち上がって何かしでかしてしまいそうなその異様な姿を、トリスタンとルーカンがぎょっとした顔で見ていた。

「人を避けて生きているお前が今更人を気にする必要がどこにある。知られなければ願われることはない。現にお前はそうやって生きられているだろう」

「それは、」

 ハッとした顔で武槍は自分の口を手で塞ぐ。落ち着きを取り戻したかのように座り直すと、そのまま拳を握り込んで黙ってしまった。

「どうされたのですか。随分と騒がしかった様子ですが」

「目が覚めたのか」

「おかげさまで。先程の件は……バメイが解決したようですね」

 気がつけば沙穂が起き上がって囲炉裏を囲む5人を眺めていた。すぐに立ち上がってそんな沙穂へ歩み寄ったバメイは、沙穂の手を取って脈を測り始める。

「こちらの不手際でご迷惑をおかけしました」

 沙穂に向き直ったトリスタンが深々と頭を下げ、それに続いてランスロットとルーカンも頭を下げる。その様子に少し慌てたようで、沙穂はどうしたらいいのかと視線をバメイに向けた。

「体にどこか不調は?」

「特には……これはどうしたらいいの」

「お前が望むならどんなことでも補償として受け取るといい」

「そういうのはいらないから、もうバメイに全部任せるわ」

「そうか」

 ランスロットの強襲の話はついたようで、振り返ったバメイの顔を見てトリスタンはまた頭を下げた。

「と言う訳だ。そこの子供の始末についてはこれで終いだ」

「……此度の件についてはこれで話を終わらせるとのことですが、私の誠意に免じて咎め無しと言うのはこちらの沽券に関わることです。もし何か困り事がありましたらキャメロットに頼ってください」

 そう言ったトリスタンはどこからともなく木製のロザリオを取り出した。

「バメイ殿には必要ないと存じ上げておりますので、これは稲置殿と武槍殿にお一つづつお渡しします」

 指一本分程度の太さの円筒状に削り、糸で持って十字架に仕立て上げただけの簡素な品であったが、武槍が受け取って手に持って見れば詫びの品としての価値は十分にあると認識できた。

 それは惜しみなく上質な緑檀、すなわちパロサントを削りあげて作った物であり、大の大人である武槍が手に持っても十分な大きさのものであった。それらをまとめあげて十字架を成している糸は上品な濃い紫色であり、武槍の目に狂いがなければ貝紫ではないかと伺えた。

「先程の呪物の話も、今すぐに力にはなれないことが多いが尋ねてくれば力になろう。……とは言っても私たちは呪物には詳しくはないから面倒を見られるかは補償しないが」

 武槍の狼狽ぶりから何かを察したのか、トリスタンはすいと視線を僅かに逸らしながら呟いた。

「その様子だと、自分が呪物であってはいけない理由があるのだろう。逸る気持ちは理解できるがあまり思い詰めない方がいい」

 そう言い残し、トリスタンは立ち上がってルーカンとランスロットを引き連れる。

「我々はここでお暇します。招かれたわけではないので、あまり長居をしない方がいいでしょう」

「そうだな。沙穂、お前は武槍と二人で休んでからここを出ろ。俺もここら辺でこの屋敷を出る」

 トリスタンとバメイの言葉に、沙穂と武槍はここがまだ迷い家であったことを思い出す。

 そうして荷物を持って出ていく四人の背中を見送り、残された釣り鍋から汁物を椀によそって武槍は沙穂に差し出した。ケロイドが残るその手から椀を受け取ると、

「まだ疲れているだろうから、もう少しここで休もう。一番ここが暖かい場所だ」

「そうですね。もう日も落ちかけていますから、一晩ここで世話になりましょう」

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石一つで事件を解決します、稲置探偵事務所です。 佐藤吟 @satouginn

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